魔女リリアの旅ごはん

アーチ

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114話、山登りと牛肉のスパイス煮込み

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 カルディアの町を後にした私とライラ。
 しばらく進んでいると、火山地帯を抜けたのか、若草が生える起伏に富んだ山脈地帯へとさしかかった。

 遠目に見えるのは、いくつもの大きな山。
 連なる山々は、まるで一つの大きな生物にも見える。
 一言で言えば絶景なのだが、今からこの山脈地帯を進まなければいけないと思うと、少々気が滅入る思いだ。

 何と言っても山。こうして遠くから見ていると遠近感のせいで軽々登れそうな印象だが、実際は勾配がきついに決まっている。
 この辺りの山の中には意外にも村や町があるので、整備された登山道がある。それでも、街道と比べれば歩きやすいはずがないけど。

 どう考えても山のすそ野を迂回して安全に進むのが最善だと思えるのだが、しかし私は今回山を登るつもりだった。
 なぜかと言うと……山の中にある村や町に興味あるからだ。

 特に山の頂上で栄えている町があるらしく、せっかくだからそこへ行ってみたい。こんな機会でもないと山登り何てしないだろうし。

「えー、ライラ隊員」
「誰が隊員よ」

 こほんと咳払いしつつライラに話しかけると、鋭いツッコミが入った。気にせず私は続ける。

「今から我々は山を登ります」
「え……この、山を?」

 ライラは空を仰ぐようにして大きな山を見上げた。

「正気なの? 私はリリアの帽子に座ってるから別にいいけど、こんな山を登るなんてリリアの体力が心配だわ」
「それに関しては私も不安に思っている。でもね、山登りも一つの経験だと思うんだよ。カルディアの町で食料買ったから数日は大丈夫だし、この山には村や町が結構あるから、焦らずゆっくり進めば遭難する事も無いはず。何より山登り初心者にはわりとお勧めの山って噂なんだよ」
「へえ……初心者向けの山なのね。登るの、すごく大変そうに見えるけど」
「この機会を逃せば山登りなんて多分一生しない。だから行ってみるよ」
「リリア……私、なぜだか今、ピラミッドを登ろうとしたリリアの姿を思い出したわ」

 縁起悪い事言わないでほしい。
 ちなみに砂漠の町でピラミッドに登った時は、おそらく三分ほどで登るの諦めた。
 しかし今回は大丈夫なはずだ。確たる理由は無いけど、これまでの旅で私は鍛えられているはず。簡単な山越えなら出来るはずだ。

 そう息巻いて私は山の中へ入っていった。
 そして……登り始めて、実に五分で後悔しつつあった。
 山道は、やはり村や町があるためある程度整備されていた。立て札も豊富にあり、道案内に従って進んでいけば迷う事もないだろう。
 しかし、山道はそんなに単純な物ではなかった。

 そう、当然ながら山には勾配がある。つまり、山の頂上目指して一直線に道を作るわけにはいかないのだ。そんな事をしたら急な坂道ばかりが続き、足が壊れる。
 なので必然、右へ左へ蛇行しつつ上へ向かうようになっている。
 そしてこれが中々きつい。常にゆるい坂が続き、じわじわと足に疲労が蓄積していくのだ。

 しかも右へ左へ蛇行しているので、歩いた距離と比べてあまり頂上へ近づいていない。
 振り向けばさっき歩いて来た道を見下ろすことができ、これほど疲れているのに、さっき歩いていた道は直線状ではこんなに近いのかと否応なく知る事になる。
 それが結構精神的な疲労になるのだ。

