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第6章
148.早とちり
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「お母さ~ん?」
やってきた二軒目。
エレナの家に引き続き、胸の鼓動がドクンと大きく高鳴る。
それはアイさんの実家。先導した彼女が声を上げる。
彼女の家庭事情については聞いている。
父親との不仲が原因で今は二人の家庭ということを。だからこそ俺の身体は石になったように固かった。
母親1人で育て上げたアイさんの母親。性格も天使とまでいいのだから相当頑張ったのだろう。相当愛情深いのだろう。だからこそ今の自分にとっては石化するほど緊張していた。
そんな俺の気持ちとは裏腹に、いつもどおりの自然体のアイさんが声を綺麗な上げても応答が見られない。
1分、2分と待っても返事すらないことに俺も思わず首を傾げる。けれど鍵も空いているし靴もある。これは一体どういうことだろうか。
「いる、よね?」
「そのはずなんですが……変ですね」
どうやら彼女にとっても妙な出来事のようだ。
なんだか拍子抜けした気分。心構えをしてきたのに相手がいないとは。段々と肩の力が抜けて鼓動も収まっていく。
どうしようかと揃って顔を見合わせる。出かけているのなら探しに行くべきだろうか。それとも待っているべきだろうか。いくら子どもといえどお邪魔する身、ゾロゾロと連れ添って勝手に入っていいのだろうか。
そんな疑問とともに視線で会話していると、ふと何かに気づいたリオがピクリと耳を一瞬だけ動かす。
「これ、リビングに居るんじゃないの?」
「そうなの?」
「うん。向こうからテレビっぽい音がする」
指を指すのは一番奥のスモークガラスが張られた扉。
俺はなにも感じないけど、リオほど耳がよくないと聞こえないのだろうか。
「あれ?この靴ってリオのお母さんのだよね?もう一個は私のお母さんだし」
「たぶん、そうかも? でもおかしいねぇ。聞こえてると思うんだけど……あっ――――」
「何か心当たりでも思い出したの?」
「やっ……もしかしたら勘違いかもしれないし……う~ん……」
なにか心当たりがあるにも関わらず言おうとしないリオ。
もしかしてからかっているとも思ったが、それとも違うようで考え込むようにして視線を下げる。
「何か心当たりがあるなら教えてもらえる?」
「ん~……すっごい変な予想なんだけど、動揺しないでもらえる?」
「もちろん」
普段とは違うリオの困ったような姿。
本当にこれを口にしていいのだろうか。そんな様子がありありと見て取れる。
アイさんが笑顔で真っ直ぐ首肯してもしばらく「う~ん」と唸っていた彼女だったが、最終的に心を決めたのか「よし」と呟いて真っ直ぐアイさんを見る。
「……もしかしたら、もしかしたらの話なんだけど……アイの家ってストーブだったよね?」
「そうだね。変えてなければ今も使ってるよ思うよ」
「そっか……。それで一つ可能性の話なんだけど、今って1月で寒いから当然使ってるだろうし、リビングって密室だなぁって思って――――」
「っ…………! お母さん!!」
リオは苦々しくも、前置きを付けた上で自らの考えを零す。
それを聞いてからのアイさんの動きは、レッスンよりも、本番よりも、どんなものよりも早かった。
リオの仮定の話を聞いてとある結論に至ったのだろう。
彼女は靴を揃えることも忘れ、放り出すように脱いでリビングへと駆け出した。
ストーブに密室。そんなの科学をちょっとでも学んだ者なら誰だってわかってしまう。
一酸化炭素。ストーブの使い方によってはそれが部屋中に充満してしまう。もしも換気することなくずっと同じ場にいたら…………
続くように俺も追いかけるように手を伸ばすが、とうに遠くへ行った彼女には届かない。
アイさんは、俺達が靴を脱ぐよりも早く、密室が形成されているであろう扉へと手をかけた――――
「お母さん!! 大丈夫!?」
