不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい

春野 安芸

文字の大きさ
160 / 167
第6章

160.ファイナルライブ

しおりを挟む
 人が――――
 たくさんの人が一つの空間に集まっている。

 右を見ても左を見ても、はたまた後ろを振り返っても多くの人が、そこに居た。
 百人二百人なんて数じゃない。千でもなく万に到達するほどの数が集まっていた。
 人の層は文字通り老若男女問わない。傾向的には若い人が多いだろうが、家族やカップル、友達同士などパッと見る限り多様な関係性だと予測させる人がそれぞれ談笑しあっていた。

 全員の目的はただ一つ。そして目前に迫った”それ”をこの目で見ようと、誰もが笑顔を浮かべていた。
 見て取れる限り緊張や期待の顔はあれど怒りや悲しみといった感情は見受けられない。
 俺はそんな様々な顔を眺めつつ狭い通路を通っていく。

「おにいちゃ~ん!こっちこっち~!!」

 ふとざわめきの中からそんな声が聞こえた。危うく聞き逃すほどの人の多さ、しかしその者の声だけは決して聞き逃すことがない。
 聞こえてくる声に顔を向けると、先にたどり着いていた紗也が笑顔でこちらに手を振っていた。

 今日の紗也はいつも以上にオシャレさんだ。
 エレナを真似るように長髪を二つ留め、両肩から前に流した髪型。
 一張羅らしい普段は履かないプリーツスカートで生足を大胆に露出し、小豆色のニットベストに白のニットカーディガンといった組み合わせ。
 活発さを一番に感じさせる紗也はテンションの高さを体現するかのごとく飛び跳ねていて、そんな姿に少し微笑みながら小走りで向かっていく。

「見てみてお兄ちゃん!!ほら!すっごく近いよ!!」
「おぉ……これならモニターでなくても直接見れそうだ」

 紗也が示した先、唯一人の姿のない前方へと目を向ける。
 目の前には胸元までの高さがある簡単なフェンスがあり、その向こうには一段だけ高い場所――――ステージが広がっていた。



 冬も終わりに近づいて、あと1ヶ月ちょっとで新しい年度が始まる2月のとある日。
 俺はストロベリーリキッドの”最後”の晴れ舞台、ライブを鑑賞するためにドームへとやってきていた。

 最後――――そう呼ぶには理由がある。
 彼女たち”ストロベリーリキッド”は今月をもって解散することが既に決められ、発表されている。
 表向きの理由は『学業に専念するため』。本当の理由は『全ての夢を叶えきったため』。
 もともとリオの誘いで始まったアイドル。その目標は”トップアイドルになる”こと。『既にその夢は叶えられた。あとは人気があるうちに大きな花火を打ち上げる』とは彼女の談。

 そんなこんなで突然決まった最後のライブ。
 人気絶頂で辞めるとなれば倍率もすごいものだったとネットニュースに乗っていた。現に相当な倍率を勝ち抜いてきただけはあるのか、周りの観客も随分と熱が籠もっている。過去のライブで買ったであろうシャツやタオルを身に包み、ペンライトだって何本も準備する者もいるほど。

 そんなファンの方々を横目にもう一度ステージを見上げる。
 最も見やすい、まさに理想と言っていいのではないかと思うほどのベストポジション。
 神鳥さんから貰ったチケットはまさしくど真ん中だった。いくつも区画に分けられている中の、ステージど真ん中の席。
 一列五席。ウチは紗也と母さんで三人、そしてもう二人は美代さん親子が座るらしい。
 話によると美代さんの親戚であるのぞみちゃんも何処かに居るだとか。

「こんな席用意できるなんて、さすがお兄ちゃんだね~」
「完全にコネで複雑な気持ちだけどね……」
「ホント、お兄ちゃんは女たらしなんだから……はぁ、どこで道間違えちゃったんだろ……」

 ホント、紗也の言う通りどこなんだろうね。
 あの台風の日?それとも結成のきっかけになったという小学生の時?
 いずれにせよ、よっぽどのことがない限りどうあがいてもこの未来が来ていた気がする。小学生の頃なんて俺の知らないとこで動いてたからどうしようもないし。

