不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい

春野 安芸

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第6章

146.漁夫の利

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「はぁい。まだまだいっぱいあるからね。遠慮しないでいいのよ~」

 楽しげな女性の声とともに暖かな湯気を発する器が目の前に置かれる。

 ここはエレナの実家。
 正月早々にお邪魔した俺たちの前には暖かなおしるこが並べられていた。
 白い餅と粒の混じった餡。暖かな湯気とともに甘い香りが鼻をくすぐる。

 ――――きゅうぅぅ…………

 と、不意に可愛らしい音が自らのお腹から鳴った。
 ようやくここで思い出す。そういえば始発で電車乗ってから何も口に入れていなかったことを。
 湯気の立つ甘い香りを嗅ぐだけでキュウ、と2度に渡る『まだか』と催促を胃袋が発する。

「あらあら。慎也君は育ち盛りだものね。そんな小さいのよりもっと大きい器のほうが良かったかしら?」
「いえ、これで十分です。 あ、ありがとうございます……」

 クスクスと笑う女性にカァッと顔が熱くなる。
 金の髪を揺らしたエレナの母。いくら優しいと聞いていても好きな人の母親なのだ。どうにも緊張し、いつもの調子が出せない。

 そんな俺を察したのだろうか。スッと膝に暖かなものが置かれたと思いきや隣に座るエレナの手が伸ばされていることに気づく。

「ちょっとママ。私たちはこの後アイの家でおせち食べるんだから。ここであんまり出しちゃ食べられなくなるじゃない」
「そう?育ち盛りだもの。おせちもおしるこも食べれるわよね~?」
「いえっ、その……。……いただきます」
「無理しなくていいのよ。ママのおせっかいは今に始まったことじゃないんだから」

 さすがにここまで良く迎え入れてくれて出されたものを食べないわけにはいかない。
 庇ってくれたエレナに感謝しつつも腕を伸ばして湯気立つ器を手に取って口に運ぶ。

「……美味しい」
「そう!? よかったわぁ」

 空きっ腹の眼の前におかれた美味しそうなおしるこ。漂う甘い匂いに抗うことなどできようか。
 手に取った器をグイッと傾けると、あんこの甘さが口いっぱいに広がる。
 甘いといってもクドい甘さではない。砂糖控えめで作ってくれたのだろう。どんどん進められる美味しさに
とめどなく喉へ流し込む。

「…………っ!! けほっ!けほっ!!」
「慎也さんだいじょうぶですか!?」
「だっ……大丈夫、むせただけ。ありがと」

 あまりの美味しさに流し込みすぎたみたいだ。気づけば白玉が喉に引っかかりむせこんでしまう。
 慌てて駆け寄ってきたアイさんに背中をさすられながら呆れたような顔をするエレナと目が合う。

「慎也ってば気をつけなさいよね。旅行先で大事なんて考えたくもないわよ」
「気をつけるよ、エレナ」
「あら、エレナだって人のこといえるのかしら?夏風邪引いて大事になったじゃない。慎也さんに看病されて迷惑かけたって聞いてるわよ」
「ちょっとママ!?なんでその話知ってるの!?」

 うふふ、と目を細めて微笑みながら告げる女性に思い出すはあの日のこと。
 そういえばそんなことあったなと思い返しつつ信じられないといった声を上げるエレナ。どうやらその話はオフレコのようだ。

「もちろん恵那さんからよ。"色々"あったとも聞いてたけどエレナ……もしかして看病にかこつけて慎也さんとエッチなことまで進んだのかしら?」
「な、ないない!あの時はまだ好きって自覚無かったもの!好きって気づいたのはデート終わってからよ!」
「ってことは、今はもう大人に……」
「それでもまだ――――って!娘といってもプライバシーすぎる話題だと思うんだけどっ!!」