 まだ昼前の時間帯。空から降り注ぐ太陽光は木々に隠され、気温は中々涼しい。しかし歩いている事で体に熱が溜まり、疲れから私はぜえぜえ肩で息をしていた。

「大丈夫……じゃないわよね?」

 心配そうに顔を覗き込んできたライラに、虚ろな目を向ける。

「山を……山を舐めてたよ。さ、先が見えないのがこんなにきついなんて……」

 そう、何が一番きついかと言うと、終わりが見えない。
 歩きはじめて二十分ほどが経過していたが、はたして今は山のどの辺りだろうか。

 大きな山を登るとなると、十時間以上かかると聞いた事がある。さすがにここは初心者向けの山だから、数時間で登れると思うけど……。
 私の体力の問題もあった。普通の人が三時間で登れるとしても、非力な魔女の私では最悪その倍かかると覚悟を決めていた方がいいかもしれない。

「やばい……あぁ、もう、箒に乗っちゃおうかな……」

 口にしたが最後、甘い誘惑に抗えず、私は鞄から箒を取りだした。
 足を止め、手にした箒をじっくりと見つめる。

 ……………………。

「葛藤しているわね」

 乗るか、乗らないか。無理なら無理で意地を張らずに乗った方が良い。
 でもまだ諦めるのには早いかもしれない。登る前に自分でも言ったじゃないか。焦らずゆっくり行けばいいと。

 疲れたら休めばいい。そうだ、私の旅は何も急ぐことなどない。ゆっくり行こう。ゆっくり。
 私は箒をくるりと持ち直し、柄の部分を地面につけ、歩きだした。

「葛藤に勝ったわね。でもまさか箒を杖代わりにして歩くとは思ってなかったわ」

 でも箒を杖代わりにした事で大分楽になった。いつかモニカみたいなステッキを買おうかな。
 もう全てを諦め、亀の歩みのようにゆっくり歩きだす。これが今の私に最適なペース。これ以上は無理。死ぬ。

 しかし落ちついて非常にゆっくり歩きだすと、体も心も大分楽になった。息を乱すことなく、周囲を見回す余裕まである。

「あっ、きのこだ」

 おかげで木々の根元に生えていたきのこを発見した。

「採る?」
「いや、やめておこう」

 ライラに首を振り、きのこはスルー。
 野生のきのこは見極めが難しく、うっかり毒がある物を食用と勘違いしてしまう可能性があった。だから採らないでおく。

 更に言うと、きのこに誘われて登山道から離れる危険性もある。同じ理由で山菜も見逃しておく。迷ったら怖いし。
 しばらく、実にゆっくりと山道を歩き続ける。こうして無理せずゆっくり歩くと、静かで涼しくて結構悪くない。ゆるい坂続きで足は痛いけど。

 どれくらい時間が経っただろうか。変わり映えしない風景の中で、開けた地平が目に入ってきた。
 近づいて見ると、そこはどうやら休憩所らしい。平面の広場になっており、ベンチも備え付けられている。井戸もあって水が飲めるようだ。

 立て札もあり、それを読んでみる。
 休憩所。使用はご自由に、後片付けをお願いします。頂上まであと半分。

 ……………………。

「これだけ歩いてまだ半分~?」

 思わずしゃがみこんでため息をつく。ライラが居なければ、恥も無く地面を転がって駄々をこねていただろう。

「あ、もうダメ。今ので心折れた。もう一歩も歩けない」

 私は箒をついてのろのろベンチへ向かい、座り込む。
 ライラへ向かって、私は堂々と言い放った。

「今日もうここで野宿ね。頂上には明日向かうから」
「え、まだ山に入って二時間くらいじゃない?」

 ライラの言う通り、山に入ってそれくらいしか経ってないだろう。
 昼くらいに山登りを始めて、今まだ太陽が元気に輝いているから、それは間違いない。
 夕暮れもまだ遠く、野宿を決めるのは早いとも言える。

「でも完全に心折れたもん。後半分もあるんだよ? 半分っ!」

 しかも頂上に向かえば必然坂もきつくなるはずだ。
 あーもう泊まる。ここで寝る。急ぐ事なんて無いからゆっくりする。

「リリアがそれでいいなら私はいいけど……それで、夕ごはんはどうするの?」
「あ、ごはん……これ以上休んでいると寝そうだし、今のうちに作っちゃうか」

 もそもそ鞄を漁り、夕食に何を作ろうか考える。
 実はカルディアを出る時に、生の牛肉を買っていた。持って一日くらいだが、今日中に食べればいいだろうと思い買っちゃったのだ。

