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一章『出会い』
1-4
しおりを挟むヤバイ。
言葉が通じないとは想定外だ。
いや、確かに良く考えれば異世界で日本語が通じる訳が無いのは理解できる。
理解はできるが……認めたく無い現実だ……。
言葉が通じないという事に、目の前の女騎士さんも恐らく気付いているのだろう。
今では差し出していた手を引っ込め、困った様な顔をしながら頬を掻いている。
なんかすいません。
ん?手を引っ込めて?
なんてこった。
折角握手を求められたのに言葉が通じなかった事でてんぱってしまい、無視してしまった!
言葉が通じないという事は、私の態度や身なりが私に対する評価の全てという事。
言葉による意思疎通が無理ならば、態度で示さなければ見限られてしまうかもしれない。
それこそ、この場でバイバイ何てことになりかねない。いやいやいやいや、それだけはダメだ、断固拒否する。
折角一年ぶりに人と会えたのだ。私はあなたに何としてもついていくっ。
しかし、どうすればいいのか。言葉によるコミュニケーションも苦手だったのに、態度で示せって更にハードル上がってない?
と、とりあえず、握手をしようかなっ。既に手引っ込められてるけど、大丈夫?
そしてチラリと自分の右手を見る。
き、汚い……。
こんな手で握られたら、以前の世界ならビンタが飛んできそう……。
なんて言うか真っ黒だし、血が付いてるし……。
取り敢えずゴシゴシと、身に着けていた服のあんまり汚れてない所で拭いてみる。
そしてもう一度手をチラリ。
ちょっとはマシになったかな……?
まだちょっと汚いけど、取り敢えず、目立った血の汚れ等は取れたと思う。
と、ここで少し視線を感じて、目の前の女騎士さんのほうを見ると、私の行動を不思議に思ったのか首を傾げている。
そんなに見られると、照れるのでやめて。
しかし、注目が私に向いているという事は、今手を差し出せば私の意図が解ってくれるかも。
そう考えて、私は恐る恐る右手を女騎士さんへと差し出した。
すると、何かに気付いた様な顔をして、ニコリと微笑みを返される。
ドキリッとしたのも束の間、すぐさま差し出した私の手を握り、何かを言ってくれた。
『あぁ!成程、手の汚れを気にしていたのか?ふふふ、そんな物気にしなくても、私の手も大差ないぞ?』
何か、優しい言葉をかけてくれている様な、そんな感じだ。
一年ぶりの他人の体温がジワジワと右手を伝って、体中に巡ってくる様な感覚が広がる。
やばい、泣きそう。
「ぐすっ……」
『んっ!? まてっ、何故泣くっ!? な、何か不味い事でも言ったか? 強く握り過ぎたか?』
「うぅぅっ……」
『あぁ……むぅ……良く解らんが、泣くな……。よしよし』
不意の暖かさに充てられて流れた涙に、困惑していた女騎士さんだったが、言葉をかけて慰める様に頭を撫でてくれる。
ヤバイ。この人、超いい人……。
暫く撫でられていた所で、後ろから二人の人物が近づいてきた。
流石に撫でられたままで、初対面の人に会うのは恥ずかしい。
どうやら女騎士さんも人が近づいてきた事に気付いた様で、後ろをチラリと一瞥した後、私の様子を確認する様に覗き込んできた。
はい、もう大丈夫です。落ち着きました。
私は一歩下がり、ペコリと頭を下げた。
その様子を見た女騎士さんは安心した様に、優し気に私に向かって微笑んだ後、後ろを振り返った。
『一体何が何やら? どうなったんですか?』
『おーい! アリスー! 無事なのかー?』
『あぁ! 二人共こっちに来てくれ!』
何かを言いながら、ゆっくりとした足取りで近づいてきた二人に、女騎士さんは手を挙げて答え、此方へ手招きしている。
最初から3人だという事は知っていたが、みんな女の人だったとは驚きだ。
一人はボーイッシュな感じのポーニーテール女子。そしてもう一人は知的な感じでピンク色の髪を三つ編みにしたエルフのお姉さん。
やばい。みんな美人さん……。
私は何だか全体的に汚いので、少し、いや、かなり恥ずかしい。
こんな事なら水浴びでもしておけば良かった。
でもなぁ……あんまり奇麗にしても、狩りとか探索してたらすぐ汚れちゃうしなぁ……。