「だよねぇ。先輩の息子さんがウチの大事なアイドルを持ってっちゃって、管理する身としては悔しいよぉ」
「あ、マネージャーさん。 お久しぶりです」
「久しぶり~紗也ちゃん。 元気してた?」
「はいっ! あ、チケットありがとうございます!」

 チケットに記載されていた椅子に腰掛けて紗也とボーッと会話をしていると、ふと隣からかけられるのは久しぶりに聞いた声。
 神鳥さんだ。彼女は美代さん達一行が座る席の一つにいつの間にか座っていたようで会話に割り込みながら軽く手を挙げる。

「気にしないで。風邪もせず来てくれて本当に嬉しいよ。ところで肝心の先輩は――――」
「ウチの主人は向こうでお留守番ですけどね、恵那さん」

 フッと微笑んで紗也の頭を撫で、誰かを探すように辺りを見渡す神鳥さんに母さんが釘を刺す。
 その言葉を受けて一瞬だけ怯んだ彼女は「いやいや~」とあっけらかんとてをはためかせる。

「もちろん存じてますよぉ。わかってるからこそ三人分しか用意してないじゃないですか~」
「……ま、わかってるならいいけどね。それでどうしたの?あの子達の準備は?」
「準備はばんぜんですので。今は慎也君たちが来れたかどうかの確認と……紗也ちゃん、お呼びがかかってるよ」
「私に? 誰から?」

 なんのことか一切見当がついていないようで首をかしげる紗也。

「そりゃもちろんあの三人からだよ。控室に来てくれってさ」
「いいの!?」

 まさか呼んでいるのは本日の主役の三人だった。ライブ直前に会えるなんて思っても見なかったようで、まさかの提案に目を輝かせる紗也。

「もちろん。 ……あ、慎也君はダメだよ?」
「えっ!?」
「絶対来させるなって言われててね。慎也君はここで私と留守番。 紗也ちゃんと先輩は向こうの……あのスーツの女の人が案内してくれるから」

 俺も当日まで見るなと言われてた衣装が気になっていて、ついていこうと腰を上げかけると同時に釘を刺された。
 そう言って指を差したのは普段の制服とは少し毛色の違う、ビジネススーツを来た運転手さんが立っていた。彼女は俺達の視線に気がついたようでこちらに手を振っている。

「わぁ……! それじゃお兄ちゃん!行ってくるね!」
「うん、ゆっくり話してきて。母さんもあとで……母さん?」

 紗也が高いテンションで運転手さんに駆けていくも母さんは動こうとせず俺たち二人を見比べている。
 そしてピッと人差し指を神鳥さんへと勢いよく差して……

「恵那さん、慎也に鞍替えは許さないわよ」
「あはは……。大丈夫ですよぉ。いくら先輩と似てるとはいえ普通に業務のお話ですから、安心して行ってきてください」
「……信じるわよ」

 少しだけ後ろ髪を引かれる様子を残しながら紗也の後を追いかける母さん。
 これ以上増やすと俺が彼女たちに殺されるだろうから安心して。

 そうして紗也たちが運転手さんに連れられて扉をくぐると、隣の神鳥さんの息を吐く音が聞こえた。

「――――さて、やっとゆっくり二人で話せるね、慎也君」
「二人っていいますが、美代さんたちもそろそろ来ると思うんですけど……」
「ん? あぁ、いいのいいの!美代ちゃんたち家族も先に見つけて控室に行ってるから!」

 随分待っても来ないと思ったが、控室に行ってるからだったのか。
 さっきまで紗也が座っていた椅子に腰を下ろした彼女は『ちゃんと見れそうだね』と呟きつつまっすぐ正面を捉えている。

「それで神鳥さん、話ってなんでしょう?」
「うん。伝えたいことがあってね……。……慎也君。今までありがとね」
「えっ? あぁ、マネージャー業ですか?いえ、なんだか仕事らしい仕事をした覚えもないですし全然……」

 彼女の第一声はお礼の言葉だった。
 お礼なんて全然。まったく役に立った覚えなんてない。
 結局最後まで俺はあの三人についていくだけだった。
 名目どうりただの応援で、仕事した自覚はない。

