不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい

春野 安芸

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第6章

159.突き出す唇

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「えぇと、教科書にルーズリーフに…………はぁ」

 1人机に向かって荷物の中を確認する。
 長期休み最後の日。外はすっかり暗くなった最後の夜。
 明日に控える新学期の確認をしながら大きくため息をついた。

 こういう日は気分も落ちやすい。明日を考えると恐ろしく憂鬱になる。
 始業式を終えたらすぐ解散でいいのに、始まって早々夕方まで授業があるなんて正直おかしいと思う。
 昔は半ドンとかいってしばらく半日で終わったらしい。けれど現代ともなれば新学期から授業開始となっている。教科書も持っていかなきゃだから荷物も重くなるし非常に鬱だ。

 そんな当たり散らしたくもなる文句を一つのため息に変えながら、忘れ物が無いことを確かめる。
 課題はやった、教科書各種も入れた。きっと問題ないだろう。間違いないことを確かめると同時にコンコン……と控えめなノックが聞こえてきた。

「はい?」
「えっと、前坂君。 私だけど、入っていいかな?」

 扉の向こうから聞こえてきたのは家では聞き馴染みのない声。
 そもそもウチの家族でノックをする人物は紗也を筆頭に誰一人としていない。その時点で誰が訪問してきたのかを察してフッと肩の力を抜いていく。

「もちろん」
「お、お邪魔します……」

 少し緊張した面持ちで姿を現したのはやはり彼女だった。
 ゆっくりと扉を開けておずおずと入ってくるのは今日よりこの家で泊まることとなる小北さん。
 まだドライヤーで乾かしていないのか、その姿は髪に少し湿り気を残したお風呂上がりの様子。
 その服は見覚えがなく、家から持ってきたのか薄いピンク色でフワモコのルームウェアだった。
 手首、足首、裾のどれもが軽く絞られてフリフリになっており、襟元もレースで可愛らしさを全面に押し出したもの。
 彼女は同色の枕をその胸に抱きながら、チラチラと顔を隠しつつ様子を伺っている。

「こんな時間にごめんね? もう寝るとこだった?」
「ううん、適当に動画でも見て時間潰そうかなって思ってたところ。どうしたの?」
「ちょっと話そうと思って……ベッド、座らせてもらうね?」

 どうせやることといえば最近日課になったストロベリーリキッドの動画を見ることだ。
 最近はレッスンなどで直接見ることも多くなってきているが、やはりしっかりと魅せるために用意された媒体で見るとまた違った趣がある。
 特に実感するのは彼女たちが”努力の人”である点だ。正直レッスン開始時点は本当に踊り切れるのかと心配になる部分も多い。しかし時が経つにつれて徐々にこなせるようになり、最終的に動画で映るような完成形となる。
 今流していた動画も裏では相当な努力を積んで身につけたものだろうと理解させられるのだ。

 そんなストロベリーリキッドの動画をそこそこに訪問者へ目を向けると、小北さんは椅子に座る俺を尻目にベッドまで歩き、ゆっくりと腰を下ろす。
 それはなにか言いたげで、それでも枕に隠れて言い出せないと体現しているように思えた。

「前坂君、宿題はもうやった?」
「もちろん。小北さんは?」
「私も終わったよ。やることやらないとお母さんが怒るしね」

 家出したのに母親が怒るとか言ってられないと思うが、そこらは教育の賜物だろう。

 ポツリポツリと答える小北さんの言葉を最後に、部屋に静寂が訪れる。
 普段と違って随分と静かだ。いつも元気な小北さんも、今はなんだか静かで会話がない。

「……ねぇ、一個聞きたいけど、いい?」
「うん?」

 互いに言葉を探していた時間。
 口火を切ったのは彼女だった。
 顔を隠すように位置していた枕を置き、俺と向かい合う。
 それは決心した表情をするものの、すぐになにか迷うような目に戻ってしまう。

「その……ね?さっき前坂君のお母さんから聞いたんだけど、あの三人と……みんなと付き合ってるの?」
「…………」

 母さんめ……。そう心の内で悪態をつきながらフッと視線を彼女から外す。

 付き合ってるかどうか……今までかなり曖昧な状態だったが、あの帰省以降は付き合っていると言って間違いないだろう。名言はしていない。しかし話の流れからしてほぼそうだ。
 小北さんにそれを伝えるのはタイミングを見計らっていたが、まさか母さんによって知られることとなろうとは。

「ねぇ、ホントなの?」
「……うん。付き合ってる、というよりも、婚約が正しいのかもしれない」

 三人とどうやって……とも疑問が残るがその問題とはまだ向き合えていない。
 ただの口約束だ。でも、言って了承してくれたのだから表現は間違っていないだろう。

「そっか……それって三人の実家に帰った時?」
「うん」
「そっか……」

 重苦しい空気が場を占める。

 今日までの彼女の言葉を思い返す。『お嫁さんになりたい』それはきっと彼女が俺に好意を持っているということは確実だろう。
 なら、その先を今言うしか無い。あの夜に話した、四人目のことを。

「こき――――」

 小北さんも一緒に――――
 そう告げようとしたところで、声が出ないことに気がついた。
 物理的に塞がれているのではない。自らの口が言葉にすることを拒否していた。

「…………」

 目の前には顔を伏せって表情を伺いしれない小北さん。

 きっと俺は蔑まれているのを怖がっているのだろう。拒否されるのを怖がっているのだろう。
 ただでさえ三股と罵られるべきものなのに、それで一緒になんて都合が良すぎる。
 自分でも異常なことをしていると理解してるからこそ、彼女に告げることができなかった。