勢いよく扉を開ける彼女の姿が背中越しに見える。
母を心配する声とともに部屋を見渡す彼女。彷徨う視線は左右へ行き来したものの、目当ての者を見つけたのだろうか、どこか一点で静止した。
「アイさん!?」
ようやく靴を脱いだ俺も後を追って慌てて駆け寄る。
間に合ったのか、間に合わなかったのか。俺が必死に追いつこうとする間に彼女はヘナヘナとその場に座り込んでしまった。
まさか――――
そんな嫌な予感が頭の隅をよぎる。
そんなことあってないでくれ。ただその一心を胸に、俺もアイさんをまたぐように部屋の中を見渡した。
「あ!愛惟! おかえり~!」
一瞬、部屋の中に倒れた者の姿を発見して"まさか"と背筋に冷たい汗を流したが、かけられるのは女性の声だった。
深刻度なんて皆無といえるくらい気楽な声。倒れている人物もよくよく見ればその瞳はしっかりと開いている。
倒れている……正確にはコタツに転がっている黒髪の女性は、亀よりも遅い動作ではあるものの肘を立ててこちらへと手を振っていた。
轟々と音をしているのに気がついて顔を動かせばキッチンの、コンロの方からの音。換気扇だった。
「よ……よかったぁ~~~……………」
「えっ――――。 どうしたの愛惟!? どこかケガでもしたの?」
「ううん……そうじゃないの……でも、よかったぁ……」
コタツを飛び出してアイさんに駆け寄るも、どうしたらいいのかわからず混乱する黒髪の女性と、顔を伏せて涙を流すアイさん。
そんな彼女らの混乱は、エレナとリオが追いつくまで続いた――――
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「なぁ~んだ! 愛惟も心配性ねぇ! 孫の顔を見る前に死ぬわけないじゃない!!」
さっきアイさんが慌てて入ってきた理由。その思い込みを説明すると、目の前の女性は豪快に笑い出した。
彼女は笑いながらコップの水に口をつける。
コップの隣には大きな徳利が。……あ、これお酒だ。水じゃなくって昼からお酒飲んでるんだ。
「だって……リオがストーブに密室って言うからぁ…………」
俺の右隣に座るアイさんは顔を真っ赤にし、俯いて手をモジモジさせながらも説明をする。
とうの本人はヤレヤレといった様子で首を横に振る。
「もしもって念押ししたからね。まさか走っていくとは……」
「でもでもぉ……思い込んじゃったら心配するでしょ~?」
「まぁ、たしかに……」
間延びするようなアイさんの声にリオも概ね同意する。
彼女たちは、何故か俺を挟んだ両側に完全にひっつく形で座っていた。
俺を挟んでアイさんとリオが会話するのは、リビングのコタツの中。
幸いにもそのコタツは長方形で縦一人、横三人と、大型のもの。
三人がけとはいえ大人三人が入ると少々手狭だ。横に行くと主張したものの、半泣きのアイさんに懇願されちゃ断ることなどできやしない。
呆れながら笑って横を譲るエレナに感謝し、俺は両手に花の状態で二人の女性の前に座っていた。
「そういやエレナは最初から冷静だったよね? わかってたの?」
「まぁそうね。 わかってたわ」
なんと。どこにそんな分かる要素があったのか。
そんな疑問を抱くのもつかの間、彼女は「ほら」と言葉を続ける。
「玄関に付く前に外壁見てたら換気扇付いてたのよ。さすがに換気扇ついてるなら中毒はないでしょってね」
「えぇ~。 早く言ってよ~!早とちりで慎也さんにかっこ悪い姿見せちゃったじゃない~!」
「呼び止める前に走ってっちゃったじゃない。お陰でリオしか捕まえられなかったのよ」
全然かっこ悪いとは思わなかった。
むしろ逆で、心配して真っ先に向かう姿はすごく好感が持てた。
でも今は恥ずかしいから後で伝えよう。
そんなことを考えながら出された甘酒に口をつける。
「――――それで、慎也さん……だっけ?お母さんにもモチロン紹介してくれるのよね?愛惟」
「あっ!うん! お母さん、この人は前坂 慎也さんで……私の旦那様なの!!」
「ダッ…………!?」
旦那様!?
