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058.新天地
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「ご主人さま、もうまもなくですよご主人さま」
「ん…………」
たゆたう微睡みの中、シエルの声が聞こえて目を開ける。
馬車の揺れる心地よい感覚、風に揺れる木々のざわめきと鳥たちの合唱。そんな自然いっぱいのメロディを背景にウトウトしてしまったようだ。
「おはようシエル。ちょっと寝ちゃってた」
「おはようございます。今朝は早かったですものね。そろそろ寮が見えて来る頃ですよ」
今朝は普段よりずっと起床時間が早かった。朝はテンションの高さで乗り切っていたが出発後はそのエンジンも切れてしまったみたいだ。
眼を擦りながら顔を上げるとシエルがクスリと笑い窓を一息に開けて見せる。
開け放たれた窓の外。そこは見覚えのない景色が眼前いっぱいに広がっていた。
いつの間にか森を抜けていた俺達。寝入っている間に知らぬ都会へと足を踏み入れた感覚に陥った。
度々訪れた城下町のような、3階建てがせいぜいの建物群よりもっと大きな建物がそこら中に立ち並ぶ道。
コンクリートやレンガ造りの建造物が乱立して土や木が一切見受けられない、これまでとは一切違う空間。
かつてを思い出す自然感のない街中をカッポカッポ鳴らして歩く馬に引きずられていく。
「ここは……」
「ちょうど門を抜けたところです。地図によると目的地はもう間もなくだとか」
膝に広げた地図のうち一点を指で示すシエル。
そこはいつの日か入ることを断念した城下町メインストリート最後にある大きな門を抜けた先だった。
まさに東京のコンクリートジャングルを彷彿とさせる景色。
雰囲気や技術レベルなど全く違うものの自然感の無さや人々のざわめきはかつてを思い出す。
今視界に収まるどんなものよりも早い車や電車、飛行機が闊歩する世界。そんな無機質さが際立つ世界が遠い昔のように思えてくるほど。
「ここが門の先……」
「門の内側に訪れるのは持ち回りのパーティー以来です。当時は暗くてわかりませんでしたが、こんなに活気づいていたんですね」
「本当に……別世界みたいだ。ほら見て。見上げても建物の屋根すら全然見えないよ」
二人して新たな世界に圧巻される。
窓から身を乗り出すように顔を上げても首が痛くなるだけで天辺が全然見えない高い建物たち。まるで高層マンションのようだ。
建物が多ければ人も多い。行き交う人々は城下町に引けを取らないほどの活気に包まれている。
だがこれからはここがホームとなるのだ。早いうちにこの巨大な町並みにも慣れていかなければとグッと見て回りたい逸る気持ちを押さえつける。
今日は入学の前入りの日。朝早くから馬車に乗り込んだ俺達は学校が用意した寮へ入るため、城下町の大門をくぐり抜けた。
学校は魔王軍から子どもたちを守り育てる慣習が未だに残っており、門の内側――王家の敷地内に存在している。
俺たちが通うのはこの街にある4つの学校のうちの1つ。門くぐった正面にある城の手前で方向転換して奥に進んだ先。そこに学校と寮がある。
王家の敷地と有り体に言うが規模は街が幾つも入ってしまうほど広い。
魔王軍の侵攻を防ぐため複数層に分けられた街のひとつ。お城のお膝元にあたるここらの寮は、しばらく馬車に揺られた先に見えてきた。
赤レンガ式の大きな建造物。カミング家の屋敷よりも大きな建物。近いものと言えばポーランドで見たどこかの教会だろうか。
まさに寮というより教会に近い外観。ただし昔見た教会より数倍大きい。
さすがは王家の敷地内。寮ひとつとってもかなりの規模だ。
寮がこれほど素晴らしいのなら、さぞかし学校も相当いいものだろう。
これまで欧州を彷彿とさせる建物が数多く並んだガルフィオン王国。きっと学校も素晴らしいものだろう。
「あれか……!あの奥にあるのが学校―――――って、んん!?」
地図で確認した限り学校は寮の裏手にある。
隣接する学校の外観を一目見ようと身を乗り出して露わになる建物を目に収めると、思いもよらぬ光景に目を疑った。
「うわっ!?」
「ご主人さま!?」
あれが俺たちがこれから通う母校……!目を向けた先にある、予想を遥かに超える光景に前のめりになりすぎて窓から飛び出しそうになってしまう。
「何してるんですかご主人さま!? 落ちたらどうするんです!」
「……ゴメンシエル。 ちょっと学校の形に驚いて。」
