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第6章
151.夜闇の同衾
しおりを挟むそれは、恐ろしいほど眠れない夜だった。
夜も更けてきて間もなく日付も変わろうとする元旦の午後11時。誤解も多い話だが、初夢とは31日に見る夢ではなく今日この日に寝て見る夢らしい。
しかし多くの人の大晦日は夜ふかしして年越しまで起きている人も多い。俺も小学生の頃は眠いまぶたをこすりながら年越しを迎え、そのまま泥のように眠った記憶がある。
そういう意味では昨晩の夢が初夢、という意味ではあながち間違いではないかもしれない。だが今回に限っては元旦から始発の電車に乗ることから年越しなんて関係なく早寝早起きしたものだから今寝て見る夢が初夢となるだろう。
年を越して初めて見る夢。だから初夢。
1年を占うそんな夢だが、それさえも俺は見ることすらできない危機に襲われていた。
眠れない。正確には緊張のあまり目が冴えまくっている。
昨晩は睡眠時間短かったというのに、更に明日も早くてさっさと寝ないといけないのに俺の脳は、目は今も現実にいようと必死にしがみついていた。
原因はわかっている。こうして布団に入っていてもリラックスできていないから。けれどそれには理由もある。俺は光の消えた証明からぶら下がる紐から目を離して、"彼女たち"に目を向けた。
「どうしましたか慎也さん、寒いならもっとギュッとしましょうか?」
下を向いた途端パチっと目が合ったアイさんがギュッと込める力を強めていく。
俺の左腕を枕にして強く身体を抱きしめるアイさん。冬だというのに互いにシャツ1枚と薄着のせいでその柔らかさがより際立って感じる。
「アイってば大胆だねぇ。せっかくだし私からもギューってしようかな。どう慎也クン、襲いたくなった?」
そんなアイさんに触発されたのか棒読みながらも有言実行とばかりに問いかけるのはリオ。
彼女は俺の右腕をギュッと抱きしめながら期待の視線を見せつけてくる。
「えっと……その……」
「ふたりとも、明日も早いんだからあんまり煽らないの。慎也もそろそろガツンと拒否することを覚えなさい」
まるで母親のように俺の身体を挟んでやり取りする二人を諌めたのはエレナ。
「眠れないじゃない」と掛け布団を深く掛け直そうとしたところで、両隣から声が上がる。
「エレナズルい。そう私達を収めておいて1人抜け駆けするんでしょ」
「そうだよ。ひっとり慎也クンの上から全身で堪能して我慢ならなくなってるクセに」
「う、うるさいわねっ!厳正な勝負の結果なのだから合法でしょう!」
まるで図星を突かれたように突然声を荒らげるエレナ。
彼女は右でも下でもなく、上。仰向けになる俺の胸板に頭を乗せ、サンドイッチのように積み重なっていた。
「やっぱり俺は廊下で寝――――」
「「「それはだめ!!」」」
「――――はい」
俺を囲んで一触即発の雰囲気から逃れるため提案したが一蹴されてしまい、自らの身体を縮こませる。
あの川のほとりからしばらく。
大人組に嵌められた俺はアイさんの自室に4人で一晩過ごすこととなった。
俺だけ廊下で寝ようと提案してもこうして全員総意により却下。3人の話し合いの結果、俺を中心に取り囲んで寝るということで決着がついた。
その時問題になったのが、左右1人づつとして残る1人はどうなるか。こればかりは難航を極めたが最終的にじゃんけんに勝った者が上で寝るというトンデモ案により解決。そうして今に至る。
「それにしても私達全員を娶るだなんてねぇ。慎也クンの思い切りには脱帽だよ」
「そうよ。その上今やトップアイドルの私達をいっぺんに。世界広しといえどもキミほど嫉妬の対象はいないでしょうね。光栄に思いなさいよ」
ウリウリと指先でグリグリと胸を弄ってくるエレナがなかなかにこそばゆい。
だがその言葉には異論なんてできるわけがない。両手に花どころではない騒ぎ。右見ても左見ても、上を見ても美少女が熱を帯びた目でこちらを見てくれているのだ。
照れ隠しのようにスッと右肘を曲げてアイさんの頭に触れると気持ちよさそうに目を細めて委ねてくれる。
