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第11話 『おつかれさまのお酒と、夫婦だけの秘密』
しおりを挟む金曜日の夜。
夫・涼が帰宅したのは、いつもより少し遅い時間だった。
「ただいま……ちょっと、今週は長かったな……」
玄関で靴を脱ぐ姿が、どこか疲れたように見える。
「おかえりなさい。お風呂、先にする? ごはん、温めようか?」
「……んー、どっちもいいけど……なんか、癒されたい気分かも」
そうつぶやいてリビングに入った涼に、結月はにっこりと笑って答えた。
「じゃあね、今日は……“特別な晩酌”用意してあるよ」
「……特別?」
「うん、“おつかれさま”の気持ちをこめて。ひとくちだけの、やさしいやつ」
⸻
キッチンの戸棚を開けて、そっと白い本を取り出す。
まだ開いたことのないページのひとつ――
――《酒類製作場》
ゆっくりと指先でなぞり、視界がふわりと揺れる。
⸻
そこは、古びたワイナリーのような空間だった。
木樽が並び、空気にはほんのりと甘い発酵の香りが漂っている。
壁には果実や穀物が吊るされ、小さなテイスティンググラスが棚に整っていた。
「お酒って、もっと強くて大人っぽいものだと思ってたけど……この場所、やさしい感じがする」
結月は、ふと口元に微笑を浮かべながら思い描く。
(今日は、涼に合うお酒。
疲れた体がほっとほどけるような、やさしい甘さと、
でも後味がすっきりしてて、香りがちょっとだけ贅沢な……)
そう思った瞬間、目の前の小さな木樽から、すっとグラス1杯分だけの琥珀色の液体が現れた。
香りは、白桃のようなほんのり甘くやわらかな果実香。
味はアルコールがごく控えめで、飲むと胸の奥までゆっくりと温まるような不思議な感覚。
(うん、これなら……)
現実に戻ると、グラスに注がれたそのお酒は、まるで小さな宝石のように輝いていた。
⸻
テーブルの上に、ひと皿のおつまみと、小さなグラスを並べる。
「……これが、特別なやつ?」
「うん。あまり強くないから、少しだけね」
涼はグラスをそっと持ち上げ、香りをかぐ。
「……あ、これ……すごくいい匂いする……」
そして、ひと口。
「……なにこれ。あま……くて、ふわっとして……でもすぐ消える。なんか、疲れが抜けてくみたいな……」
「ふふ、おいしい?」
「うん。……これ、どこで買ったの?」
一瞬、結月は言葉に詰まった。
ここまで来たら、もう隠す必要はない。
信頼している。愛している。だから、共有したい。
ゆっくりと、白い本を取り出して――テーブルの上に置いた。
「え?」
「この本ね……ゲームのクリア報酬で、届いたの。
普通じゃ考えられないくらい、不思議な力があって……中に、いろんな“世界”があるの」
涼の目が、驚きと好奇心と、少しの戸惑いを混ぜたまま、じっと本を見つめる。
「いちごジャムも……陽菜のドレスも、陽菜と作ったクッキーも、全部この中でつくったの。
……そして、このお酒も」
しばらくの沈黙。
だが、次に返ってきた言葉は、結月が思っていたよりずっとやさしかった。
「……なんか、結月らしいね」
「えっ……?」
「“現実で魔法を使う”って感じじゃなくてさ、
“いつもの暮らしの中で、少しだけふしぎなことをしてる”って、そういうところが、結月っぽい」
結月は、少し目を丸くして――それから、ふっと肩の力が抜けた。
「涼……ありがとう」
「こっちこそ。……秘密、教えてくれて、うれしいよ」
そして、もう一口、お酒を口に運びながら、涼は微笑む。
「これ……販売できたら、絶対人気出ると思うけど……ダメだよな。たぶん」
「うん、日本じゃ法律があるからね。
でも……“飲みもの”としてなら、甘酒風とか、ハーブシロップとして出せるかも」
「なるほど、そうやって工夫するのも“らしい”な。やってみようよ、少しずつ」
⸻
その夜。
ふたりで過ごした静かな時間のなかで、
“秘密”はただの隠しごとではなく、“信頼”に変わっていった。
そして翌朝、結月はそっとひとつ、思い立った。
(……外国の人に向けて、なにか作ってみようかな)
衣服製作場で選んだ、淡い藤色の和柄の布。
それで、小さな手提げ袋を――。
フリマアプリの出品ボタンを押すとき、胸が少しだけ高鳴った。
「良い人に、見つけてもらえるといいな」
魔法の本の世界は、
ゆっくりと、でも確実に――結月の毎日を広げていく。
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