 彼女らしからぬ声を上げるエレナだが、母親は柔和な笑みを崩さず怒りを受け流している。
 一方で俺にも流れ弾。恥ずかしさで顔から火が出そうだ。

 実家ゆえ、なのか普段よりも感情豊かなエレナ。
 そんな親子の会話を聞いていると、ふと今まで静かだった向かい側から声が聞こえる。

「そっかぁ……エレナの泥棒猫化はその日からかぁ……私が一番に好きだったのに……」
「泥棒猫って中々の言い方するわね、リオ。 恋ってのは時間じゃないのよ?その時どんな行動をするかなのよ」
「うん、恋は時間じゃないのってのはよく聞くね。 でも、恋が行動だというならアイドルを目指すキッカケを作った私が一番じゃない?」
「むっ……」
「むむむ……」

 いつの間にかターゲットが変わって器用に机上のおしるこを避けながら席を立って睨むエレナとリオ。
 もはや全面戦争を仕掛けてきそうなエレナの様子に、俺はお汁粉の白玉のように縮こまってしまう。

「慎也さん慎也さん!」
「アイさん?」

 隣で一触即発の空気を醸し出しているというのに、まったく気にする様子のないアイさん。
 さっきまで背中をさすってくれた彼女は、座る俺をほんの少し後ろに倒れるよう促して自らの腰を上げる。

「えぇい! ふふっ、膝の上に乗っちゃいました!」
「ア……アイさん……?」
「久しぶりのこちらは寒いので。慎也さんに温めてもらうおうかと!」

 突然俺の膝に横乗りするように飛び乗ってくるアイさん。
 膝の上ということで身長差が埋まり、頭がすぐ目の前の来た彼女は俺の手を取って抱きしめるように自らの身体に回していく。後ろからハグするような形だ。

「ふぅ……えへへ……温かいです。あ、でも慎也さんがおしるこ食べられなくなっちゃいますね」
「え?あぁ、俺は別に――――」
「それはダメです! はい、あ~ん!」

 ワザとらしい演技に伸びてくるのは彼女の手。

 俺の両手を使えなくしたと思ったらこれが目的だったのか。
 彼女は横乗りになってから机の上の器を取り、白玉を口元に近づける。

 思い出されるは先日のエレナの言葉。アイさんは距離感を掴みかねていると。だからこうして距離が一気にゼロになることもあるとか。そんな純粋な心、拒否できるわけがない。 
 なにより、これまで男女問わず何人をも魅了してきたアイドルの満面の笑顔で繰り出されるあ~んだ。そんな彼女の攻撃を拒否することなどできようか。もう半分吹っ切れている俺は、これまでに幾度も経験した甘やかしモードの彼女に全てを預けようと口を開ける。

「あー……。うん、美味しいよ」
「ふふっ、よかったです」

 より一層、すぐそばで咲く花に俺は思わず目を逸らす。
 こんな可愛い子が献身的に俺のこと……何度も思ったが夢のようだ。

「あらあら~。二人共いいのぉ?慎也君が盗られちゃうわよぉ」
「「――――!! アイ!この泥棒猫!!」」

 今まで睨み合っていた二人が母親の言葉によってこちらに矛先が向かってくる。
 その言葉を受けたアイさんは待ってましたと言わんばかりの笑みで俺の首元に手を回し……

「エレナもリオも、二人で夢中になってると私が慎也さんを独占しちゃうよ?」
「言うじゃない……さすがスタイルだけを駆使して慎也を射止めただけはあるわね……」
「スタイル……ね。 ただ邪魔で重いだけだったけど、慎也さんが見てくれるなら私は自分に自信が持てるかな」

 エレナの小言もカウンターで返すアイさん。

「献身だけじゃきっと慎也クンはなびかないよ。もっと支え合うのが好き合うってことだと思うな」
「私は尽くすのも愛の一つだと思うの。尽くし尽くして出来上がる二人の世界……いいと思わない?」

 リオの攻撃をも軽く受け流す。
 三つ巴。お互いに警戒しあった膠着状態。
 ちょっと実家だからって、フリーすぎない?

