【完結】花冠をあなたに ―信じ尽くした彼女の、最期の言葉―

桜野なつみ

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第二話 二つの別れ

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ようやく――その日が訪れた。
長く苦しんでいたエドアルドの喘息が落ち着き、ついに医師から外出の許しが出たのだ。

「次は花畑へ行こう。君が言っていた花冠を、一緒に編もう」
エドアルドの言葉に、ミリアーナは胸が熱くなるのを抑えられなかった。

帰宅してカリナに話すと、従妹はぱっと目を輝かせた。
「まぁ、よかったわね!お姉様、ようやく夢が叶うのね!」
にこにこと喜んでくれる姿に、ミリアーナもつられて笑った。
長い長い約束が、ついに果たされる。
ミリアーナはこれからの幸せを信じて疑わなかった。

――その夜だった。
母セラフィーナが、居間でふいに崩れ落ちたのである。

「お母様!」
駆け寄るミリアーナの声に反応することもなく、そのまま意識を失った母は寝台に運ばれた。

「急に心臓の動きが悪くなっているとしか……脈が弱いです」
医師は困惑したように首を振った。
「奥様はいつも健康に気を配り、月に一度は必ず診察を受けておられました。
つい先日もお会いしましたが、何も異常は見られなかったのです。それなのに、なぜ急に……私には分かりません」

必死の看病が続いた。だが、セラフィーナは再び目を開けることはなく――二日目の朝、静かに息を引き取った。

父ロベルトとミリアーナは、あまりに突然のことに、涙を流すことすらできなかった。
葬儀を終えた後も、互いに寄り添うように眠る夜が続いた。
特にミリアーナは父と手を繋がなければ眠ることができなくなっていた。
毎夜、父の部屋を訪ね、手を繋いでもらいようやく眠れる…そんな毎日を送っていた。

けれど、ある朝。
ミリアーナが目を覚ますと、隣に父の姿はすでになかった。館全体がざわつき、使用人たちが慌ただしく走り回っている。

「お嬢様、こちらへ」
声をかけてきたのは執事だった。ミリアーナは胸騒ぎを覚え、慌ててエントランスへと向かった。

そこには、普段は本邸にいない叔母ルクレツィアと、その隣に立つカリナの姿があった。
父と叔母が言葉を交わしている光景は、ミリアーナに強い違和感を与えた。

「お姉様、おはようございます」
にこやかに声をかけてくる従妹。だがその声は、今は妙に遠く響いた。

その様子に気づいた父ロベルトが娘に向き直る。
「驚いただろう、ミリアーナ」

厳しい顔をした父が、手早く説明をする。
国境で争いがあり、領地を預かる弟から救援の要請があったこと。
兵が不足しているため、王都にいる騎士達と共に領地へ向かうこと。後方支援のため、本邸の使用人をほぼすべて連れて行かねばならぬこと。
代わりに、現在別邸で仕えている使用人を本邸に移し、その他に不足している分はルクレツィアの元夫の商会の伝手で新しい者を雇うことにしたこと。

「いない間は叔母上を母と思って頼りなさい。
それから……お前はもうすぐ学園に入る。カリナも一緒に行けるよう手配しておいた。
本当はお前を領地へ一緒に連れて行きたいのだ、だが国境の情勢は危険すぎる。……どうかわかってくれ。
できるだけ早く戻る。手紙も書く。愛しているよ、ミリアーナ」

ロベルトは娘をそっと抱きしめた。
その温もりを胸いっぱいに刻んでから、抱擁が解かれる。

ミリアーナは必死に涙をこらえ、父の瞳をまっすぐに見つめて言った。
「……はい、わかりました、お父様。
どうかお怪我などなさいませんよう。
ご無事を、心から祈っております」

「侯爵様、第一便の出立の用意が整いました」
執事が駆け寄る。

「ああ、わかった」
父はルクレツィアの方へ視線を向ける。
「館と娘のこと、よろしく頼む」
「はい、お任せくださいませ」

そして最後にもう一度だけ娘を見つめた。
「では行ってくる、ミリアーナ」

扉が閉まり、蹄の音が遠ざかっていく。
残されたのは、ミリアーナとルクレツィア、そしてカリナ。
しんとした沈黙が広間を満たした。

ミリアーナは小さく息を吸い、かろうじて微笑みを作る。
「……おばさま、カリナ。これから、よろしくお願いします。
わたし……少し、お庭に出てきます」

ミリアーナが広間を去り、扉が閉じる。
その背を見送った二人は、ふと目を見交わし――そして、微笑んだ。
その笑みは、どこか歪んで見えた。

* * *

薬草園の小道に立ち尽くし、ミリアーナは空を仰いだ。
胸が張り裂けそうなのに、涙はまだ落ちてこない。

「お嬢様……」
背後から、静かな声がした。振り返れば庭師のマルコが立っていた。
祖父の代から仕え、この薬草園を共に作り上げた男である。

「お嬢様……我慢せずに、泣いてもいいんですよ」

ミリアーナは小さく首を振った。
「いいえ。お父様も、きっと、泣いていません。
だから私……次に無事なお父様の姿を見るまでは、泣いてはいけないのです」

その瞳には、こぼれ落ちそうな涙が溜まっていた。
けれど彼女は瞬きを繰り返し、必死にこらえた。

まだ十二歳の娘が背負うには重すぎる決意。
だが、その小さな背中には、父を想う強さが確かに宿っていた。
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