とんでもない紹介の仕方に思わず飲んでいた甘酒を吹き出しそうになる。
初っ端からフルスロットルのアイさん。まさか酔ってしまったのかと思ったが手元の甘酒は1ミリも減っていない。
初対面から剛速球ストレート。
相手は手塩にかけてアイさんを育て上げた人物だ。
どんな雷が落ちるかビクビクしながら顔を向けると、その両手を合わせながらパァッと笑顔が溢れる。
「あらぁ!やっぱりそうなのね!! 愛惟が男の人にそんなにくっついてるものだからもしかしてって思ったのよ! ついに恐怖症を克服したのね!!」
「ううん、全然克服してないんだけど…………慎也さんだけはね。平気なの」
そっと寄り添うように身体を預けるアイさん。
うん、これ酔ってるわ。そう考えないと俺が恥ずかしさで死にそう。
「慎也さん? それってもしかして……」
「はい?」
訂正の足がかりを探っていると今度はずっと口を開いてこなかったもうひとりの女性から名を呼ばれた。
それはキッチンからお皿を持ってきた2人目の女性。その茶色の髪は染めているようで根本が少し黒くなっている。
「あぁ~! やっぱりそうなのね! いやぁ、大きくなったわねぇ!!びっくりしちゃった!!」
「…………?」
茶髪の女性は驚いたように前のめりになってジロジロと俺を見つめてくる。
大きく? びっくり?
まるで知古の人物に対する言い方に疑問符が浮かんでしまう。
必死に記憶を漁ってみるもその姿に見覚えはない。何処かで会ったか……?
「ヘイマザー、ずっと一方的に見てただけで挨拶したことなかったでしょ。慎也クンは知らないんだから」
「あら、そうだったわ。 慎也さん、私はリオの母親です。 いつも娘がお世話になりまして……」
「リオの!?」
「はいっ!」
二人目の大人の女性。誰かと思えばリオの母親だった。
確かに子ども同士が仲良い以上親同士も仲が良い可能性はあった。けれど家の始まりがあんなサプライズでそんな可能性はスッポリ頭から抜け落ち、まるでドッキリのようなサプライズ登場に思わずピンと背筋が張り詰める。
「す、すみません挨拶が遅れて!こちらこそ……お世話になりっぱなしで……」
「またまた~!娘は自由人すぎて大変でしょ~!」
「いえっ……」
目の前の女性が深々と頭を下げるのに合わせて俺も下げる。
本当にお世話になってる。主にみんなとの調整役的な意味で。
彼女はエレナみたいな主導力もなければアイさんみたいな家事等万能というわけではない。
しかしいつも冷静で俯瞰して、よく人の意見を聞いて組み入れる縁の下のような人物だ。
でも……あまり二人は……似ていない?
リオは父親似なのだろうか。クリっとした目やよく通った鼻筋は母親そっくりだが、茶色の髪と瞳は違う。
更に言えば飄々としたリオに対して彼女は随分とおっとりした印象だ。アイさんの母親も同じくおっとりしているからお酒の影響ということも考えられるが。
「懐かしいわぁ。あの時リオから「好きな人ができた」って聞いて、キミのことずっとコッソリ見てきたのよ」
「と、いうことは小学時代の話です?」
「そうそう!おっきくなったわねぇ……あの時は今のエレナくらいだったのに……」
「ちょっとリオママ?なんでそこで私を引き合いに出すのよ」
エレナ、まさかの飛び火。
けれど仕方ない。確かに小学生の頃の俺は今のエレナくらいの身長だ。
そんな抗議する姿を見ていると、今度はアイさんの母親がゆっくりとコタツから立ち上がる。
「さ、お昼も過ぎてるしお腹空いたでしょ! ちょっとまっててね?おせち持ってくるわね?」
「あ、ありがとうございます!」
その言葉と同時に壁の時計が13時を差したようで軽快な音が鳴る。
あぁ……そういえばおなか空いたよ。おしるこじゃあんまり張らなかったし。
「待ってお母さん!私も手伝う!」
「そう? 長旅だったでしょうから別にいいのに」
「いいの! 手伝わせて!」
母親を追いかけるようにコタツから出たアイさんは合唱するようにお願いをする。
その言葉を受けてどうしようか一瞬悩んだであろう彼女は、チラリと俺の顔を見てから一瞬だけ笑ってその首を縦に振る。