すんでのところで救出され、珍しくシエルに怒られてしまった。
馬車の椅子に手をついて肩をしながら今一度窓から学校を目に収める。
教会のような寮……その奥に見えるのは、どこからどう見ても"学校"と言い切れるものだった。
あまりに見慣れた建物……まるで日本の公立学校のような……というか、まさにそのものの建物。
3階建てで横に広く、耐久性・利便性に優れていそうなもの。良く言えば効率重視、悪く言えば豆腐ハウス。そんな建物がいま俺たちの目の前に鎮座していた。
「凄い建物ですよね……。様々な方がデザインされた街ですが、この学校は日本の方が考えられたとエクレール様が仰られてました」
「…………でしょうね」
そりゃあ、こんな建物を考案するのは日本人しかないでしょう。
日本からいろいろな物をもたらしたとは聞いているが、こんなところまでもたらさなくても……歴史的建造物感が……。
「でも……でも安心してください!"エレメンタリー"は前衛的ですが、"ミドル"と"ハイ"の学校はずっと昔からの由緒正しい建物ですので!」
俺がガッカリしたことを目ざとく感じ取ったのだろうか。
慌ててフォローしてくれる彼女になんとか心を持ち直す。
そっか……"エレメンタリー"だけならまぁ、どうにか……。
この世界の学校は"エレメンタリー"・"ミドル"・"ハイ"の3つの学校を経て大人になっていく。制度的にはほぼアメリカと同じもの。日本でも小中高という認識で問題ない。
ちなみに大学は存在しない。それ以上は研究者となり、基本的に多くの人は中卒で家督を継ぐ。労働開始年齢が早いこの世界からみれば高校が大学みたいな価値観だろう。それでも平和になったこの30年では"ハイ"の進学率は急激に高まっていると聞く。
「着いたみたいだし、そろそろ降りる準備しようか」
「はい!」
どうやら学校を見せてくれたのは運転手さんの計らいのようだ。
外観を軽く見せるように奥へと進んだ馬車は急に方向転換して来た道を戻っていく。最終的に静止したのは教会のような建物の前。つまり寮の入り口だ。
『付きましたよ』と前方から聞こえる声に従って荷物を手にする。馬車の扉に手をかけながら同じく降りる準備をしているシエルをチラリと見て言い放つ。
「それと、今度こそ馬車から降りたら”ご主人さま”禁止ね」
「…………はい」
非常に長い溜めの後、明らかに落ち込んだような返事が俺のもとに届いてくる。
従者と主人でありながら学校ではそういったことを気にせず、彼女は彼女で楽しんでほしいと思いながら扉を開け放つのであった。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「よっと……。ここがボクたちの6年間住む寮……」
馬車が家を出発して2時間と少し。
ようやく寮へと到着した俺は、赤レンガ式の建物を見上げていく。
街中では殆ど見ることのなかった4階建ての建物。中央に入り口があり、両側に伸びる奥行きは左右どちらもほとんど違いがない。シンメトリーの建物だ。
おそらく寮であるがゆえに左右の違いがないようにしているのだろう。入口には俺達と同じ新入生と思しき子どもたちが慌ただしく出たり入ったりしている。
これから俺達も仲間入りするのか……。今後の拠点となる建物に胸踊らせていると、後ろから駆け寄る音に目を向ける。
「おまたせしましたごしゅっ…………えぇと、坊ちゃま?」
シエルも荷物を降ろし終えたみたいだ。おずおずと、こちらを伺うように呼びかけるのは新たな呼び名。
どうやら彼女が選んだのは"坊ちゃま"のようだ。その言葉で思い出すのはメイド長。もしかしたら彼女がずっと呼んでいるから真っ先に出たのかも知れない。
「なんだかシエルにそう呼ばれると違和感すごいね。他になにかない?」
「では……カミング様?」
「それもちょっと……他人行儀すぎない?」
「むぅ……」
素直に呼び方を変えようとしてくれるはうれしいが、どうもしっくり来るものがない。
”坊ちゃま”は同年代の子に言われるにしてはおかしすぎる。
”カミング様”も上下関係が出来すぎててムズムズする。
「でも他は……。何か案などはございませんか?」
「普通にスタンはダメかな?」
「スタ……!? いきなり呼び捨てはハードルが……!スタン様……でしたら」
別にマティもエクレールも呼んでるし、普通にスタンでいいだろうに。
そう思って提案したものの、彼女にとっては難しいようで言葉を絞り出すように対案を示してくる。
……様付けか。同い年なんだし、何か違うんだよね。
