森と花の国の王子

あーす。

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誘拐されたレジィリアンス

着々と包囲網を敷くラステル

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 エウロペは窓から月明かりが差し込む、暗い廊下に出る。
手にした布の見取り図を開くと、素早く現在位置を確認した。

気が急いて、行こうと歩を進めかけ、けれど引き戻されるように、見取り図に再び視線を落とす。

「………………………」

この屋敷から、別の屋敷に通じるルートは書かれていない。
複雑に入り組んだ廊下の先にある、幾つもの地下室。

カンは、このどれかだと告げていた。

再び顔を上げる。
手っ取り早いのは、ルートを知る男を捕らえる事。

が、がらんとした廊下のその先には、人気が全く感じられない。

再び見取り図を見、賊らが詰め所に使いそうな場所に見当を付け、人気の無い廊下を足音を殺して駆け出した。


地下道に降り立ったテリュスは、顔を引き締める。
土壁の洞窟は、大勢が歩くと足音が響き渡った。

が、壁の向こうから、カンカンカン!と靴音が響く。

…つまり、幾つもの地下洞窟が交差してる…!

エリューンもそれに気づき、心配げにテリュスの横顔を盗み見た。
エウロペが居ない今。
テリュスが頼りだった。

普段、おちゃらけてるけど、彼は目端が効く。
耳も良く、カンも鋭い。

「…こう入り組んでちゃ、迷ったら最後だね?」

エリューン始め、松明手にし、前を歩いてたラステル配下の男達も。
突然の背後からの声に、一斉に振り向く。

誰よりも高い背。
肩にかかる、乾きかけた艶やかなくねる焦げ茶の栗毛。
…デルデロッテがすました綺麗顔で、背後にやって来ていた。

「君らがいるから、迷わないんだろう?」

デルデロッテは先頭を歩く二人のラステル配下に告げると、二人は頷く。
けどテリュスは、じりじりしながら呟く。
「道が分かってるんなら。
さっさと進んでくれないか?」

ラステル配下の二人は、帽子に半分隠れた顔を互いに向け、前向くと突然、走り出した。
カッカッカッ!
テリュスは待ってましたとばかり、二人の背後にピタリと付いて行く。

エリューンとデルデロッテは置いて行かれ、慌てて駆け出した。

「我々が走る場所に、罠は無い。
が、歩き始めたら足元にご注意を!」

ラステル配下に走りながらそう告げられ、エリューンとデルデロッテは顔を見合わせた。

「罠があるのかい?」

デルデロッテに尋ねられ、先を走る男らは無言で頷く。
洞窟の背後では
「ぎゃっ!」
だとか、どたっ!
と、人が倒れる音がし、あちこちから靴音が響き続けてる。

つまりそこら中に。
複雑に幾本もの地下道が交差した道が無数にあり、出口からは味方が押し寄せて、相対する賊を捕らえている様子。

「屋敷に近づくにつれ、罠がありますから」

前を走るラステル配下の男は、さりげなく喋りながら走ってるけど。
その速度は速い。

テリュスはもっと早く!と背後から先頭の二人を追い立て、エリューンとデルデロッテは並んで、横も上も広いけれど、どこもかしこも土壁だらけの暗い洞窟に息が詰まりそうに感じ、ため息交じりに駆け続けた。


地上では、手持ち無沙汰なロットバルトは、ラステル配下の男に騎兵を寄越すよう言伝ことづけていて。
たった今、呼び出された騎兵らが目前に駆け込んで来ていた。

アッハ・ドルネスの面々で、彼らは自分達の会合でレジィリアンスがさらわれた不名誉を、挽回したいと意気込んでいる。

ロットバルトが、入れ替わり立ち替わり報告に訪れる、多数の部下らと話すラステルに振り向くと。
ラステルは部下らに手を上げ制止した後、やって来て告げる。

「我々がマークしてない、地上の屋敷が複数、あるそうだ。
現在、総動員して探索してる真っ最中。
君らは地下道に降りて、賊を全て捕らえてくれるか?」

彼らは頷くと、ラステルは直ぐ、配下を呼び寄せる。

「君らに道案内を頼む。
騎士らに場所の割り振りも。
一刻も早く、地下道全てを、使用不可能にしてくれ」

ラステル配下の地味な男らは頷くと、立派な騎士達に近寄り、三名ずつ引き連れ、それぞれ地下洞窟の入り口へと向かった。

ロットバルトは月明かりの墓地で、散っていく彼らを見送る。
が、不安そうなエルデリオンの横に立つと、囁く。

「…いてもたっても、いられないでしょうが…」
「その通りだ!
どうして私は動けない?!!!!」

エルデリオンに怒鳴られ、ロットバルトは悲しげに眉を寄せる。
「…御年おんとしの割に、貴方は冷静だ。
レジィリアンス殿の事、以外は」

エルデリオンは幾度も言葉を吐き出そうとし…そして、飲み込む。

恋に駆り立てられ、愛する相手に強姦の誤解を与えた事が、心に深く突き刺さり、エルデリオンはとうとう俯く。

「…確かに、そうだ…」

ロットバルトは頷くと、エルデリオンの手を引き、椅子に座らせる。

その時、早馬が駆け込んで来て、馬上の伝令はラステルに叫ぶ。
「シャノッセ公子息、アルタ公爵令嬢、ドロテア子爵の姿が消え、身代金要求の脅迫状が届きました!!!
至急、王宮に…」

ガタ!!!

エルデリオンは直ぐ立ち上がると、叫んだ。
「私が行く!!!」

横に立つロットバルトは、額に手を置き、顔を下げて首を横に振りまくって、呟く。

「エルデリオン。
罠に、決まってる」

ラステルも頷く。
馬上の伝令に顔を向けると
「アッカマン侯爵に頼んでくれ。
彼なら何とかする」
と言葉を返した。

伝令は頷くと、直ぐ馬の首を城に向け、駆け出す。

ラステルは、暫く伝令の駆け去る馬を呆けたように眺めながら、囁く。
「…また、陽動か…。
よほど私に、追われたくないらしい」

ロットバルトは頷く。
「が、君の手下アッカマン侯爵が動けば。
城の警護隊長らも動き出すんだろう?」

ラステルはとうとう、肩を竦めた。
「どうやら、第一級警備態勢を取らなきゃ成らない事態に、なりつつある」

エルデリオンは少し不安げに、眉を寄せた。
「…それは戦時中、城を包囲された時の…厳戒警備だろう?」

ロットバルトもため息を吐いた。
「…連中、ラステルの手数を減らすためには、何でもやりかねない」

けれどラステルはとぼけた声で告げる。
「が、動いてくれた方が。
誰が加担し、首謀者が誰か。
捕らえる相手が、解って良い」

ロットバルトとエルデリオンは思わず顔を、見合わした。

「…究極の、前向き思考だな」
エルデリオンの呟きに、ロットバルトも首を縦に振る。
「ラステルの思考回路には、落ち込む事とか挫折とかが。
…まるっと欠落してる」

けれどラステルは、にっこり微笑んだ。
「それって、いい事だから。
褒め言葉ですね?」

ロットバルトとエルデリオンは否定も肯定も出来ず、さっと背を向け、報告に来た部下と再び話し込む、ラステルの背を。
二人揃って暫く、じっと見つめ続けた。
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