「…………いいところ見せたいのね。 じゃあお願いしようかな?」
「っ――――! もうっ!それは言わないでってばぁ!」
アイさんと母親が親子仲良くキッチンへと歩いていく。
俺はそんな仲睦まじい姿を、微笑みながら見続けて――――嫉妬したリオにだらしない顔してると膝をつねられた。
やってきた二軒目。
エレナの家に引き続き、胸の鼓動がドクンと大きく高鳴る。
それはアイさんの実家。先導した彼女が声を上げる。
彼女の家庭事情については聞いている。
父親との不仲が原因で今は二人の家庭ということを。だからこそ俺の身体は石になったように固かった。
母親1人で育て上げたアイさんの母親。性格も天使とまでいいのだから相当頑張ったのだろう。相当愛情深いのだろう。だからこそ今の自分にとっては石化するほど緊張していた。
そんな俺の気持ちとは裏腹に、いつもどおりの自然体のアイさんが声を綺麗な上げても応答が見られない。
1分、2分と待っても返事すらないことに俺も思わず首を傾げる。けれど鍵も空いているし靴もある。これは一体どういうことだろうか。
「いる、よね?」
「そのはずなんですが……変ですね」
どうやら彼女にとっても妙な出来事のようだ。
なんだか拍子抜けした気分。心構えをしてきたのに相手がいないとは。段々と肩の力が抜けて鼓動も収まっていく。
どうしようかと揃って顔を見合わせる。出かけているのなら探しに行くべきだろうか。それとも待っているべきだろうか。いくら子どもといえどお邪魔する身、ゾロゾロと連れ添って勝手に入っていいのだろうか。
そんな疑問とともに視線で会話していると、ふと何かに気づいたリオがピクリと耳を一瞬だけ動かす。
「これ、リビングに居るんじゃないの?」
「そうなの?」
「うん。向こうからテレビっぽい音がする」
指を指すのは一番奥のスモークガラスが張られた扉。
俺はなにも感じないけど、リオほど耳がよくないと聞こえないのだろうか。
「あれ?この靴ってリオのお母さんのだよね?もう一個は私のお母さんだし」
「たぶん、そうかも? でもおかしいねぇ。聞こえてると思うんだけど……あっ――――」
「何か心当たりでも思い出したの?」
「やっ……もしかしたら勘違いかもしれないし……う~ん……」
なにか心当たりがあるにも関わらず言おうとしないリオ。
もしかしてからかっているとも思ったが、それとも違うようで考え込むようにして視線を下げる。
「何か心当たりがあるなら教えてもらえる?」
「ん~……すっごい変な予想なんだけど、動揺しないでもらえる?」
「もちろん」
普段とは違うリオの困ったような姿。
本当にこれを口にしていいのだろうか。そんな様子がありありと見て取れる。
アイさんが笑顔で真っ直ぐ首肯してもしばらく「う~ん」と唸っていた彼女だったが、最終的に心を決めたのか「よし」と呟いて真っ直ぐアイさんを見る。
「……もしかしたら、もしかしたらの話なんだけど……アイの家ってストーブだったよね?」
「そうだね。変えてなければ今も使ってるよ思うよ」
「そっか……。それで一つ可能性の話なんだけど、今って1月で寒いから当然使ってるだろうし、リビングって密室だなぁって思って――――」
「っ…………! お母さん!!」
リオは苦々しくも、前置きを付けた上で自らの考えを零す。
それを聞いてからのアイさんの動きは、レッスンよりも、本番よりも、どんなものよりも早かった。
リオの仮定の話を聞いてとある結論に至ったのだろう。
彼女は靴を揃えることも忘れ、放り出すように脱いでリビングへと駆け出した。
ストーブに密室。そんなの科学をちょっとでも学んだ者なら誰だってわかってしまう。
一酸化炭素。ストーブの使い方によってはそれが部屋中に充満してしまう。もしも換気することなくずっと同じ場にいたら…………
続くように俺も追いかけるように手を伸ばすが、とうに遠くへ行った彼女には届かない。
アイさんは、俺達が靴を脱ぐよりも早く、密室が形成されているであろう扉へと手をかけた――――
「お母さん!! 大丈夫!?」