 誰かストッパー……小北さん呼んできて!!

 なんだか神鳥さんが小北さんを仕事に加えた理由がわかった気がした。
 もしかしたら神鳥さんはこうやって睨み合う可能性を考えて前もって彼女を採用したのかもしれない。
 現にアイさんが引っ付いてきたら二人と睨み合う前に小北さんが指摘していた。神鳥さんの気まぐれの可能性も捨てきれないが。

「これはこれは……モテモテねぇ慎也君」

 ここに居ない小北さんの存在を求めていると、ふと母親が俺の後ろに回って話しかけてきた。
 その背もたれに手を置き、頭上から俺たちを眺めている。

「ありがとうございます……?」
「ママもエレナがこうも独占欲強いとは思わなかったわぁ。 で、慎也君は誰が一番なの?」
「それは……全員です」

 正直に、本音を口にする。
 きっとこれまでの経緯はエレナから聞いているだろう。いくら繕っても無駄だ。

「――――でしょうね。そう言わないと困るところだったわ」

 けれど彼女は、エレナの母親は責めるわけでもなく父親に似た柔和な笑みで受け止める。

「……怒らないんですか?」
「怒るわけないじゃない。 確かに最初はどうかと思ったけど、エレナに押し切られて認めざるをえなかったもの。認めないと絶縁されるほどの剣幕だったわよ」

 当時のことを思い出したのか小さくため息が聞こえてきた。

 どうやら俺の懸念事項は彼女らの口によって説得済みだったらしい。
 一番の問題が案外すんなりといったことで思わず拍子抜けし、今まで張り詰めていた糸が緩んでいく。

「……ありがとうございます」
「いえいえ~。いくら私でも恵那さんから話聞いてなかったら門前払いだったもの。 実際に会っていい子とわかって、本当によかったって思ってるのよ?」

 顔は見えないが、頭に触れて撫でる優しさが、それは本当のことだと言っているような気がした。
 ありがとう神鳥さん。なんだか要所要所で助けてもらってばかりだ。

「それで、今更聞き辛いですが、その……」
「なぁに? スリーサイズだったらエレナの許可を取ってくれれば教えるわよ?」
「いえ!そうじゃなくって! その、お名前を…………」

 許可さえ取れば教えてくれるのかと一瞬思ったが、明らかに見えてる地雷。
 絶対に無理だとわかってて言ってるだろう。

 俺は今まで勢いに押されてしまい聞けなかったことを問いかける。
 母親も父親もこれまで名乗ってこなかったから、どう呼べばいいか非常に困っていた。

「――――ヤ」
「え?」
「イヤです。慎也君はいい子だもの、名前教えたらそっちで呼ぶでしょう?私はママって呼んでほしいから名前は教えません!!」

 腕組をして一切聞く耳を持たないというポーズを見せる母親。

 しかし
 どう取り繕ってもそっぽを向かれて取り合ってくれそうにない。
 確かに当たり障りない呼び方で通そうと思っていた。しかし拒否されちゃ取り付く島もない。これはママと呼ぶべきか……

「エレナのお母さん……」
「イヤ」
「お母さん……」
「Non」
「…………ママさん」
「……まぁ、いいでしょう」

 なんとか妥協案で許してくれたみたいだ。さすがに人の親にママ呼びは恥ずかしい。

 ようやく呼び方の許可が得られたと安心して息を吐くと、またも俺の頭が引き寄せられてママさんの胸の中へ。
 俺が何されたかを理解するよりもはやく、彼女は俺を抱きしめたまま言い争っている三人に向かって――――

「三人ともいいのぉ? 言い合ってるとママが慎也君を貰っちゃうわよ~?」
「「「それはダメェ!!」」」

 三人の手が奪い返そうと俺に伸びてくる。
 そんな嬉し恥ずかしの思いの中、彼女らの行動をされるがままでい続けた。
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