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教練中が注目するローランデとフィンスの対戦

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 負けたヤッケルは、フィンスを睨み据える。
がフィンスは微笑み、ヤッケルはぶすっ垂れた。
けれどフィンスが肩に回して来る腕をヤッケルは受け入れ、一緒に中央を去る。

肩を抱く長身のフィンスとヤッケルの友情を目に、拍手も沸いたが、当の二人は。
シェイルと…未だ出血の止まらぬグランドルを見やる。

講師は仕方無い。と、とうとうグランドルを医療室に引き摺り、グランドルは
「やれる!」と怒鳴ったが、有無を言わせず二人のガタイのいい講師に、連行されて行った。

シェイルはフィンスに、首をかしげ、肘から下を横に広げ
『お手上げ』と示すと、フィンスは口のはし上げて笑い、肩を竦めた。

がフィンスが視線を、じっと静かに待つローランデに向けた時。
講堂中は静まりかえる。



学校中が待っていた、注目の剣士がこれから。
学年一の称号を賭けて戦う、大事な一戦。

ヤッケルはフィンスがすっ…と肩に回していた腕を解き、吸い寄せられるようにローランデの前に、歩を進めるのを見た。

ヤッケルはシェイルの横に付くと囁く。
「ど・シリアスだな…。
が無理も無い。
去年俺は五位だったのに今年は三位。
残れたのは、ローランデ相手に幾度も練習してたせいだ」

シェイルもその言葉に頷く。
ローランデはいつも優しく…欠点を教え、そして…対策も教授してくれた。

フィンスでさえ…今年グランドルに敗退した、去年二位のデスタルダンと、同等の腕前。

剣を持ち静かに構える。
が目前に立つローランデに、何一つ緊張は見られない。
どころかこれから本当に戦うのか。と言うほど静かだった。

講堂中がごくり…と唾を飲み込む。

一学年は皆その異様な講堂内の静けさに、周囲を見回す。
が、どの顔も真剣そのもの。

マレーも…アスランでさえ、横に並んで座ってる、講師を伺い尋ねる。
「あの………」

講師は気づき、振り向く。
「一年でディアヴォロスは金の獅子を取った。
突出した剣士を見られる興奮は、講師とて同じだ」

二人は視線を、静かに佇む端正な騎士に戻す。
淡い栗毛に幾筋も混じる、濃い栗毛の髪を肩に背に流し。
動揺も迷いも無い、青い瞳。
湖畔のように…深く澄み渡った…そんな清浄な“気”がローランデを取り巻きそして…講堂中を、包んでいた。

対するフィンスは、俯いていた。
ローランデよりは明らかに背が高く、体格も良い、品の良い誠実そうな騎士。

が濃い色の髪を胸に流す彼は、剣の扱いに長けた、玄人筋の剣士に見える。
何より…身軽な相手を逃がさず、裏を欠かれる事無く追い詰め、捕らえる様は見事だと…自分達だけで無く講堂中が、思ってるはず。

フィンスは、顔を上げる。
微かな微笑すら湛えたローランデは、だがその剣が容赦無い事も知っていた。

すっ。と斜め下に剣を振り、持ち上げ構え、フィンスは突っ込んで行く。

『あの…とっかかりが最悪だ』
ディングレーもオーガスタスも思った。
が、口にはしなかった。

異常な程、澄み切ってる。
そんな相手に突っかかるのは、根性が要る。
二人はこの一年の合同授業でローランデと手合わせ、それを思い知っていた。

ディングレーもオーガスタスも。
思わず自分をフィンスに、重ね合わせる。

一瞬だった。
じっ…と立っていたローランデが歩を踏み、身を翻す。

風が舞う程軽い…。
アスランもマレーもそう、思った。

気配が無いほど自然。
気づくとフィンスは振り向き様襲うローランデの剣を、止めていた。

がっっ!

一瞬で合わせた剣を引き、ローランデはまた足を使う。
横に滑ったかと思うと、もう剣が襲い来て、フィンスは慌てて剣を引き、上げてぶつける。

がっ!

ごくり…。とスフォルツァの唾を飲み込む音が聞こえたが、アイリスは振り向かなかった。

気配が…無い!
殆ど消えてる。

一瞬で背後に横に、そして突然真正面に現れ、殺気を帯びた剣が一瞬で襲い来る!