「ううん、すっごく助かったよ。 実は三人とも結構ムラっけがあって制御するの難しかったのは知ってる?」
「いえ……」
「実はメンタルもモチベーションも不安定で色々苦労しててさ。それが慎也君が来て一気に安定して、感謝してるんだ。まぁ一方で、夏のアイが事件を起こした時はもう酷いものだったけどね」

 険悪……俺がアイさんの部屋で捕まったときだろうか。
 後日、俺もいきなり神鳥さんに連れ出された時は驚いた。もしかしたらあの時はマイルドに言ったものの、本当にひどかったのかもしれない。

「役に立ったのなら、嬉しいです。それと俺からも聞きたいんですけどいいですか?」
「なんだい?」
「神鳥さんがウチの父さんと出掛けた日、結局どうなったんですか?」

 俺にとってはまずそこが一番気になっていた。
 母さんが許したのも驚いたけど、アレ以降誰もその話をせず、なおかつ普段どおり何も変わらないのが一番驚いたものだ。
 俺から両親に聞くのはなんとなく憚られ、神鳥さんに聞こうにも忙しく、結局こんな日まで引き伸ばしてしまった。

「…………あぁ、あの日ね――――」

 彼女は思い出すように目を細めつつ目の前のモニターを見上げる。
 正面には『Strawberry Liquid Final Live!!!』と大きく書かれた文字。
 その思考はどこまで深く潜ったのか、ははっと息を吐いてから俺を優しく見つめる。

「ヒミツ。これは私と前坂先輩だけの大事な思い出だから」
「……そうですか」
「でも、君たち兄妹が心配するようなことはないよ。安心して」

 彼女はクシャリと俺の頭を撫でてからその場から立ち上がる。

「確かに私は前坂先輩が大好きだけど、君たち兄妹も大好きだからね。これまで通り友人としてフラットに付き合っていこう、そんな話をしただけだよ」
「神鳥さん…………」
「ま、前坂先輩が私に鞍替えするってなったら話は変わるけどね!」
「ちょっと」

 最後の最後でオチをつけるか。
 立ち上がったその表情は晴れやかなものだった。きっと二人の時間は、彼女にとってもいいことだったのだろう。

「あの人もキミたち家族のことをちゃんと愛してたし大丈夫だよ。 それじゃあ私はこれくらいで。ライブ、楽しんで」
「……ありがとうございました」
「そういうのは打ち上げのときでいいよ~! じゃっ!!」

 そのままプラプラと手を振って裏手へと去っていく神鳥さん。
 俺はそんな後ろ姿に、頭を下げて見送った――――。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件

マサタカ
青春
 俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。 あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。   そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。 「久しぶりですね、兄さん」 義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。  ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。 「矯正します」 「それがなにか関係あります? 今のあなたと」  冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。    今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人? ノベルアッププラスでも公開。

【完結】かつて憧れた陰キャ美少女が、陽キャ美少女になって転校してきた。

エース皇命
青春
 高校でボッチ陰キャを極めているカズは、中学の頃、ある陰キャ少女に憧れていた。実は元々陽キャだったカズは、陰キャ少女の清衣(すい)の持つ、独特な雰囲気とボッチを楽しんでいる様子に感銘を受け、高校で陰キャデビューすることを決意したのだった。  そして高校2年の春。ひとりの美少女転校生がやってきた。  最初は雰囲気が違いすぎてわからなかったが、自己紹介でなんとその美少女は清衣であるということに気づく。  陽キャから陰キャになった主人公カズと、陰キャから陽キャになった清衣。  以前とはまったく違うキャラになってしまった2人の間に、どんなラブコメが待っているのだろうか。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開しています。 ※表紙にはAI生成画像を使用しています。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『俺アレルギー』の抗体は、俺のことが好きな人にしか現れない?学園のアイドルから、幼馴染までノーマスク。その意味を俺は知らない

七星点灯
青春
 雨宮優(あまみや ゆう)は、世界でたった一つしかない奇病、『俺アレルギー』の根源となってしまった。  彼の周りにいる人間は、花粉症の様な症状に見舞われ、マスク無しではまともに会話できない。  しかし、マスクをつけずに彼とラクラク会話ができる女の子達がいる。幼馴染、クラスメイトのギャル、先輩などなど……。 彼女達はそう、彼のことが好きすぎて、身体が勝手に『俺アレルギー』の抗体を作ってしまったのだ!

処理中です...