魔女の店通りの歩き方

川坂千潮

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美容室【シャンベルタン】2

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 ハサミやカットコームなどが喋るのは、つかさの魔法だ。年季の入った道具は付喪神となり勝手に喋りだすが、つかさは生まれたばかりの新品とも言葉を交わせる。
 学生時代は、消しゴムや制服のような自分の持ち物や机やソファ、タンスといった家具だけでなく、公園のベンチ、店の看板、学校のロッカーや黒板、教室の椅子など節操なく魔法をかけていた。
 ──ごきげんよう こんにちは 調子はどう? この間生徒に八つ当たりされた部分は痛む?
 もちろんすべてが魔女に返事をしてくれるわけではない。
引っ込み思案なロッカー、気難しい教科書、恥ずかしがり屋の手鏡。物にもそれぞれ性格があった。

「魔法の練習とはいえやりすぎです、それに君、面白がっているでしょう、魔法で遊ぶなとはいわないが、魔法をもてあそんではいけません」

 赤ん坊の頃から話し相手になってくれていたうさぎのぬいぐるみにさんざん怒られた。それはもう泣きそうになるほど厳しい忠言だった。
 今、声をかけるのは、そのぬいぐるみやお気に入りのマグカップ、見習いから共に戦ってきた古株の仕事道具くらいだ。
 もちろん手に入れたばかりの真新しい道具には、必ず挨拶をする。

「今日はどうしよっか?」
 つかさはコームで瑠衣の髪を梳かしながら尋ねた。
「えと、試合前なので……」
「次が県大会だっけ?」
「はい」
「じゃあ、いつもみたいに毛先切って、全体的に軽くしよっか」
「おねがいします」

 中学でも高校でもバレーボール部に所属している瑠衣は、ずっとショートカットだ。長い髪が禁止なわけではなく、実際髪を結んで試合に出る部員も多い。瑠衣は剛毛で、量も多く、髪を伸ばすと手入れが大変なのだ。
 さっぱりとした短い黒髪、すらりと背が高く、部活ではエーススパイカー。瑠衣はひそかに女子生徒の憧れの的だった。
 つかさが仕事を始めると、はさみも櫛もおしゃべりをやめる。徹底してつかさの手さばきに身をゆだね、毛束を梳き、毛先を切る。
 シャンプーは柑橘系の香りだ。頭皮をやさしく、時々強めにほぐされると、自然と首から力が抜けてゆく。
 ドライヤーで乾かして、オイルで仕上げだ。シャンプーもオイルも、薬草専門の魔女から卸しているという。
 針金のようにかたい瑠衣の髪をたやすく扱うつかさの指先こそが、瑠衣にとっては魔法だ。

「んー、ちょっと待ってて」つかさは棚からメイクボックスを取り出した。黒地の革張りで幾何学模様が描かれている。「せっかくだし、ちょっとオシャレしよっか」金具を外した。

 もし、つかさが許可していない第三者がこのメイクボックスを無断で開けようとしたり、こっそり持ち帰ろうとしたら、幾何学模様が反応してならず者は身動きが取れなくなる。
 そんな防犯装置が仕込まれていると、瑠衣は初めてメイクしてもらった時に教えてもらった。
 十種類以上もの色が並ぶアイシャドウパレット、黄色や薄緑色のクリームの瓶は化粧下地用。オレンジや赤、薄桃色の口紅。アイライン用のペンシル。大きめのブラシ、細いブラシ、少し硬そうなブラシ。アイチップ。
ずらりと並べられてゆく化粧道具は、画家の絵筆のようだ。

「ファンデは肌荒れしちゃうから、やめとくね」
「は、はい……」

 化粧は【シャンベルタン】に来た時だけの、特別だった。
 化粧道具たちは行儀良く、静かに待機している。
 彼らははさみと違って滅多に喋らないが、堅苦しい雰囲気にはならない。
 むしろ化粧に慣れず緊張してしまう少女を気遣うような吐息を感じる。道具に呼吸も息のにおいもないけれど、空気がやわらかくふるえるのだ。小川のせせらぎのような穏やかさが室内を満たす。
「うん、かわいい」
 その言葉が、オシャレ完成の合図だ。
 間違いなく瑠衣自身なのに、自分でないような顔が鏡に映る。やはり、つかさの指は魔法だ。いつか簡単なメイクでいいので教えてもらいたい。

「ありがとうございました」
 瑠衣は店を出て、ほうきにまたがり足を蹴った。小石混じりの旋風が起こり、少女はほうきごと上昇した。
 流れ星のように滑空する少女を、つかさは見送る。

「いってらっしゃい、素敵な日を」

 美容室【シャンベルタン】は、魔女がいとなむ店がつらなる通りに面している。
 此処は通称、魔女の店通り。
 客のほとんどは店主が魔女なんて知らぬまま店をひやかし、魅入り、堪能する。
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