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第2話 『お弁当が、ちょっとした事件になりまして』
しおりを挟む翌朝。
結月はいつものように、キッチンに立っていた。
早朝5時半。夫と娘のお弁当作りが、一日の最初の仕事だ。
今日は金曜日。娘・陽菜(ひな)の小学校では、校外学習の日。
「楽しみにしてるんだ~!」と昨日からソワソワしていた娘のために、いつもより少しだけ気合いを入れたお弁当を作る。
冷蔵庫を開けて食材を取り出しかけたとき、ふと、昨日の“トマト”を思い出した。
「あのトマト……すごく美味しかったよね……」
不思議な白い本。
あの中で育てた作物は、現実でも取り出せて、味も見た目も抜群だった。
……ちょっとだけ、使ってみようか。
半信半疑のまま、寝室の奥の引き出しにしまっておいた白い本を取り出す。
昨日と同じように、農場のページを開き、指先で触れた。
ふわり――視界が切り替わり、再び畑の中へ。
朝の光が、農場にも差し込んでいる。風は静かで、やわらかい。
「今日は、卵焼きに合いそうな甘いトマトと……、彩りにぴったりのブロッコリーも欲しいな」
そう思って目を閉じると――手のひらに、自然とそれぞれの種が現れる。
ほんの数秒で育ったそれらは、まるで高級食材のような輝きと香りを放っていた。
「ありがとう……いただいていくね」
野菜たちに声をかけて収穫し、本を閉じる。
キッチンに戻ると、すぐに調理開始。
トマトは小さくカットして、マリネ風に。
ブロッコリーはさっと茹でて、だし醤油にくぐらせて、優しい味に整える。
卵焼きは娘が好きな甘めの味付けにして、断面が綺麗になるよう渦巻き模様に。
完成したお弁当は、色とりどりでどこか“プロの料理研究家”が作ったような美しさがあった。
「できたー。陽菜、準備できてるー?」
「うんっ!」
いつものように元気に駆けてくる娘に、笑顔でお弁当を手渡す。
「今日は特別仕様のお弁当。楽しんでね」
「わーい!ありがとーっ! たのしみ~っ!」
ぴょんぴょん跳ねながらリュックにしまう娘を見送り、
玄関がバタンと閉まったあと、結月はリビングのソファで大きく息をついた。
「……さて、家事の続き、しようかな」
⸻
その日の午後。
小学校から帰ってきた陽菜は、玄関を開けるなり、両手を広げて叫んだ。
「ママァァァ! お弁当がね、おともだちに大人気だったのーっ!」
「ふふ、そうなの? どんなふうに?」
「あのね! なっちゃんが“このブロッコリー、レストランの味がする!”って言って、
トマトは“あまっ!”って叫んでて、ほかの子も“ちょっと交換して!”って!」
「まあまあ、交換しすぎて足りなくならなかった?」
「ちょっとだけ、だよっ。ぜんぶはあげないもん!」
娘は誇らしげに胸を張る。
それを見て、結月はそっと頬をゆるませた。
(……この本の力って、たしかにすごい。
でも、それをどう活かすかは、わたし次第なんだ)
その夜――
夫の帰宅後、夕食に同じ農場トマトを使ったサラダを出してみると、彼もまた驚いた顔で箸を止めた。
「……これ、どこの? 今までのトマトと全然違う」
「ちょっとね、知り合いから……もらったの。家庭菜園の、とっておきのやつ」
嘘ではない。たぶん。
「すごいな……野菜でここまで変わるもんなんだな」
感心する夫の声を聞きながら、結月は心の中で、そっと本に感謝していた。
これはたぶん――
まだ、ほんの入り口にすぎない。
けれど、この不思議な本との生活は、確実に、少しずつ日常を変えはじめていた。
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