「うぅん……もっとこう、フランクにいきたいね。 やっぱりスタンって呼び捨ては?」
「ダメですっ!ご主人さまを呼び捨てだなんて畏れ多いですっ!!」
ふぅむ、顔真っ赤にするほど嫌か。
さすがに従者がまだ抜けてないからかマティのようには行かないみたいだ。
「それなら"さん"付けは?」
「スタン……さん。スタンさん……。えへへ、これなら私でも呼べそうです!」
何度か小さく言い聞かせるように繰り返し告げた彼女だったが、ようやくしっくりくるものが見つけられたらしく嬉しそうにはにかんでくれる。
「それじゃあ改めてよろしくね、シエル」
「はいっ!スタンさん!」
嬉しそうに隣に立つシエル。綺麗な黒髪を弄りながら笑う横顔は新たな生活の楽しみを隠しきれない様子。
そんな彼女とともに二人並んで寮へ向かおうとすると、出入りする多くの生徒達に混じって見覚えのある姿が現れた。
「あれってもしかして……」
「……!マティナール様っ!」
「――――あら、スタンにシエルちゃんじゃない」
――――正面から歩いてきたのは赤の混ざった茶髪の少女、マティだった。所在なさげに辺りを見渡しながら歩いていた彼女だったが俺達の呼びかけに気づいて駆け寄ってくる。
「二人とも今到着?」
「うん。マティは早いね。いつからここに?」
「ついさっきよ。荷物おろしたから辺りを散歩しようと思ってたところ」
腕を組みながら優雅に髪を揺らしてみせるマティ。
その姿はいつもと何ら変わらない、至って平常運転のようだ。
以前、ウチに泊まって以来の彼女。
あの夜のテラスで彼女は俺のことを『好き』と言ってくれた。
その真意はどちらの意味かはわからない。だが翌日の朝は普段通りだったこと、そして年齢を考えると"親愛"の意味だと捉えていた。
それでも万が一ということもある。次会うときを内心ドキドキしていたが彼女の様子から察するに俺の予測は当たっていたみたいで一人ホッとする。
「あなた達も散歩する?……って言いたいところだけど、2人とも早いとこ部屋の鍵貰ってきなさい。今はまだ空いてるけどこれ以上人が増えると鍵の受け渡し行列で大変なことになるから……着いてきて」
「わ、わかった!シエルも早く!」
「えぇ。スタンさんが行くのでしたら私もお供します!」
先導してくれるように寮へと引き返してくれるマティについていこうと、俺はシエルへと手を伸ばす。
受け取ってくれるは小さな手。俺たちは互いに手を繋ぎ、新たな居住へと足を運ぶのであった。
「ん…………」
たゆたう微睡みの中、シエルの声が聞こえて目を開ける。
馬車の揺れる心地よい感覚、風に揺れる木々のざわめきと鳥たちの合唱。そんな自然いっぱいのメロディを背景にウトウトしてしまったようだ。
「おはようシエル。ちょっと寝ちゃってた」
「おはようございます。今朝は早かったですものね。そろそろ寮が見えて来る頃ですよ」
今朝は普段よりずっと起床時間が早かった。朝はテンションの高さで乗り切っていたが出発後はそのエンジンも切れてしまったみたいだ。
眼を擦りながら顔を上げるとシエルがクスリと笑い窓を一息に開けて見せる。
開け放たれた窓の外。そこは見覚えのない景色が眼前いっぱいに広がっていた。
いつの間にか森を抜けていた俺達。寝入っている間に知らぬ都会へと足を踏み入れた感覚に陥った。
度々訪れた城下町のような、3階建てがせいぜいの建物群よりもっと大きな建物がそこら中に立ち並ぶ道。
コンクリートやレンガ造りの建造物が乱立して土や木が一切見受けられない、これまでとは一切違う空間。
かつてを思い出す自然感のない街中をカッポカッポ鳴らして歩く馬に引きずられていく。
「ここは……」
「ちょうど門を抜けたところです。地図によると目的地はもう間もなくだとか」
膝に広げた地図のうち一点を指で示すシエル。
そこはいつの日か入ることを断念した城下町メインストリート最後にある大きな門を抜けた先だった。
まさに東京のコンクリートジャングルを彷彿とさせる景色。
雰囲気や技術レベルなど全く違うものの自然感の無さや人々のざわめきはかつてを思い出す。
今視界に収まるどんなものよりも早い車や電車、飛行機が闊歩する世界。そんな無機質さが際立つ世界が遠い昔のように思えてくるほど。
「ここが門の先……」
「門の内側に訪れるのは持ち回りのパーティー以来です。当時は暗くてわかりませんでしたが、こんなに活気づいていたんですね」
「本当に……別世界みたいだ。ほら見て。見上げても建物の屋根すら全然見えないよ」
二人して新たな世界に圧巻される。
