6 / 8
新天地
しおりを挟む
「記憶喪失?」
無駄なデザインを省いた簡素な部屋に、震えた声が響いた。
私こと神楽彩芽は、病棟で後輩の巫女酒夜空の病状について告げられていた。
「ええ、肉体の傷に関しては護符で修復しましたが、記憶だけはどうにもなりませんでした。少なくとも10年、もしかしたら全ての記憶を失っているかもしれません」
白衣を着た男―――天音昭介は、カルテを眺めながら重い口を開いた。
私はその言葉に、思考の全てを自己嫌悪に独占されていた。
私のせいだ。私のせいで、彼女に一生残る傷を与えてしまった。
「言い方は変かもしれませんが、その程度で済んだだけでも奇跡なんです。半身麻痺や植物状態になっていた可能性の方が高かったので」
私の様子を見て、天音さんは言葉を付け足した。
それでも、彼女に対する罪悪感はぬぐい切れなかった。
「それで、他に症状は?」
「恐らく記憶喪失以外には無いと思います。経験や技術も、ある程度の影響はあるかもしれませんが問題ないです」
そうか、それなら良かった。
……いや、本当に良かったのだろうか? 経験も失われていれば、それを理由に彼女を現世へ戻せたのではないのだろうか。
「彼女が何もかも忘れていたら、どうなっていたと思いますか?」
私が何を思って問いを投げたのか、天音さんは薄々感じている様だった。その上で、彼なりの答えをくれた。
「まあ、ここを追い出されて、家に帰るでしょうね」
やはりそうなのか。つまりそれは裏を返すと、まだ彼女には活動の余地があるという事。
また彼女は、あの地獄に連れていかれるのだろうか。また、怪我を負うのだろうか。
「神楽さん、一応言っておきます」
天音さんは神妙な面持ちで、私と向き合って言った。
「もっと重傷だったら、彼女はここを離れられた、なんて考えないでください」
その言葉、私は眼を丸くした。
この人は何を言っているんだ? という気持ちもあったが、何故かと聞く気になれなかった。
「獄卒が常に命がけである事も、貴女はは知っている筈です。そして、それは巫女酒さんも同じです。それに彼女をここから遠ざけるのは、彼女の覚悟を踏みにじるのと同義です」
「……」
返す言葉も無い。
私は彼女を救う気でいたが、実は彼女の事を踏みにじっていたのかもしれない。
私は、本当に彼女の事を何も知らない。本当に、立場をわきまえずになまけていた。
「私は、彼女に何をすればいいんでしょう?」
今度こそ彼女の力になると心に誓い、天音さんに尋ねる。
「こういう事は、自分で見つけるのが一番です」
だが天音さんは答えを出さなかった。だがどことなく、彼らしい結論に思えた。
「面会許可は出します。早く行ってあげてください」
彼はそう言って、私を夜空ちゃんの元へ送った。
という訳で、私は今夜空ちゃんと言葉を交わし合っている。
彼女は記憶を失ったからか、以前よりも幼い印象を受けた。子供らしいというか、14歳くらいの女の子というか。
それでも彼女は、記憶喪失の事を気にしている素振りは無かった。
「へえ、彩芽さんって一人暮らしだったんですね」
「うん、少し寂しいけど、自由でいいもんだよ」
彼女は私に何気ない問いを何度か投げて、コミュニケーションを取ろうとしてくれる。
「夜空‼」
真昼さんも連絡を受けた様で、かなり焦った様子で走って来た。
「?」
だが全ての記憶を失っている夜空ちゃんは、真昼さんを姉であると認識できていない。
「彼女は巫女酒真昼さん。貴女のお姉さんだよ」
「お姉ちゃん?」
彼女は首を傾げながら、それでも真昼さんを姉と呼んでくれた。
その一言に感極まったのか、真昼さんはその場で泣き崩れた。
「あの、大丈夫ですか?」
「今はそうしてあげて。彼女も辛かっただろうから」
私は真昼さんを介抱しながら、心配そうに尋ねる夜空ちゃんに微笑んだ。
・ ・ ・
夜空が目覚めたと聞いた時は、口から心臓が飛び出るかと思った。
それで病棟に駆けつければ、聞かされたのは記憶喪失の四文字。
それでも夜空が目を覚ましたというのは、心の底から安心出来る知らせだった。
私の事は覚えていない様だったけど、それでも変わらず元気な姿を見られたからか、その場で泣きわめいてしまった。
