『本の中の世界が現実に? 主婦、ちょっとだけ異世界じみた生活はじめました』

きっこ

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第10話『ふたりで選ぶ、はじめてのラッピング』

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翌朝。
トーストに手作りクッキーを添えた朝食を前に、陽菜はむふふと笑いながら顔をほころばせていた。

「ねえママ、昨日つくったクッキー……ほんとにおいしかった!」

「でしょ? うまく焼けたよね」

「今日、あやちゃんにわけたいな。ちゃんと箱に入れてあげたい!」

「じゃあ……今度は、ラッピングの部屋に行ってみようか」

「うんっ!」

ランドセルの横に小さなクッキー缶を持たせ、
「学校のあとは、いっしょに“ひみつの時間”ね」と小声でささやくと、陽菜は得意げにうなずいて家を出ていった。



午後。
宿題を終えた陽菜が「終わったよ~!」と元気にキッチンへやってきた。

テーブルには、小さく丸めたクッキーがラップで包まれて並んでいる。

「じゃあ、今日はその子たちの“おふく”を選びに行こうか」

「クッキーに服着せるの?」

「うん。ラッピングっていうのはね、食べものにとっての“おしゃれ”みたいなものなの」

「すごーい、たのしそうっ!」

結月は白い本を開き、指を一緒に添えて「ラッピングのお部屋へ」と思い浮かべた。



ほんのり甘い風がふたりを包み、次に目を開けたとき――
そこは、柔らかな光に包まれた雑貨のアトリエだった。

壁には、小瓶に入ったリボンやタグ、
棚には缶や紙箱、ガラス瓶、布巾着までずらりと並んでいる。

「わあ……ここ、まるでお店みたい!」

「ふふ、“秘密の材料屋さん”みたいでしょ?」

陽菜は真っ先に、小さな紙箱のコーナーに駆け寄る。

「この白い箱、かわいい~。でも、ピンクのリボンも捨てがたい……!」

「じゃあ、どっちも使ってみようか。中に敷く紙も選んで」

「これ、音符柄だよ! ひなの曲とおそろい!」

「いいね。じゃあ、音符のワックスペーパーにクッキーを並べて……」

ふたりで相談しながら作業を進める。
陽菜がリボンを持ち、結月がハサミを取り出し、タグには一緒に「ありがとう」と書いた。

「字、うまく書けてる?」

「うん。ひなの“ありがとう”は、ちゃんと伝わるよ」

ラッピングが完成したとき、陽菜は満足そうに目を輝かせた。

「すごい……売ってるやつみたいになった……!」

「売ってないよ、これは“世界にひとつ”の包みだもん」



現実に戻ると、すでに外は夕方。
ほんの数十分だったはずなのに、陽菜にとってはずっと長く感じたらしい。

「ママ……なんか、“旅行”したみたいだったね」

「そうだね。ふたりで“秘密の国”に行ったみたい」

陽菜は紙袋の中のラッピングを何度ものぞいては、顔をほころばせた。

「明日、わたすの、ちょっとドキドキするなあ」

「大丈夫。“ありがとう”はね、言われると、きっと嬉しいものよ」

「じゃあ、ひなも言える人になる!」



翌日。
登校前、陽菜は紙袋を大事そうに胸に抱えて、
「ありがとう、って気持ち、ちゃんと届けてくるね」と一言。

結月は、娘の背中を見送りながらそっと本を撫でた。

ほんの小さな、でも確かな一歩。
“つくること”が、誰かの心に届くこと。

あの本がくれた世界は、母と娘の日常に、静かであたたかな光を灯していた。



その日の夜。

学校から帰った陽菜が、照れくさそうに話してくれた。

「あやちゃん、“すごくかわいい~!”って言ってくれて、ゆりちゃんママが“こんなのどこで買ったの?”って聞いてた!」

「なんて言ったの?」

「“ないしょのキッチンで作ったの!”って」

「そっか。……ふたりだけの秘密、ちゃんと守ってるね」

「うんっ!」

そして陽菜は、また言った。

「ママ、また作ろうね。“つぎはもっとすごいやつ”!」

(ふふ、楽しみだな)

結月は笑いながら頷いた。

次は何を作ろう。どんなページをめくろう。
本の中には、まだまだたくさんの「はじめて」が待っている。

母と娘の、ちいさな魔法の物語は――
これからも、そっと、やさしく続いていく。





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