異世界育児は自宅まかせ ~ネット通販と現代住宅で静かに暮らします~

きっこ

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『信号と備えと、わずかな気配』

朝。
ルナは、湯冷ましを少し口に含んだあと、満足そうに「ふぅ」と小さく息を吐いた。
目覚めのぐずりもなく、穏やかに朝が始まったことに、悠真は少しだけほっとした。

ベビーベッドの柵に小さなガーゼタオルを干しながら、キッチンに立って洗い物を片付ける。
日課になりつつある炊飯器のセットと、ルナの離乳食の仕込み。
といっても、まだペースト状のものが中心で、今日はかぼちゃとさつまいものミックスを温めておく予定だった。

「これで、昼までにもうひと仕事……ってとこか」

声に出すと、少しやる気が出る。
そうしてリビングに戻り、スマホを確認した瞬間だった。

──ピッ。

画面に一瞬、見慣れない通知が表示された。

【微弱信号を検出:検出元はアプリ通信規格に類似】
【出力源:外部端末(推定距離:約1.3km)】

「……は?」

思わずルナの方を見たが、彼女はきょとんとした顔で指しゃぶりをしているだけだった。
悠真はスマホを両手でしっかり持ち、画面を見直す。

アプリが検知したのは、“通信規格に似た微弱な信号”だという。
異世界なのに? 誰かが現代の通信機器に似たものを使っているのか?

「まさか、俺と同じような状況の人間がいる……?」

そう思ってアプリの“発信元情報”を探るが、これ以上の詳細は出てこない。
位置情報の取得も無理らしい。ただ「方角とおおよその距離」が表示されたきり。

(……方向的には、街のある方角か)

それは確かに、森の奥。自宅から南西──“街がある”とされている方角だった。



悠真はルナを抱き上げながら、窓の外を見た。
晴れ間はまだ続いているが、昨日の雨の湿気が空気に残っている。

(街の誰かが、通信っぽい何かを使ってた……ってことか?)

この異世界に来てから、ずっと孤立していたつもりだった。
だがその孤独感が、少しだけ揺らいだ。

もちろん、だからといってすぐ外へ出るつもりはない。
まだルナを置いてまで遠出するわけにはいかないし、誰かと接触する覚悟もできていない。

でも、いつか誰かが来る可能性がある。
こちらの存在に気づく者が現れるかもしれない。

(そのときに、ちゃんと対応できるようにしておかないとな)



昼過ぎ。
悠真は、玄関の周りと門扉にあたる場所を簡単に整えた。
元の日本の住宅では庭先だった場所が、今では「屋敷の前庭」のようなものになっている。

目印になるよう、木の枝で簡単な柵をつくり、家の正面から湖畔に続く道筋を、踏みならしておいた。
その途中に見える位置に、小さな木製の表札のようなものを立てる。
名前などは書いていない。ただ、空き家ではないことを静かに示すためだった。

「突然来られても、せめて“家”に見えればな」

それだけのことでも、訪問者への印象は変わるだろう。

家の中も一通り片付け直し、ルナの授乳とおむつ替えをすませて、ようやく一息。

すると、その瞬間。
またしてもアプリが、短く音を鳴らした。

──ピッ。

【再接続試行:通信信号の再検出を確認】
【通信源の状態:断続的・低強度】
【推測:近距離型の古代通信機と類似反応あり】

「……古代通信機?」

またしても、奇妙な言葉が表示された。
どうやら現地の古い技術と、悠真のアプリが何らかの干渉を起こしたらしい。

(つまり、誰かが“通信機っぽいもの”を持ってて、それが作動してた……ってことか?)

遠からず、その誰かが来る可能性は高い。
それが敵意ある存在かどうかはわからないが──そう遠くはない未来に、訪問者が現れる気配が、確かに漂っていた。



「よし……おもてなしの準備も、少しずつ考えようか」

悠真は、リビングのテーブルにノートを広げて、ざっくりとしたリストを書き始めた。

・保存食やお菓子の在庫
・茶器とお湯の用意
・地球の飲み物のストック(コーヒー、紅茶、ジュース)
・応対用の簡単なスリッパ(異世界に靴文化があるかは不明)
・ルナを驚かせないような配置にする

(誰かが来たら……まずは落ち着いて話す。無理に見せびらかさない)

それが、今の自分にできる最善の“おもてなし”だろう。

準備を終えたころには、ルナはミルクを飲み終えて、すやすやと寝息を立てていた。

悠真は、その寝顔を見ながら、小さく息をついた。

(さて、誰が来るのか……少しだけ、楽しみにしておこうか)
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