窓から身を乗り出すように顔を上げても首が痛くなるだけで天辺が全然見えない高い建物たち。まるで高層マンションのようだ。
建物が多ければ人も多い。行き交う人々は城下町に引けを取らないほどの活気に包まれている。
だがこれからはここがホームとなるのだ。早いうちにこの巨大な町並みにも慣れていかなければとグッと見て回りたい逸る気持ちを押さえつける。
今日は入学の前入りの日。朝早くから馬車に乗り込んだ俺達は学校が用意した寮へ入るため、城下町の大門をくぐり抜けた。
学校は魔王軍から子どもたちを守り育てる慣習が未だに残っており、門の内側――王家の敷地内に存在している。
俺たちが通うのはこの街にある4つの学校のうちの1つ。門くぐった正面にある城の手前で方向転換して奥に進んだ先。そこに学校と寮がある。
王家の敷地と有り体に言うが規模は街が幾つも入ってしまうほど広い。
魔王軍の侵攻を防ぐため複数層に分けられた街のひとつ。お城のお膝元にあたるここらの寮は、しばらく馬車に揺られた先に見えてきた。
赤レンガ式の大きな建造物。カミング家の屋敷よりも大きな建物。近いものと言えばポーランドで見たどこかの教会だろうか。
まさに寮というより教会に近い外観。ただし昔見た教会より数倍大きい。
さすがは王家の敷地内。寮ひとつとってもかなりの規模だ。
寮がこれほど素晴らしいのなら、さぞかし学校も相当いいものだろう。
これまで欧州を彷彿とさせる建物が数多く並んだガルフィオン王国。きっと学校も素晴らしいものだろう。
「あれか……!あの奥にあるのが学校―――――って、んん!?」
地図で確認した限り学校は寮の裏手にある。
隣接する学校の外観を一目見ようと身を乗り出して露わになる建物を目に収めると、思いもよらぬ光景に目を疑った。
「うわっ!?」
「ご主人さま!?」
あれが俺たちがこれから通う母校……!目を向けた先にある、予想を遥かに超える光景に前のめりになりすぎて窓から飛び出しそうになってしまう。
「何してるんですかご主人さま!? 落ちたらどうするんです!」
「……ゴメンシエル。 ちょっと学校の形に驚いて。」
すんでのところで救出され、珍しくシエルに怒られてしまった。
馬車の椅子に手をついて肩をしながら今一度窓から学校を目に収める。
教会のような寮……その奥に見えるのは、どこからどう見ても"学校"と言い切れるものだった。
あまりに見慣れた建物……まるで日本の公立学校のような……というか、まさにそのものの建物。
3階建てで横に広く、耐久性・利便性に優れていそうなもの。良く言えば効率重視、悪く言えば豆腐ハウス。そんな建物がいま俺たちの目の前に鎮座していた。
「凄い建物ですよね……。様々な方がデザインされた街ですが、この学校は日本の方が考えられたとエクレール様が仰られてました」
「…………でしょうね」
そりゃあ、こんな建物を考案するのは日本人しかないでしょう。
日本からいろいろな物をもたらしたとは聞いているが、こんなところまでもたらさなくても……歴史的建造物感が……。
「でも……でも安心してください!"エレメンタリー"は前衛的ですが、"ミドル"と"ハイ"の学校はずっと昔からの由緒正しい建物ですので!」
俺がガッカリしたことを目ざとく感じ取ったのだろうか。
慌ててフォローしてくれる彼女になんとか心を持ち直す。
そっか……"エレメンタリー"だけならまぁ、どうにか……。
この世界の学校は"エレメンタリー"・"ミドル"・"ハイ"の3つの学校を経て大人になっていく。制度的にはほぼアメリカと同じもの。日本でも小中高という認識で問題ない。
ちなみに大学は存在しない。それ以上は研究者となり、基本的に多くの人は中卒で家督を継ぐ。労働開始年齢が早いこの世界からみれば高校が大学みたいな価値観だろう。それでも平和になったこの30年では"ハイ"の進学率は急激に高まっていると聞く。
「着いたみたいだし、そろそろ降りる準備しようか」
「はい!」
どうやら学校を見せてくれたのは運転手さんの計らいのようだ。
外観を軽く見せるように奥へと進んだ馬車は急に方向転換して来た道を戻っていく。最終的に静止したのは教会のような建物の前。つまり寮の入り口だ。
『付きましたよ』と前方から聞こえる声に従って荷物を手にする。馬車の扉に手をかけながら同じく降りる準備をしているシエルをチラリと見て言い放つ。
「それと、今度こそ馬車から降りたら”ご主人さま”禁止ね」
「…………はい」
非常に長い溜めの後、明らかに落ち込んだような返事が俺のもとに届いてくる。