「そっか……あの三人と……。怒ってるわけでもないよ。話すタイミングを考えてくれてたこともわかってる」

 俺が言葉にできないと代わりに、ひとりでに話す小北さん。
 それは笑顔をこぼしながら、まるで自嘲するように。

「でもね、やっぱりすぐ教えてほしかったなぁ。 私も前坂君のこと、好きなんだし」
「小北……さん……」

 辛うじて名前を呼ぶと、彼女はフッと息を吐いてその場から立ち上がる。
 何を言うわけでもなく椅子に座る俺に近づいて、すぐ目の前でしゃがみこんだ。

「でもさ……だからさ……やっぱり…………」

 そっと膝に手を触れる小北さん。
 彼女の小さな手は震え、沈んでいた顔が勢いよくこちらに向けられると大粒の涙を零しながら俺の目を射抜く。

「やっぱり……私も慎也君のこと好きだもん……! お母さんからそれを知って、諦めようとしたけど……できないよ…………!!」
「小北さん……俺は――――」
「言わないで!!」

 続きを喋らすまいと大声で遮られる。
 彼女はそれでも目を逸らすことなく、俺の瞳を見つめたまま縋り付くように胸元にしがみついた。

「ねぇ……私も……私もその輪の中に……入れてもらえないかな……? アイドルじゃないし、魅力が無いのはわかってる……!でも、それでも……前坂君と一緒に居たい……。何でも……何でもするからぁ…………」

 絞り出すように、掠れる声のなか彼女は懸命に言葉を紡ぐ。
 息も絶え絶えに、鼻をすすりながら、服に涙がこぼれ落ちるのも厭わずただまっすぐに俺を見つめていた。

 俺は、当然答えなど決まっている。
 縋り付く彼女の肩にそっと触れると、一瞬だけ大きく身体を震わせたもののすぐに受け入れてくれて潤んだ瞳が揺れ動く。

「小北さん。俺たち、帰省した時、一緒になろうって言ったんだ」
「…………」
「でも、それだけじゃなくってもう一つ約束をしてね…………」
「…………」

 彼女からの返答はない。
 けれどもその瞳が逸らされないことから聞いてくれているだろう。俺は一つ深呼吸して次の言葉を発する。

「四人目を受け入れるって……小北さんを受け入れるって約束したの」
「えっ――――」
「小北さん……俺は君が好きだ。でも、こう一人を決められないほど優柔不断でだらしない。だから、それでもいいなら、一緒にいてくれないかな?」
「っ――――!!」

 ゆっくりと、包み込むようにその小さな身体を抱きしめると、胸の中から息を飲む音と嗚咽が聞こえてくる。
 帰ってから迎え入れると言われたのに、随分と遅くなってしまった。俺は彼女が泣き止むまでその背中を優しく撫で続ける。




「ホントに……ホントにいいの……?私、家に押し入るほど重い女だよ?」
「それくらい。監禁するレベルには負けるよ」
「それにアイドルじゃないし、そんな可愛くないし……」
「ううん、小北さんはすっごく可愛いよ。 あの三人に負けないくらい」

 ホント、どうしてそういう活動をしていないのか不思議なくらい可愛いのに。
 きっと何度も声はかけられただろう。でも、それを鼻にかけないのも彼女の魅力だ。

 抱きしめる腕の中で嗚咽の止まった彼女はフッと肩の力が抜ける。
 慌ててその身体を崩さないように支えると、彼女は大丈夫と言うように再度ポスリと胸の中に収まった。

「よかった……私、アイさんと言い合いばっかりしてたから……前坂君にも嫌われてるんじゃないかと……」
「俺にはじゃれ合ってるように見えたけど。 でも……前坂君か……うぅん……」
「前坂君?」
「そろそろ、慎也って呼んでくれないかな? さっき母さんはそう言ってたでしょ?」
「えっ!? えぇ!? 私、言ってたかな……?」

 チラッと一瞬だけど確かに言っていた。
 これまでに何度も思っていたがずっと名字はなんだか他人行儀だろう。

「じゃ、じゃあ……慎也……君」
「うん。美代さん」
「うぅぅぅ…………」

 胸の内で顔を真っ赤にする美代さん。
 そんな彼女が潤んだ瞳を閉じ、目を瞑ったままこちらに顔を向ける。
 それは唐突にも思えたが、まるで催促するように少しだけ唇を突き出してねだっているようにも思えて、俺は少しだけ笑みを零してその小さな顔に近づいていって。

「――――んっ。 これが……キス。 えへへ……なんだか、さっきまで苦しかったのがウソみたい」

 まだ目の端に涙はあるものの、止まって、笑顔を見せる小北さん。
 彼女はさっきとは一転、花咲くような笑顔を見せながら俺の首周りに手を巻きついてきた。

「ギューッ! よかったぁ……断られたら自殺でも考えちゃってたよぉ」
「物騒な……。でも、俺も三人も、総意だからね。 俺も、美代さんのこと、大好きだから」
「うん……。慎也君……もう一回――――――――んっ…………」

 ぎゅっと抱きつく彼女のせがむ姿に俺は受け入れて見せる。
 そうして彼女は、俺のベッドに持ってきた枕を敷くのであった――――。
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