『本の中の世界が現実に? 主婦、ちょっとだけ異世界じみた生活はじめました』

きっこ

文字の大きさ
1 / 28

第1話『ゲームクリアと、白い本』

しおりを挟む




春の風が窓から入り込んできて、レースのカーテンをふわりと揺らした。

お昼過ぎの静かな時間――小学校に通う娘が帰ってくるまでの、小さな休息。

その時間を、結月(ゆづき)はソファに座って、いつものようにスマホを手にして過ごしていた。



画面に映るのは、自由度の高すぎる異世界生活ゲーム『Life in Another World』。

プレイヤーが生活のすべてを組み立てる、農場経営から服作り、酒造り、装飾品の制作、食堂運営まで――何でもできると一部で話題になったゲームだった。

かれこれもう3年。家事と育児の合間にコツコツと進めていた。



その日、いつものように牧場の手入れを終えて、最後のクエストを確認したときだった。



「……あれ?」



表示されたのは、今までに見たことのない、金色の枠で縁取られたウィンドウだった。



『すべてのコンテンツを完全達成しました。おめでとうございます!』



その一文のあと、画面がゆっくりと白に染まっていく。

驚いてスマホを見つめていると、淡い光の中に、さらにもう一文が浮かび上がった。



「あなたは、オンリーワンのエンディングに到達しました。

世界をすみずみまで楽しんでくれて、ありがとう。

――数日以内に、“ささやかな贈り物”をお届けします」



「……え? なにそれ、まさか……ほんとに?」



あまりに出来すぎた演出に、結月は思わず笑ってしまった。

まさか、そんな……本当に何か届くわけないよね。

でも――どこかで胸がざわめいていた。







三日後の午前、インターホンの音が鳴った。

出てみると、小さな段ボール箱を抱えた宅配の人が立っていた。



「結月さま宛に、お届け物です」



「……え? あ、はい、ありがとうございます……」



宛名に見覚えのある名前はない。差出人は「ライフゲーム運営部」の一文のみ。

開封してみると、中には、白い革装の厚い本が一冊だけ、丁寧に収められていた。



まるで新品のノートのように、真っ白な表紙。タイトルも、装飾も、なにもない。



「本……? ゲームの……? いや、そんな、まさかね……」



ページをそっとめくると、そこには不思議なイラストが描かれていた。

見開きごとに、まるで“扉”のように光る絵――それぞれのページには、こんな文字が添えられていた。



――《農場》

――《果樹園》

――《牧場》

――《料理制作場》

――《衣服製作場》

――《雑貨製作場》

――《酒類製作場》

――《装飾品製作場》



どのページも、緻密な背景画とともに、それぞれの“空間”が描かれている。

そして、「農場」のページに指を触れた瞬間だった。



*キィィン――*という耳鳴りのような音とともに、視界が一瞬、白く染まった。







気がつくと、そこは見渡す限りの畑だった。



空は青く澄みわたり、爽やかな風が吹いている。

足元はふかふかとした土。あたりにはまだ作物は何も植えられていないが、整備された畝が規則正しく並び、まさにこれから「育ててください」と言わんばかり。



「ここって……本の中? 夢じゃないよね……?」



目の前に、ぽん、と浮かぶウィンドウのような表示。



『農場空間へようこそ。育てたい作物を思い浮かべると、種が手のひらに現れます。』



「思い浮かべる……?」



恐る恐る、「トマト……」と心の中でつぶやくと――



手のひらに、ちいさな赤茶色の種がぽろりと現れた。



「うそ……ほんとに出た……!」



驚きつつも、土の感触をたしかめながら小さな穴を掘り、そこに種をひと粒、埋めてみる。



すると――



ぽんっ



音とともに、目の前の地面が盛り上がり、あっという間に芽が出て、茎が伸び、葉が開き――わずか十数秒で、ぷっくりと実の詰まったトマトが実った。



「ちょ、ちょっと!? 早すぎでしょ……!」



つやつやとしたトマトをおそるおそる手に取ると、ふたたびイメージする。

「リビングに戻りたい」と。



すると、ふわっと視界が切り替わり――結月は、ソファの上に戻っていた。

手の中には、さっきの真っ赤なトマト。



「これ……夢じゃない……」



ごくり、と唾をのみこみながら、トマトをひと口かじる。



ぱつん、と皮がはじけ、口いっぱいに広がる甘さとみずみずしさに、思わず目を見開いた。



「なにこれ……おいしすぎる……」



香りも、舌ざわりも、別格。

まるで、今までのトマトとはまったく違う“何か”。



この本が持つ力が――現実世界にも影響していることを、結月は確信した。



ゆっくりと本を開き直しながら、結月は小さく、ぽつりとつぶやいた。



「……すごいもの、もらっちゃったかも」



こうして、ゲームを愛し、生活を楽しんでいた一人の主婦が、

“ちょっとだけ魔法のある現実”へと足を踏み入れたのだった。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

勇者パーティーの保父になりました

阿井雪
ファンタジー
保父として転生して子供たちの世話をすることになりましたが、その子供たちはSSRの勇者パーティーで 世話したり振り回されたり戦闘したり大変な日常のお話です

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

処理中です...