不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい

春野 安芸

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第6章

150.赦されるならば

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 サァァァァ――――

 穏やかな川のせせらぎが聞こえる。
 まるでそれしか存在しないような、全て流れに身を任せれば万事うまく行くような、そんな音。

 暗くなった田舎の夜。街灯も少なくすっかり闇に溶け込んでしまったこの身体。
 俺は一人、アイさんの家から離れて近くの川へと足を運んでいた。

 振り返れば正月の宴会で盛り上がっているであろう家が明るく照らされて見える。
 エレナの両親も合流して三者の親と子どもが集まった盛大な宴。そんな中俺は1人抜け出してきた。
 別に喧嘩したとかそういう話ではない。ただみんな昔話に花を咲かせていて俺の出る幕が無くなっただけだ。
 行くときにも飲み物を買ってくるとか適当な理由を付けてきたから心配はされないだろう。だいぶ長い買い物になってしまったが。

 空を見上げればもうどっぷりと沈んで暗くなった黒い海。
 夏場ならばまだ明るさが残っているというのに、冬というのは日が落ちるのが本当に早い。
 手の内にあるカラになった缶コーヒーを包みながら、適当な岩場へと腰を下ろす。

「はぁ…………」

 口を開けば小さなため息。
 まさか、まさかここまで彼女らの親が優しいと思っていなかった。
 好き合っているのに付き合っていないフワフワとした曖昧模糊なこの状況。だからこそ叱られるだろう、そう思ってこの場に来たのに、みな優しく受け入れてくれた。

 それはとっても嬉しいことなのだが、だからこそ迷う。
 本当にこの幸せを享受していいのかと。エレナが聞いたらまた怒られるかもしれないが、やはり彼女たちが魅力的すぎるからこそ、この悩みはいつまで経ってもつきまとってくる。

 ボーっと川の対岸に見える建物を見る。
 あちらが町の中心部なのか比較すると光量が多い。車も多く行き交って左右に高速で揺れる光の筋を見つめていると、フッとただでさえ暗い視界が瞬く間に真っ暗闇に襲われた。

「し~ん~や……さん!」
「なっ、なに!?」

 1人アンニュイに川のせせらぎの如く心をたゆたわせていると。突然首元に暖かな何かが触れられた。
 左右上下黒に覆われ何も認識できない世界。無警戒だった突然のことに声を上げ慌てて振り返ると、両手に缶を持ったアイさんが中腰になりながらこちらに笑いかけていた。

「アイさんだったか。誰かと思ったよ。」
「ふふっ、すみません。遅いので迎えに来ちゃいました。旦那様を迎えるのも奥様の役目、ですものね」

 迎えに来た。
 そう言いつつ彼女は俺の隣に腰を下ろして暖かな缶を手渡してくる。
 二本目のコーヒーに少し戸惑ったが口を付けてみるといっぱいに広がる甘い香りが。どうやら加糖のようだ。滅多に飲まない久しぶりの味に思わず何度も喉を鳴らしていく。

「ありがと。アイさんは一人できたの?」
「はい! 二人はお家でゆっくりしてますよ。さすが、勝利のチョキですね!」

 可愛らしく天使のようなピースサインを横にしてこちらに向けてくれるあたり、実家に戻ってもアイドルらしさは損なわれないようだ。
 チョキということはジャンケンをしたようで、勝者が迎えにいくのだと理解する。

「ありがとう。暗い夜道にごめんね?」
「いえ、もう何年も通った道なので。まだ日が沈んで早いですし」
「よく俺の場所わかったよね?飲み物買うとしか言わなかったのに」
「そんなの簡単ですよ。 ちょっとスマホの位置情報を見れば…………いえ!何でもありません!愛の力です!!」

 自信満々にしながら、なにか言いかけるアイさん。

 フッと目を落とした先には手に収められたスマートホン。
 外観は俺とまったく同じものでシャッフルされたらどちらのものか持ち主でさえもわからないもの。なぜだか強烈に嫌な予感がして自宅に帰ったらセキュリティまわりシッカリしようと心に決めた。