 なのでこの牛肉を使うのは決定。後は……これまたカルディアで買ったスパイスを使ってみよう。
 私はのろのろと動き出し、井戸水をくみ上げて一度味見。ちゃんと新鮮な水だという事を確認した後、小鍋にそそいだ。

 ケトルでの調理も限界があるし、旅の合間の自炊を意識して買っておいたのだ。
 そして魔術で火を起こし、テレキネシスで鍋を火の上に固定。そこにやや大きめに切った牛肉を入れ、ゆっくり煮ていく。

 水が沸騰し始めた頃合いに、顆粒のコンソメスープの元を入れる。コンソメスープも一から作ろうとするとたくさんの野菜が必要で手間暇かかるが、こういうのを利用すると簡単でしかも美味しいので重宝する。
 これだけだとただの牛肉のスープになってしまうが……今回はここへ更に、カルディアで買ったスパイス、ガラムマサラを入れて煮込んでみる。

 ガラムマサラを入れると、黄色みのあるスープに赤みが入った。そしてスパイシーな匂いが漂ってくる。
 後はちょっと火から放して、ぐつぐつ煮込む。これで牛肉のスパイス煮込みが完成だ。

「……まだ夕暮れ前だけど、もう食べちゃうか」

 スパイスの匂いに食欲が刺激されてしまったのか、我慢できなかった。
 夜に小腹が空いたらまた軽く食べればいいしね。
 スープ用の深皿を二つ用意し、牛肉のスパイス煮込みを入れていく。

「わ、良い匂い」

 ライラは待ちきれないのか、子供用フォークを抱きかかえるようにしていた。

「よし、食べよっか」

 二人でいただきますをして、スープに口をつける。
 まずはスープ自体から飲んでみた。

「おっ、ちょっと辛い」

 口に含むとスパイスの良い匂いが広がり、ぴりっとした刺激がやってくる。コンソメスープの奥深い味があるが、通常のコンソメスープとは全く別物でもある。
 スパイスのおかげで匂いと味がかなり変わっており、特に匂いの影響が凄い。ぴりっと辛めのスパイシーなスープになっていた。

 牛肉を食べると、しっかり煮込んだ事でほろっと崩れる。肉の繊維が解けていくかのようで、牛肉の旨みがスパイシーなスープに溶け込んでいった。
 うーん、美味しい。そしてちょっと辛いから体がポカポカする。

 こういうスパイスを使った煮込み料理は、カレーと呼び称される事が多いようだ。
 しかし一口でカレーと言っても、今回のようにスープな物から、ホワイトソースのように小麦粉を使ってとろみをつけるタイプもあり、パンにお米、芋など色々な主食に合うように地域によって特色があるらしい。

 一つ一つは別物の料理に見えるのに、全部一口にカレーと呼ばれるのも結構不思議な感じ。
 ま、美味しければ別に良いんだけど。

 スパイスの匂いとちょっと辛めなのが食欲を増進させたのか、二人であっという間に鍋のスープを平らげてしまった。

「ふぅ……」

 最後に新鮮な井戸水を飲んで口をさっぱりさせる。この最後に飲む水がまた美味しい。
 空を見上げると、ようやく日が暮れ始めていた。
 山の中は静かで、時折木々の葉が揺れる音が聞こえる。どことなく落ち着く空間だ。

「明日はがんばって頂上を目指してね、リリア」

 ライラに言われ、私は現実を思い出して目を虚ろにさせる。
 そうだ……明日はまた山登りだ。
 はぁ、と深いため息をつき、再度現実逃避するため紅茶を淹れだす私だった。
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