従者と主人でありながら学校ではそういったことを気にせず、彼女は彼女で楽しんでほしいと思いながら扉を開け放つのであった。
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「よっと……。ここがボクたちの6年間住む寮……」
馬車が家を出発して2時間と少し。
ようやく寮へと到着した俺は、赤レンガ式の建物を見上げていく。
街中では殆ど見ることのなかった4階建ての建物。中央に入り口があり、両側に伸びる奥行きは左右どちらもほとんど違いがない。シンメトリーの建物だ。
おそらく寮であるがゆえに左右の違いがないようにしているのだろう。入口には俺達と同じ新入生と思しき子どもたちが慌ただしく出たり入ったりしている。
これから俺達も仲間入りするのか……。今後の拠点となる建物に胸踊らせていると、後ろから駆け寄る音に目を向ける。
「おまたせしましたごしゅっ…………えぇと、坊ちゃま?」
シエルも荷物を降ろし終えたみたいだ。おずおずと、こちらを伺うように呼びかけるのは新たな呼び名。
どうやら彼女が選んだのは"坊ちゃま"のようだ。その言葉で思い出すのはメイド長。もしかしたら彼女がずっと呼んでいるから真っ先に出たのかも知れない。
「なんだかシエルにそう呼ばれると違和感すごいね。他になにかない?」
「では……カミング様?」
「それもちょっと……他人行儀すぎない?」
「むぅ……」
素直に呼び方を変えようとしてくれるはうれしいが、どうもしっくり来るものがない。
”坊ちゃま”は同年代の子に言われるにしてはおかしすぎる。
”カミング様”も上下関係が出来すぎててムズムズする。
「でも他は……。何か案などはございませんか?」
「普通にスタンはダメかな?」
「スタ……!? いきなり呼び捨てはハードルが……!スタン様……でしたら」
別にマティもエクレールも呼んでるし、普通にスタンでいいだろうに。
そう思って提案したものの、彼女にとっては難しいようで言葉を絞り出すように対案を示してくる。
……様付けか。同い年なんだし、何か違うんだよね。
「うぅん……もっとこう、フランクにいきたいね。 やっぱりスタンって呼び捨ては?」
「ダメですっ!ご主人さまを呼び捨てだなんて畏れ多いですっ!!」
ふぅむ、顔真っ赤にするほど嫌か。
さすがに従者がまだ抜けてないからかマティのようには行かないみたいだ。
「それなら"さん"付けは?」
「スタン……さん。スタンさん……。えへへ、これなら私でも呼べそうです!」
何度か小さく言い聞かせるように繰り返し告げた彼女だったが、ようやくしっくりくるものが見つけられたらしく嬉しそうにはにかんでくれる。
「それじゃあ改めてよろしくね、シエル」
「はいっ!スタンさん!」
嬉しそうに隣に立つシエル。綺麗な黒髪を弄りながら笑う横顔は新たな生活の楽しみを隠しきれない様子。
そんな彼女とともに二人並んで寮へ向かおうとすると、出入りする多くの生徒達に混じって見覚えのある姿が現れた。
「あれってもしかして……」
「……!マティナール様っ!」
「――――あら、スタンにシエルちゃんじゃない」
――――正面から歩いてきたのは赤の混ざった茶髪の少女、マティだった。所在なさげに辺りを見渡しながら歩いていた彼女だったが俺達の呼びかけに気づいて駆け寄ってくる。
「二人とも今到着?」
「うん。マティは早いね。いつからここに?」
「ついさっきよ。荷物おろしたから辺りを散歩しようと思ってたところ」
腕を組みながら優雅に髪を揺らしてみせるマティ。
その姿はいつもと何ら変わらない、至って平常運転のようだ。
以前、ウチに泊まって以来の彼女。
あの夜のテラスで彼女は俺のことを『好き』と言ってくれた。
その真意はどちらの意味かはわからない。だが翌日の朝は普段通りだったこと、そして年齢を考えると"親愛"の意味だと捉えていた。
それでも万が一ということもある。次会うときを内心ドキドキしていたが彼女の様子から察するに俺の予測は当たっていたみたいで一人ホッとする。
「あなた達も散歩する?……って言いたいところだけど、2人とも早いとこ部屋の鍵貰ってきなさい。今はまだ空いてるけどこれ以上人が増えると鍵の受け渡し行列で大変なことになるから……着いてきて」
「わ、わかった!シエルも早く!」
「えぇ。スタンさんが行くのでしたら私もお供します!」
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