「さっきため息ついてましたが、もしかして……私たちの田舎はつまらなかったですか?」
「え……? いや!それは違う!俺はただ自分のこと考えてただけで……!」

 ふとありえないことを聞いて慌てて否定する。
 つまらないなんてとんでもない。みんな優しいし、彼女たちがどんな環境で育ってきたのか知れて嬉しいし。そんなことは絶対にありえない。

 彼女は俺の返事を予測していたのか、体育座りになりながら同じように川に向き、顔だけこちらを見て優しく微笑む。

「じゃあ、エレナが言っていた『自分は相応しくない』ってことですか?」
「それは……うん……」

 心を見透かしたかのような問いを素直に頷く。

 そのとおりだ。いつまで経っても振り切れずに襲われる悩み。
 エレナだけじゃなくアイさんにまで知られているとは思わなかったが、失望されないだろうか。

 そんな女々しい思いが俺の心を暗く侵食していく。

「そうですか……。ところで慎也さん。話は変わりますが私のスマホ見てくれませんか?少しおかしくって……」
「えっ? どれのこと?
「これです。私あんまり詳しくなくってずっと聞こうと思ってまして」

 肩を寄せた彼女が更に距離を詰めて俺にスマホを見せつけてくる。
 そう言って光らせた画面に映るのはアイさんのホーム画面。いくつかのアプリの裏に"ストロベリーリキッド"3名の仲睦まじい写真が表示されている。

「いや、とくにおかしいところはないけど、どのあたり?」
「はい、この中央の…………ごめんなさい、慎也さん」
「えっ―――――んん…………!!」

 俺が言われるがままに顔を覗かせようとした、その瞬間だった。
 小さく耳元だったからこそ僅かながらに謝罪の言葉を口にしたかと思いきや、無防備に近づく隙を突くかのように迫りくる彼女の唇。

 何をしようとしているのか。それを理解した頃にはもう遅かった。
 落ちていくスマホの画面に照らされ、彼女の片手に頬を添えられて気づけばキスの真っ最中。

 目を見開き、その両の目で彼女を収めるも、肝心の彼女は目を閉じて両の手で俺の頬を覆っている。

 彼女は俺を物理的に食べようとしているのか、上唇と下唇を交互に歯を立てないように噛みながら、呼吸をするのも忘れて力いっぱい押し付けてきた。



「アイ……さん……。これって…………」

 二人揃って息が限界になり、自然と離れた俺は問いかける。
 何度も何度も唇を噛むのに加え、俺の歯には何度も彼女の湿り気を帯びた舌がぶつかっていた。もしかしたら深いキスをしようとしたかもしれない。
 俺が目の前に座る彼女を視界に収めると、少し不満げに頬を膨らます彼女が目に入る。

「むぅ……慎也さん、ガード硬いんですもの……イヤ、でしたか?」
「嫌ってわけじゃ……嬉しかったけどびっくりして。でもどうして、突然?」
「好きな人へのキスは理由がなきゃしちゃダメですか?」
「それは……」

 思わず言葉に詰まる。
 そんなことはない。そう言おうとして、口をつぐむ。こんな自分にそんな無責任な言葉を発する資格があるのかと何度も反芻するように

「…………だって、慎也さんが何もわかってなかったから行動で示そうと思いまして」

 俺が言葉にできないさなか、彼女は本当の理由を口死にた。
 内ももに手を挟みながらモジモジと恥ずかしがるように。
 わかってない?それは、どういう……?

「こんなに私が慎也さんのこと好きなのに……何を捧げてもいいくらい好きなのに……わかってくれないんですもの……」
「っ…………」

 気づけば、顔を伏せた彼女の瞳からは少しづつ涙が落ちていく。
 落ちた涙は石に弾かれ地面へと消えていく。けれども、消えども消えども溢れ出る涙は止まることはない。

「うぅ……ぐすっ……。ごめんなさい、抱きしめてもらえますか?」
「…………」

 縋るような瞳。
 たしかに抱きしめる以外に気の利いた行動など思いつかない。俺は彼女の希望を答えようと、肩を抱いて自らの身体へと引き寄せた。

「えへへ……やっぱり慎也さん……優しいですね」
「ううん、優しくないよ。言われてようやく気づくくらいだし、なんで泣いてるかもわからない」
「いいえ、優しいですよ。私も慎也さんにぞっこんですから、これだけで涙が収まってきちゃうんです……」