同じ場にいた神楽さんが介抱してくれたが、ある意味で苦痛だった。妹と先輩の前で泣きわめいた上に背中をさすられたのだ。体温が何度か上がった事だろう。
「そう言えば、夜空はこれからどうするんです?」
「どうするって、この仕事を続けるかって事?」
一しきり泣いた後、私は二人に向けて聞いた。
神楽さんは首を傾げて悩んでいたが、当の夜空は迷わなかった。
「続けます。多分記憶が残っていても、同じ結論を出すと思います」
「そう……分かった」
正直、姉としてはここを退いて欲しかったが、彼女がそれを望まないなら私は止めない。
「ねえ、提案なんだけど」
彼女の要望を聞き終えると、今度は神楽さんが話し始めた。
「提案って何ですか?」
「いや、二人が嫌ならいいんだけどさ……」
神楽さんはそう前置きをしながら、気まずそうに本題を語り始めた。
「三人で同居とか、どうかなあって」
「「同居!?」」
私と夜空は思わず大声を上げて驚いてしまう。
まさか神楽さんからそんな言葉が出てくるなんて想像もしていなかった。
「そ、そう。同居すれば、勉強とか意見交換とかしやすいし、仲良くなれるし、と、思いまして……」
神楽さんは居心地が悪そうにしながら話した。心なしか頬が赤くなっている気がする。
「いや、でも……」
「いいですね。それ」
私が考えていると、またも夜空が迷わず言った。
「いいの?」
「ええ。私は記憶が無いですし、二人ともっと話したいので!!」
夜空はそう言って、満面の笑みを見せた。
その表情に私と神楽さんは頬を赤らめて黙り込んだ。
いや、そんな姿見せられたら反論の余地が無くなってしまう。というか、反論する気も失せてしまう。
「私もいいですか?」
「うん、いいよ」
私が遠慮がちに尋ねると、神楽さんも笑みを浮かべて応じてくれた。
「じゃあ、これから三姉妹だね‼」
「いや、それはちょっと恥ずかしい……」
「同じく……」
私達は今まで以上に頬を紅潮させ、顔を逸らして口を閉じた。
ともかく、これから三人で暮らすという事になったのは変わりない。
三人で仲良くしよう、私はそう心に決めた。
……フラグじゃないよ?
無駄なデザインを省いた簡素な部屋に、震えた声が響いた。
私こと神楽彩芽は、病棟で後輩の巫女酒夜空の病状について告げられていた。
「ええ、肉体の傷に関しては護符で修復しましたが、記憶だけはどうにもなりませんでした。少なくとも10年、もしかしたら全ての記憶を失っているかもしれません」
白衣を着た男―――天音昭介は、カルテを眺めながら重い口を開いた。
私はその言葉に、思考の全てを自己嫌悪に独占されていた。
私のせいだ。私のせいで、彼女に一生残る傷を与えてしまった。
「言い方は変かもしれませんが、その程度で済んだだけでも奇跡なんです。半身麻痺や植物状態になっていた可能性の方が高かったので」
私の様子を見て、天音さんは言葉を付け足した。
それでも、彼女に対する罪悪感はぬぐい切れなかった。
「それで、他に症状は?」
「恐らく記憶喪失以外には無いと思います。経験や技術も、ある程度の影響はあるかもしれませんが問題ないです」
そうか、それなら良かった。
……いや、本当に良かったのだろうか? 経験も失われていれば、それを理由に彼女を現世へ戻せたのではないのだろうか。
「彼女が何もかも忘れていたら、どうなっていたと思いますか?」
私が何を思って問いを投げたのか、天音さんは薄々感じている様だった。その上で、彼なりの答えをくれた。
「まあ、ここを追い出されて、家に帰るでしょうね」
やはりそうなのか。つまりそれは裏を返すと、まだ彼女には活動の余地があるという事。
また彼女は、あの地獄に連れていかれるのだろうか。また、怪我を負うのだろうか。
「神楽さん、一応言っておきます」
天音さんは神妙な面持ちで、私と向き合って言った。
「もっと重傷だったら、彼女はここを離れられた、なんて考えないでください」
その言葉、私は眼を丸くした。
この人は何を言っているんだ? という気持ちもあったが、何故かと聞く気になれなかった。
「獄卒が常に命がけである事も、貴女はは知っている筈です。そして、それは巫女酒さんも同じです。それに彼女をここから遠ざけるのは、彼女の覚悟を踏みにじるのと同義です」
「……」
返す言葉も無い。