「でも……これが最善だったと思います。ねぇふたりとも、もし慎也さんが私だけを選んだらどうしてた?」
頭を撫でられていたアイさんの目が二人に向けられる。二人もその言葉を受けて考え込むように少し視線を下にやった。
「そうね……一生引きずって、アイドルやめて、この町に引きこもるかもしれないわ」
「上に同じ。でもエレナ、私達って家族ぐるみの付き合いだから、アイとは絶対に顔を合わせるよね」
「えぇ。きっとその時嫌でも慎也とも顔を合わせるから、惨めになって嫌になって……死んじゃってるかもしれないわね」
「だね」
「でしょう?」
「それは……」
同意するアイさんとリオにそれはダメだ……とも言えなかった。
淡々と告げるエレナを見て脳裏に浮かんだのはアイさんの暴走。あの目は本当にやりかねない。そんな目をしていた。
「だから慎也さんは残り二人の命を救ってるんですよ。だから堂々としていてください」
「喜んで良いのか悲しむべきか……複雑だね」
「そんなの慣れよ慣れ。前世で世界救った報酬とでも思っておきなさい」
そんな前世の記憶はないが、それでも3人の励ましは何より心にしみた。
彼女らの言葉を受けて両隣から手を引き抜き、頭の後ろで手を組んで見せる。
虚勢だ。内側を変えるためにもまず外側から。虚勢を張るようにポーズもそれらしくして見せる。
「こんな感じ?」
「えぇ。悪くないけど……似合わないわね」
「えぇ!?」
頑張って虚勢を張ってみせたのに一瞬で瓦解してしまった。
エレナのストレートな宣告に目を丸くする。
「頑張ってくれてるのはわかりますが、柄悪いのは慎也さんに似合いませんね」
「アイさんまで……」
「ま、慎也クンには自然体が一番だね。ほら、手を戻して。ギューってするから」
リオに手を引っ張られて元鞘にもどっていく両腕。
堂々とってどうすれば良いのかと小さくつぶやくと、それを取りこぼさなかったアイさんが「そんなの簡単」だと唱える。
「本当?アイさん」
「はいっ!簡単なことです!みんなで一緒に大人の階段を登ればいいんですから!!」
「…………えっ?」
思わず耳を疑った。
いや、この状況、川辺からのこの流れ。想像しなかったわけではない。けれど話の流れからしていきなりだった。
「正直三人でお休みするって聞いたときから待ちわびていたんです!エレナ!リオ!ふたりとも慎也さんを抑えるのを手伝って!!」
「ちょっ……!二人も!?」
鼻息荒く身体を起こして覆いかぶさろうとするアイさんと、誘いを受けた二人娘。
まさか3対1か。1対1ならまだ分はあるが3となると勝ち目はない。ここまでかと思って残る二人を見たが、彼女たちはつまらなさそうにアイさんを見て、フッと寝るように俺に身体を預けてしまう。
「あれ!?エレナ!?」
「アイ、明日は早いんだからもう寝るわよ」
「えぇ!?リオは!?」
「ごめんね、やっぱりハジメテは慎也クンと一対一でロマンティックになりたいから。肉食獣は勘弁して」
どうやらツキはこちらに回ってきたようだ。
そのまま本格的に寝ようとするエレナとリオ。俺は好機とばかりにアイさんの頭を持ちこちらに引き寄せ、そっと耳打ちする。
「アイさんとも、ふたりきりで静かな時がいいな。ね、俺のお願い、聞いてくれる?」
「…………!はぁい…………」
正直死ぬほど恥ずかしいが、今ムードもへったくれもない中襲われるくらいなら安い代償だ。
そのまま火を吹いてフラフラと倒れ込むように沈んでしまう。きっと彼女もみんなも、朝早くからここへ来て疲れ切っているのだろう。
「お疲れ様、アイさん。二人も、お休み」
「えぇ。おやすみ慎也、良い夢を」
「慎也クンも、起きたら初夢聞かせてね」
俺は寄り添ってくれる3人の頭を順に撫で、自らも瞼を閉じる。
きっと、騒動のせいで最後の体力を使い切ったのだろう。それからは俺も先程の目の冴えはウソかのようにすんなりと眠りにつくのであった。
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