勢いよく扉を開ける彼女の姿が背中越しに見える。
母を心配する声とともに部屋を見渡す彼女。彷徨う視線は左右へ行き来したものの、目当ての者を見つけたのだろうか、どこか一点で静止した。
「アイさん!?」
ようやく靴を脱いだ俺も後を追って慌てて駆け寄る。
間に合ったのか、間に合わなかったのか。俺が必死に追いつこうとする間に彼女はヘナヘナとその場に座り込んでしまった。
まさか――――
そんな嫌な予感が頭の隅をよぎる。
そんなことあってないでくれ。ただその一心を胸に、俺もアイさんをまたぐように部屋の中を見渡した。
「あ!愛惟! おかえり~!」
一瞬、部屋の中に倒れた者の姿を発見して"まさか"と背筋に冷たい汗を流したが、かけられるのは女性の声だった。
深刻度なんて皆無といえるくらい気楽な声。倒れている人物もよくよく見ればその瞳はしっかりと開いている。
倒れている……正確にはコタツに転がっている黒髪の女性は、亀よりも遅い動作ではあるものの肘を立ててこちらへと手を振っていた。
轟々と音をしているのに気がついて顔を動かせばキッチンの、コンロの方からの音。換気扇だった。
「よ……よかったぁ~~~……………」
「えっ――――。 どうしたの愛惟!? どこかケガでもしたの?」
「ううん……そうじゃないの……でも、よかったぁ……」
コタツを飛び出してアイさんに駆け寄るも、どうしたらいいのかわからず混乱する黒髪の女性と、顔を伏せて涙を流すアイさん。
そんな彼女らの混乱は、エレナとリオが追いつくまで続いた――――
―――――――――――――――――
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「なぁ~んだ! 愛惟も心配性ねぇ! 孫の顔を見る前に死ぬわけないじゃない!!」
さっきアイさんが慌てて入ってきた理由。その思い込みを説明すると、目の前の女性は豪快に笑い出した。
彼女は笑いながらコップの水に口をつける。
コップの隣には大きな徳利が。……あ、これお酒だ。水じゃなくって昼からお酒飲んでるんだ。
「だって……リオがストーブに密室って言うからぁ…………」
俺の右隣に座るアイさんは顔を真っ赤にし、俯いて手をモジモジさせながらも説明をする。
とうの本人はヤレヤレといった様子で首を横に振る。
「もしもって念押ししたからね。まさか走っていくとは……」
「でもでもぉ……思い込んじゃったら心配するでしょ~?」
「まぁ、たしかに……」
間延びするようなアイさんの声にリオも概ね同意する。
彼女たちは、何故か俺を挟んだ両側に完全にひっつく形で座っていた。
俺を挟んでアイさんとリオが会話するのは、リビングのコタツの中。
幸いにもそのコタツは長方形で縦一人、横三人と、大型のもの。
三人がけとはいえ大人三人が入ると少々手狭だ。横に行くと主張したものの、半泣きのアイさんに懇願されちゃ断ることなどできやしない。
呆れながら笑って横を譲るエレナに感謝し、俺は両手に花の状態で二人の女性の前に座っていた。
「そういやエレナは最初から冷静だったよね? わかってたの?」
「まぁそうね。 わかってたわ」
なんと。どこにそんな分かる要素があったのか。
そんな疑問を抱くのもつかの間、彼女は「ほら」と言葉を続ける。
「玄関に付く前に外壁見てたら換気扇付いてたのよ。さすがに換気扇ついてるなら中毒はないでしょってね」
「えぇ~。 早く言ってよ~!早とちりで慎也さんにかっこ悪い姿見せちゃったじゃない~!」
「呼び止める前に走ってっちゃったじゃない。お陰でリオしか捕まえられなかったのよ」
全然かっこ悪いとは思わなかった。
むしろ逆で、心配して真っ先に向かう姿はすごく好感が持てた。
でも今は恥ずかしいから後で伝えよう。
そんなことを考えながら出された甘酒に口をつける。
「――――それで、慎也さん……だっけ?お母さんにもモチロン紹介してくれるのよね?愛惟」
「あっ!うん! お母さん、この人は前坂 慎也さんで……私の旦那様なの!!」
「ダッ…………!?」
旦那様!?