女騎士さんの後ろに隠れて未だ3人で何やら話をしている様子を見ながら、そんなことをぼんやりと考えていた。
すると、不意にひょこりと、女騎士さんの後ろを覗き込んでくる顔と目が合い、ビクリッと体が跳ねた。
そして私の姿を足から頭のつま先までを値踏みする様に見わたすのは、ポニーテール女子。
『んで、この……汚い子が、アレをヤったのか?』
『ん、あぁ、そうだが、今はちょっと返り血を浴びて汚くなっているだけだ。あまりそう言う事を言うなエル』
『んん? 確かに血は付いてるけど……それだけの汚れじゃない様な……。ってなんだか随分その子の事気にしてるな。何かあったのか?』
うん。解ります。ポニーテール女子のあの目の感じ。汚いって言う話ですよね。解ってます、すいません。
恥ずかしさでちょっと俯いていると、今度は逆側からひょこりと顔を出したのはエルフのお姉さん。
また目が合い、このお姉さんは私に向かってニコリと優し気な笑みを浮かべてくれた。
ポニーテール女子よりも好印象です。
釣られて笑みを零した所で、また3人で会話が始まった。
一体何を話しているんだろう。気になるが、私にそれを知る術は無い。
取り敢えず、どういう扱いになるのか未だ解らないが暫く待機していよう。
『話は解りましたが、にわかには信じ難いですね。こんな小さな子が、弱っていたとは言え、魔猿王を倒したとは……』
『まぁ、確かに信じ難いが、事実だ。私がこの目で見たからな。それで、どうやらこの子は此方の言葉が解らないようなんだ。詳しくは解らないが、まぁ親と逸れて森で暫く彷徨っていたとしても、あの服装や汚れの度合いからして数日処の期間では無さそうだしな……』
『言葉が通じない……? 少し耳が尖っていて長い所をみると、恐らくハーフエルフでしょうが、言葉が通じないと言うのは妙ですね……いくら森の中から出ないエルフの集落出身だとしても、言葉は共通ですよ?』
『そうだな……ううむ……一体どうすればいいと思う?』
『そうですねぇ……』
『まぁ親と逸れたっていうなら探してやるか? それともこの森から出て、砦にでも保護してもらうか?』
3人が顔を見合わせ、一斉に此方を見る。
やめて、急にそんなに見られると不安になるからっ。
話が付いたのだろうか。
3人の顔を一人ずつ眺めてみる。うん、良く解らない。3人共、美人だってことは解るよ。
『なぁ……ひょっとしてコイツ、ずっと森で暮らしてた、とか?』
『バカなっ! たった一人でかっ!?』
『そんなまさか……』
『いや、しかし、ならひょっとするとさっきのは……そういう事だったのか?』
『ん? 何かあったのか?』
『いや、それが、さっき魔猿王を倒した礼を言った後、握手をしようとしたんだが言葉が通じなくてな。直ぐに手を引っ込めてしまった所で、あの子からもう一度握手を求められて、握手をしたんだが……。急に泣き出してしまってな……随分と焦った……』
『握手しただけで泣いちまうって……どういう状況だよ……』
『それほど人と触れていなかったと、いう事でしょうか……?』
うーん、チラチラと此方を視ながら何かを話しているのは解るのだが、何だか視線が暖かいと言うか何というか。
少し居ずらい……。
『よし、決めたぞ。この子は取り敢えず連れていこう。こんなところで放って置く訳にもいかないだろう』
『えぇ、まぁ、そうですね。異論はありません』
『んじゃまぁ、取り合えず川で体を洗わせるか? 近くに流れてたよな?』
『あぁ、そうだな。そうしよう』
む、どうやら話し合いが終わったらしく、三人が歩き出した所で、女騎士さんが振り向き、私に手招きしている。
ついて来いという事だろうか。
よしよし、どうやら何処かに連れて行ってくれる様だ。
これは幸先がいいかも知れない。
そんな事を思いながら三人の後を小走りで付いていくのだった。
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【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
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