私は彼女を救う気でいたが、実は彼女の事を踏みにじっていたのかもしれない。
私は、本当に彼女の事を何も知らない。本当に、立場をわきまえずになまけていた。
「私は、彼女に何をすればいいんでしょう?」
今度こそ彼女の力になると心に誓い、天音さんに尋ねる。
「こういう事は、自分で見つけるのが一番です」
だが天音さんは答えを出さなかった。だがどことなく、彼らしい結論に思えた。
「面会許可は出します。早く行ってあげてください」
彼はそう言って、私を夜空ちゃんの元へ送った。
という訳で、私は今夜空ちゃんと言葉を交わし合っている。
彼女は記憶を失ったからか、以前よりも幼い印象を受けた。子供らしいというか、14歳くらいの女の子というか。
それでも彼女は、記憶喪失の事を気にしている素振りは無かった。
「へえ、彩芽さんって一人暮らしだったんですね」
「うん、少し寂しいけど、自由でいいもんだよ」
彼女は私に何気ない問いを何度か投げて、コミュニケーションを取ろうとしてくれる。
「夜空‼」
真昼さんも連絡を受けた様で、かなり焦った様子で走って来た。
「?」
だが全ての記憶を失っている夜空ちゃんは、真昼さんを姉であると認識できていない。
「彼女は巫女酒真昼さん。貴女のお姉さんだよ」
「お姉ちゃん?」
彼女は首を傾げながら、それでも真昼さんを姉と呼んでくれた。
その一言に感極まったのか、真昼さんはその場で泣き崩れた。
「あの、大丈夫ですか?」
「今はそうしてあげて。彼女も辛かっただろうから」
私は真昼さんを介抱しながら、心配そうに尋ねる夜空ちゃんに微笑んだ。
・ ・ ・
夜空が目覚めたと聞いた時は、口から心臓が飛び出るかと思った。
それで病棟に駆けつければ、聞かされたのは記憶喪失の四文字。
それでも夜空が目を覚ましたというのは、心の底から安心出来る知らせだった。
私の事は覚えていない様だったけど、それでも変わらず元気な姿を見られたからか、その場で泣きわめいてしまった。
同じ場にいた神楽さんが介抱してくれたが、ある意味で苦痛だった。妹と先輩の前で泣きわめいた上に背中をさすられたのだ。体温が何度か上がった事だろう。
「そう言えば、夜空はこれからどうするんです?」
「どうするって、この仕事を続けるかって事?」
一しきり泣いた後、私は二人に向けて聞いた。
神楽さんは首を傾げて悩んでいたが、当の夜空は迷わなかった。
「続けます。多分記憶が残っていても、同じ結論を出すと思います」
「そう……分かった」
正直、姉としてはここを退いて欲しかったが、彼女がそれを望まないなら私は止めない。
「ねえ、提案なんだけど」
彼女の要望を聞き終えると、今度は神楽さんが話し始めた。
「提案って何ですか?」
「いや、二人が嫌ならいいんだけどさ……」
神楽さんはそう前置きをしながら、気まずそうに本題を語り始めた。
「三人で同居とか、どうかなあって」
「「同居!?」」
私と夜空は思わず大声を上げて驚いてしまう。
まさか神楽さんからそんな言葉が出てくるなんて想像もしていなかった。
「そ、そう。同居すれば、勉強とか意見交換とかしやすいし、仲良くなれるし、と、思いまして……」
神楽さんは居心地が悪そうにしながら話した。心なしか頬が赤くなっている気がする。
「いや、でも……」
「いいですね。それ」
私が考えていると、またも夜空が迷わず言った。
「いいの?」
「ええ。私は記憶が無いですし、二人ともっと話したいので!!」
夜空はそう言って、満面の笑みを見せた。
その表情に私と神楽さんは頬を赤らめて黙り込んだ。
いや、そんな姿見せられたら反論の余地が無くなってしまう。というか、反論する気も失せてしまう。
「私もいいですか?」
「うん、いいよ」
私が遠慮がちに尋ねると、神楽さんも笑みを浮かべて応じてくれた。
「じゃあ、これから三姉妹だね‼」
「いや、それはちょっと恥ずかしい……」
「同じく……」
私達は今まで以上に頬を紅潮させ、顔を逸らして口を閉じた。
ともかく、これから三人で暮らすという事になったのは変わりない。
三人で仲良くしよう、私はそう心に決めた。
……フラグじゃないよ?
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる