魔女リリアの旅ごはん

アーチ

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113話、スパイスの買いつけと溶けた鉄のデザート

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 カルディアの町三日目は、二日目と同じく昼間から買い物に出かけていた。
 昨日のうちに欲しい物をいくつか買っていたのだが、夕食にスペアリブを食べた事によって、新たに欲しくなった物があるのだ。
 それは……スパイス。

 昨日食べたスペアリブがとても良い匂いで香ばしく美味しかったので、スパイスを使った料理という物に興味が出たのだ。
 そして宿屋に帰ってから、部屋に置かれてあったカルディアの町の紹介を纏めたパンフレットを読んで色々調べてみて、この町は元々スパイスを使った料理が盛んだと知った。

 こんな火山地帯に構えた町である。大昔は他の村や町とも交流が難しく、しかも採れる食材の種類に限りがあった。
 そうなると料理の種類の幅が狭まってしまうが、それを解決する為に自生している植物から取れるスパイスを積極的に使ってきたらしい。

 スパイスは種類が豊富で、どれも匂いが独特だ。匂いが味覚に与える影響は大きく、同じ料理でも使ったスパイスが違えば印象が変わるのだ。
 おかげでカルディアの町は今でもスパイス文化があり、積極的に輸入も行って自生スパイス以外のスパイスも日常的に使っているらしい。

 スパイス一つで料理の印象が変わる、というのは、旅の合間に自炊する事もある私からすると嬉しい事実だ。
 スパイスを手に入れれば、私の野外料理も幅が広がって中々おしゃれな感じになるはずだ。もうモニカに古代魔女料理などと呼ばせない。

 そう硬く決意して市場へと赴いた私だったが、いざスパイスを買おうと思うと、その種類に圧倒されてしまう。
 私もある程度スパイスを知ってはいるが、やはり知らない物の方が多いらしい。市場のスパイス売り場では、透明な袋に詰められたスパイスがたくさんあり、何が何だか分からない。

「やばい、何買えばいいのか分かんなくなる……」
「いっそのこと一通り買っちゃえば?」
「さすがに邪魔だし使い切れないと思うよ」

 何しろ野宿する時しか料理しないので、それこそ料理を日常的に行う人並みに買っても使いきれない。
 ここは、ある程度知っているスパイスを使いきれる程度に買いつつ、初めましてのスパイスもいくつか買って挑戦してみるのが良いかも。うん、そうしよう。

「あ、シナモン。シナモンは知ってる」

 知っているスパイスをようやく発見したので、ぱっと手に取ってみる。
 売られているスパイスはざっと二種類あって、使いやすいように粉末状にされた物と、加工されていない状態の物。私が買うとしたら、基本粉末状だろう。

 しかしシナモンをぱっと取ってしまったが……これはどちらかと言うと、デザートなどに使うスパイスではないだろうか。
 肉料理とかにも使うと聞いた事はあるけど、私の中ではデザートやお茶に使うイメージだ。シナモンティーとか、ケーキに振りかけたりとか。

 シナモンはぴりっと鼻につくような甘い匂いが独特で、一度匂いを嗅いだら記憶にこびりつく感じだ。それだけ匂いが強いので使い過ぎに気をつけないと、料理を台無しにしてしまう可能性もある。
 とりあえずシナモンはリリース。私には使いこなせないだろう。

 後私が知っているのは……クミンにセージ、バジル、コリアンダーやオレガノ、ナツメグ、ローズマリーなどなどか。
 落ち着いて見てみると、これってスパイスだったの? と思える物が結構あった。

 特にセージやローズマリーは、私の中ではスパイスというよりハーブという印象。魔法薬に使う事もある植物なのだ。
 クミンは肉や魚の匂い消しに良いらしいので、買っておく。セージ、バジル、ローズマリーも使いどころが多そうなので確保。茹でたパスタをこれらハーブ類で和えたら、それだけで美味しいんじゃないだろうか。

 他に知らないので気になるスパイスは……これだろうか、ガラムマサラ。
 小瓶に入った粉末スパイスで、赤みが強く辛そう。書かれている説明によれば、ミックススパイスなのでこれ一つで色々な料理に使えるとの事。

 これは買おう。色々スパイスが入っていて、とりあえず仕上げに使えばどうにかなるのなら、私としては嬉しいスパイスだ。
 後気になるのは、この星型のスパイス。スターアニスと言うらしい。これは粉末状の物が存在せず、この形そのままで使い、食べる時には取り出すようだ。

 これは単純に形が気に入った。どんな料理に使うかは分からないがそれだけで衝動買いする。

「スパイスはこんな物かな。ハーブ系なら使いやすそうだし、このガラムマサラとか言うミックススパイスを使っておけばどうにかなりそうかも」
「次に野宿する時が楽しみね」
「私としては野宿は避けたいけどね」

 やはり寝る時はベッドという文明の利器が欲しい。野宿は体バキバキになる。
 スパイスの買いつけは終わったが、まだ昼間を少し回った程度。晩御飯には早すぎる時間帯だ。

「よし、スイーツでも食べてこようか。この町名物のスイーツがあるらしいよ」
「ああ、昨日リリアが読んでたパンフレットに書いてあったやつ? 何だったかしら……あのー、鉄がどうたらの」
「溶けた鉄ね」
「そうそう、それそれ。……え、鉄食べるの? そういえば、前に溶けた鉄が飴みたいで美味しそうとか言ってたけど……え、本気?」

 ライラが信じられないとばかりに怯えた目で私を見る。私は当然首を振って否定した。

「なわけないじゃん。ほら、行くよ」
「……じゃあ結局溶けた鉄ってなによ」

 頭に疑問符を浮かべるライラを先導するため、私は歩き出した。
 件のお店は簡単に見つける事が出来た。昨日パンフレット読みこんだからね。
 スイーツ店に入り、テーブル席へ着席。すぐに例の溶けた鉄とやら言うデザートを注文する。

「鉄……鉄……」

 いまだに鉄鉄言っているライラだが、当然鉄を食べる訳ではない。溶けた鉄、と言うデザートの正式名称はアヴィ・ラクシェ。
 これはこの町の古い言葉、いわば方言であり、アヴィは鉄、ラクシェは溶けた、を意味するらしい。だからこのデザートの愛称が溶けた鉄なのだ。

 こんな名前であるのには、もちろん理由がある。ライラには教えてないけど、パンフレットに書いてあったから私は知っているのだ。
 やがて件の溶けた鉄、アヴィ・ラクシェが入った皿が運ばれてきた。

 白い皿の中心に、黒くツヤのある球体状のチョコが鎮座している。そして、小さなポットを持った店員さんが、そのチョコ目がけて何かの液体をかけ始める。
 湯気が立つ黒い液体は、ホットココアだ。温かいので、球体のチョコの表面がゆっくりと溶けていく。

「わっ」

 ライラが驚きに声をあげた。溶けたチョコの中から、四角形の白いクッキーが現れたのだ。溶けたチョコとホットココアによって、クッキーは見る間に黒へと染められた。
 これが溶けた鉄という名の正体。このデザートは、鉄鉱石をイメージした球体チョコにホットココアをかけ、溶かしながら食べる料理なのだ。

 それがまさに鉄鉱石を溶かしているように見えるので、溶けた鉄、という名になったらしい。
 チョコの中にある四角いクッキーは、いわば鉄鉱石に混じる石などの不純物なのだろう。

 見た目が楽しいこのデザート。さっそく味を確かめるべく、溶けつつあるチョコをフォークで崩しつつ、クッキーと一緒に食べてみる。

「ん……あっま」

 見た目から想像できるように、とんでもない甘さだ。チョコ自体もそうだか、かけられたココアも甘ったるい。
 クッキーは表面がココアとチョコで濡れていたが、中はサクサクとした食感。甘ったるいチョコクッキーを食べている感じ。

 何と言うか、いかにもスイーツって感じの味。甘さの暴力。甘さ控えめのデザートなぞ認めないとばかりの強い意志を感じる。
 もくもく食べ始めたライラを見てみると……。

「あっま」

 驚きのあまりか、丸くした目でこちらを見つつそう言った。
 あっまいよね、これ。

 溶けた鉄は、昼間に買ったスパイスの匂いを思わず嗅ぎたくなる程甘ったるいデザートだった。美味しいけどね。
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