【分岐改稿版】断罪劇をぶち壊したのは、すみっこのメモ魔です 〜気付けばとんでもないことになっていた〜

桜野なつみ

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第23話 帰還

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⭐︎マクシム視点⭐︎

「ああ、つまらん」

マクシムは、うんざりしていた。
教室には、おべんちゃらと野心と計算ばかり。
誰もが「王太子の側近」や「未来の婚約者」という肩書きを狙い、笑顔を貼りつけて近づいてくる。
とにかく、うんざりだった。
気づけば、人を寄せつけなくなっていた。

2年生になったある日、ふと気づいた。
教室の最前列の隅っこに、いつも同じ少年が座っている。

ボサボサ頭。
猫背。
誰とも話さず、ノートにガリガリと書き込んでいる。
休み時間になっても、ずっと。

(……何を書いてるんだ、あいつ。)

ある日、試しに後ろの席に座って覗いてみた。
授業内容がびっしり。
さらに休み時間になると、今度は周囲の会話まで書き留めていた。

――あの“冤罪の婚約破棄騒動”が起きたとき。
証拠になったのは、その少年――アトラスのノートだった。
陛下にこう進言した。「彼の記録なら正確です」と。

それから、人生が少しずつ変わった。
思わぬ剣の才能を持つことを知り、試合で相対した。
本気で挑み、本気で倒した。
そのときのアトラスの目。
“今に見ていろ”――あれほど正面から感情をぶつけてきた人間はいなかった。

(きっとこいつは、俺の初めての“友”になる。
 いつか、俺の隣に立つ男になる。)

そう信じていたのに。

――なぜ、アトラスの腹に短剣が刺さっている。
なぜ、この血は止まらない。
なぜ……この手は冷たくなっていくのだ……





それから、地獄のような二日が続いた。
戦後処理、尋問、報告書の山。
息つく暇もなかったが、その方が良かった。
考えずに済む。
あの冷たい手の感触を、思い出さずにいられるから。

そんな時だった。

「マクシム殿下っ!」

扉を蹴破るように、ハイノスが飛び込んできた。
肩で息をしながら、声を震わせる。

「アトラスが……っ! アトラスが、目を覚ましました!」

椅子が倒れた音も、床を踏み出す音も、もう覚えていない。
気づけば、マクシムは走っていた。

(本当なのか……? 本当に、アトラスが……?)

走りながら、何度も心の中で繰り返す。
(夢でもいい。もう一度だけ、あの声が聞きたい。)

長い廊下を駆け抜け、扉の前で一瞬だけ息を整える。
そして――勢いよく開け放った。

「……っ!」

視線の先。
ベッドの上で、背を起こしているアトラスがいた。

マクシムは立ち尽くし、数秒間動けなかった。

「……マクシム殿下?」
アトラスが、小さく微笑む。

その声に、マクシムの肩が震えた。
ゆっくりと、一歩、また一歩。
近づくたびに、心臓の音が大きくなる。

寝台のそばに立ち、手を伸ばした。
アトラスの腕に触れる。

ペタ――。温かい。
もう一度。ペタ、ペタ。
腕から肩へ、掌でその存在を、温かさを確認する。
そして顔。

その瞬間、マクシムの喉が詰まり、視界が滲んだ。
「ああ……」

ぽたり、ぽたりと、涙が落ちた。
人前で泣くなど、王族のすることではない。
そう教育されていた。
けれど……もう、止まらない。
次々と涙が溢れていく。
アトラスの胸元に、小さな円を描くように。

「で、殿下……!? どうされたのですか、私はもう大丈……」

言い終わる前に、マクシムはアトラスを抱きしめた。
強く。全身で、アトラスが生きていることを確認するように。

「……殿下、あの、ちょっと……」
「もう“殿下”はやめてくれ。」

アトラスが驚いて目を見開く。
マクシムはゆっくりと抱きしめていた腕をほどき、アトラスを真っ直ぐに見つめた。

「……マクシムでいい。お前は、俺の“友”だ。呼び捨てにしてくれ」

「え、いや、でも、でん……」

「マクシムだ」

「……マクシム」

アトラスがその名を口にした瞬間、マクシムの表情が崩れた。
再び抱き寄せ、震える声で言葉を絞り出す。

「お前がいなかった二日間、何をしても、何を聞いても、音が遠かった……お前は俺の隣にいなきゃ、駄目なんだ」

アトラスは微笑み、マクシムの背中をぽん、と叩いた。
「……ただいま帰りました、マクシム」

マクシムの唇が震えた。
アトラスの声に、彼が生きているという実感が湧く。
止めた涙が、またこぼれ出す。

「よく、帰ってきた、アトラス」





窓の外で、鳥の声が響いた。
風が葉を揺らし、馬の嘶きが遠くで混ざり合う。
その全てが、確かに“生の音”だった。

アトラスは目を閉じ、ゆっくりと息を吸う。
マクシムが、あたたかな雫を肩に落としていく。
胸の奥に、生きている、という実感が満ちていく。

(ああ……還ってきたんだ。)

そして、その少し離れた場所で、
エヴァリーンとカトリーヌが静かに微笑みを交わしていた。
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