とんでもない紹介の仕方に思わず飲んでいた甘酒を吹き出しそうになる。
初っ端からフルスロットルのアイさん。まさか酔ってしまったのかと思ったが手元の甘酒は1ミリも減っていない。
初対面から剛速球ストレート。
相手は手塩にかけてアイさんを育て上げた人物だ。
どんな雷が落ちるかビクビクしながら顔を向けると、その両手を合わせながらパァッと笑顔が溢れる。
「あらぁ!やっぱりそうなのね!! 愛惟が男の人にそんなにくっついてるものだからもしかしてって思ったのよ! ついに恐怖症を克服したのね!!」
「ううん、全然克服してないんだけど…………慎也さんだけはね。平気なの」
そっと寄り添うように身体を預けるアイさん。
うん、これ酔ってるわ。そう考えないと俺が恥ずかしさで死にそう。
「慎也さん? それってもしかして……」
「はい?」
訂正の足がかりを探っていると今度はずっと口を開いてこなかったもうひとりの女性から名を呼ばれた。
それはキッチンからお皿を持ってきた2人目の女性。その茶色の髪は染めているようで根本が少し黒くなっている。
「あぁ~! やっぱりそうなのね! いやぁ、大きくなったわねぇ!!びっくりしちゃった!!」
「…………?」
茶髪の女性は驚いたように前のめりになってジロジロと俺を見つめてくる。
大きく? びっくり?
まるで知古の人物に対する言い方に疑問符が浮かんでしまう。
必死に記憶を漁ってみるもその姿に見覚えはない。何処かで会ったか……?
「ヘイマザー、ずっと一方的に見てただけで挨拶したことなかったでしょ。慎也クンは知らないんだから」
「あら、そうだったわ。 慎也さん、私はリオの母親です。 いつも娘がお世話になりまして……」
「リオの!?」
「はいっ!」
二人目の大人の女性。誰かと思えばリオの母親だった。
確かに子ども同士が仲良い以上親同士も仲が良い可能性はあった。けれど家の始まりがあんなサプライズでそんな可能性はスッポリ頭から抜け落ち、まるでドッキリのようなサプライズ登場に思わずピンと背筋が張り詰める。
「す、すみません挨拶が遅れて!こちらこそ……お世話になりっぱなしで……」
「またまた~!娘は自由人すぎて大変でしょ~!」
「いえっ……」
目の前の女性が深々と頭を下げるのに合わせて俺も下げる。
本当にお世話になってる。主にみんなとの調整役的な意味で。
彼女はエレナみたいな主導力もなければアイさんみたいな家事等万能というわけではない。
しかしいつも冷静で俯瞰して、よく人の意見を聞いて組み入れる縁の下のような人物だ。
でも……あまり二人は……似ていない?
リオは父親似なのだろうか。クリっとした目やよく通った鼻筋は母親そっくりだが、茶色の髪と瞳は違う。
更に言えば飄々としたリオに対して彼女は随分とおっとりした印象だ。アイさんの母親も同じくおっとりしているからお酒の影響ということも考えられるが。
「懐かしいわぁ。あの時リオから「好きな人ができた」って聞いて、キミのことずっとコッソリ見てきたのよ」
「と、いうことは小学時代の話です?」
「そうそう!おっきくなったわねぇ……あの時は今のエレナくらいだったのに……」
「ちょっとリオママ?なんでそこで私を引き合いに出すのよ」
エレナ、まさかの飛び火。
けれど仕方ない。確かに小学生の頃の俺は今のエレナくらいの身長だ。
そんな抗議する姿を見ていると、今度はアイさんの母親がゆっくりとコタツから立ち上がる。
「さ、お昼も過ぎてるしお腹空いたでしょ! ちょっとまっててね?おせち持ってくるわね?」
「あ、ありがとうございます!」
その言葉と同時に壁の時計が13時を差したようで軽快な音が鳴る。
あぁ……そういえばおなか空いたよ。おしるこじゃあんまり張らなかったし。
「待ってお母さん!私も手伝う!」
「そう? 長旅だったでしょうから別にいいのに」
「いいの! 手伝わせて!」
母親を追いかけるようにコタツから出たアイさんは合唱するようにお願いをする。
その言葉を受けてどうしようか一瞬悩んだであろう彼女は、チラリと俺の顔を見てから一瞬だけ笑ってその首を縦に振る。
「…………いいところ見せたいのね。 じゃあお願いしようかな?」
「っ――――! もうっ!それは言わないでってばぁ!」
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