 次第に鼻のすする音が消え、ゆっくりと離れてその表情をみると、困ったように笑うもののその瞳から涙は落ちていない。けれども端に涙が貯まっているのを見て俺はそっと袖で拭う。

「やっぱり。慎也さんは優しいです。でも、わかってないんですもの」
「……わかってない、って?」
「私もエレナもリオも。 みんな優しい慎也さんが好きです。でも、だからこそ自分を卑下して苦しむ慎也さんを見ることが辛いんです。だからこの帰省も、何も心配することがないって教えるために私たちで計画して……」

 卑下する俺を見るのが辛い。
 もしかしたらずっと彼女たちには心配をかけていたのかもしれない。ずっと俺がウジウジとこんなことを言っているから。誰が何を責めてるわけでもないのに自らが勝手に傷つきにいこうとするから。

「私たちはみんな本気で慎也さんのことが好きで、お互いを尊重してるんです。 だから慎也さんも……自分を認めてくれませんか?」
「認める……?」
「はい。慎也さんは私を……。独り占めして監禁しようとした私を赦してくれました。だから……自分も赦してください」

 彼女は俺の身体を抱き、硬い石の上へと倒れ込む。
 きっと背中が痛いだろうに、そんなことは微塵も感じさせず、暖かな身体で俺をギュッと力いっぱい抱きしめる。
 それは懇願しているのだろうか。もしかしたら怒っているのかもしれない。俺は顔を見えない彼女の背中に手を回し、ゆっくりと口を開く。

「ありがとう。アイさん」
「はい」
「俺もアイさんが好きだ」
「はい」

 アイさんのことは大好きだ。そしてエレナも、リオも、全員が好き。
 だから、もし叶うのならば。もしこんな最低な願いが赦されるのならば――――

「エレナもリオも好き。相応しくても相応しくなくても関係ない。俺は自分も好きだから、ワガママを通したい。…………三人とも結婚したい」
「…………はい!!」

 そんな最低な願いを否定することなく、満開の笑みを見せてくれたアイさんは力いっぱい抱きしめたままもう一度唇を交わす。
 今度は噛むこともない、普通のキス。けれどお互いに押し付けるようにギュッと力を込め、何度も何度も酸素を求めながら長いキスを交わした。

 そしてどちらかともなく満足したのか、ゆっくりと離れてから俺は彼女の横へと仰向けに倒れ込む。

「あ~あ、知らないよアイさん。トップアイドル三人と結婚なんて、聞いたことがない」
「それくらいなんとでもなりますよ。幸いお金はありますし」
「それは……うん」
「でも、一個だけ訂正させてください」

 上半身を起こしてこちらを向く彼女。 俺もつられるように身体を起こし、その肩を抱いた。

「一個?」
「はい。三人……じゃあ無いです。どういうことかは、分かりますよね?」
「……やっぱりそうなるの?」

 人数が違う。
 それが何を意味するかは……いくら俺でも簡単にわかった。

「傍から見てれば一目瞭然ですよ。 この帰省が終わったら受け入れてあげてください」
「……わかった。 アイさんたちはいいの?」
「もちろんです。エレナもリオも……いいよね?」
「――――!!」

 彼女が向いた俺の背後。そこにはいつの間に近づいていたのかエレナとリオの姿が。 
 俺は慌てて立ち上がると彼女たちは駆け寄ってきて二人同時に俺に抱きついてくる。

「二人とも来てたんだ……」
「当然じゃない。こんな大事な言葉、直接聞かなくてどうするっていうのよ」
「アイにだけアイの告白受けるなんてズルい。当然、私達にも言ってくれるよね」

 耳元で二人の少女の嬉しそうな声が聞こえてくる。
 その言葉は涙混じりで、グッと堪えるように更に抱く力が強くなる。

「嬉しかったわ。 結婚するって言ってくれて」
「ようやくお兄ちゃんと……ホントに一緒になれるんだよね……?」
「エレナ……リオ……」

 俺はうつむく二人の背中にそっと手を回す。
 彼女らは雲ひとつ無い夜空の下、互いの存在を確かめるように抱き合って涙を流すのであった。
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