「…あんな……あんな“気”をどうやって………」
動揺したようなスフォルツァの言葉にようやくアイリスは彼に、振り向く。

確かに軽く微か。
風が吹き抜けて行くように。

が一瞬で剣が襲い来る。

止めた!また!

ディングレーはフィンスに『良く止めた』と心の中で拍手を贈ってる自分に気づく。

対戦してみないと解らない。
あの気配と剣筋を読むのは、並大抵じゃない。

一瞬でも読み違えればそれで終わり。

ディングレーはついぞっ…と総毛立つと、冷たい汗が背を伝い行くのが分かり、拳を握る。

去年がまぐれ。どころか…。
あの気配の消し方は去年を、上回ってる。

木の葉が地に落ちる、その音を聞け。と言ってるのと変わらない。


ローフィスは滅多に見せない親友のど真面目な横顔に視線を送り、囁く。
「去年より研ぎ澄まされてるな」

リーラスが横でぼやく。
「あいつ…普段は他の奴に教授したりしてんのに…影でこっそり相当修練してるぜ…」

オーガスタスがようやくぼそり…。と呟き返す。
「奴の班の世話役担当だっけ?去年お前」

リーラスが憮然。と頷く。
奔放に流れる栗毛で、黒い瞳をしている。
俯くと随分殊勝で端正に見えたが、内情はやさぐれで言葉遣いも最悪に悪く乱暴者だったから、オーガスタスとローフィスは、リーラスとうんと気が合った。

「俺より剣が使え、身分だってシェンダー・ラーデン北領地大公子息で大貴族なのに。
態度も控え目、俺に敬語使う優等生だ」

「生意気じゃないから、余計に嫌みか?」
ローフィスに尋ねられ、リーラスが頷く。
「だが、あれに文句が付けられるか?」

オーガスタスも、頷いた。
「文句も付けられないから余計に、嫌みなんだな?」
リーラスが、たっぷり頷く。

「ちょい手のかかる奴に煩わされても、ローランデなら安心して他を預けられる。
逆もまた然り。
手のかかる奴を押しつけても、あいつが必ず何とかする。
時に………」

思い出すリーラスを二人揃って眺める。
「俺が駄々こねる兄貴みたいな、気分にさせられる」

オーガスタスとローフィスは目を見交わす。
「出来過ぎの弟か?」
ローフィスの言葉に、オーガスタスも言った。
「…楽できて、最高じゃないか」

オーガスタスの言葉に、リーラスは呻く。
「そのツケが、こういう場で回ってくる。
今日はどうせオーガスタスが冷や汗かくだろうが…。
三年、四年合同練習じゃ奴とやると、絶対大恥かかされる」

オーガスタスとローフィスはつい、顔を見つめ合って同時に肩を、竦めた。

視線を戻すとフィンスがその顔の上に気迫を滲ませ、“気”を研ぎ澄まそうと全身を“耳”にし、襲い来るローランデの剣を待ち構えた。

「攻撃しろ!
いいからどんどん反撃…」
隣で怒鳴る取り巻きに、ディングレーが手でさえぎり制す。

「無駄だ。
攻撃に出た者が、一瞬で討ち取られたのを見てないのか?
攻撃はかわされたら、最大の隙が出来る。
避けられたら…それで最後だ。
剣を振り切る間に、決められてる」

「それ程…ローランデは、早い…?」
呆然とする男の顔から視線をローランデに、ディングレーは戻しつぶやく。
「…たわむれで無く、真剣に剣振るあいつはな」

“フィンスは良くやってる。
そうだ。
まずは奴の剣を、止める事”

…あのディアヴォロスでさえ…ローランデの攻撃を幾度か受けながら交えた一瞬で。
ローランデの呼吸を乱し、少しずつ…疲れさせ、奴の呼吸が乱れて出来た一瞬の隙に、斬り込んだ。

それまでディアヴォロスは、幾度奴と剣を、交えた事か………。
いつも一瞬で決めてきた。
マトモにディアヴォロスが相手と打ち合う姿なんて、誰か見た?

そのディアヴォロスが幾度剣を、ローランデ相手に振り込んでも…決められなかった。
それ程の手練れだ。ローランデは。
それが倍増して鋭くなっている。

斬り込む一瞬で…ローランデでは無くフィンスの顔が、歪んでいる。

気配無く…その一瞬の打ち合いで、崩れた体勢から慌てて剣を合わせてる。
満足な受け身も取れず…。
ぶつけ、間に合わせるだけで精一杯。
その都度、ずしん…!と腕に、重い痺れが来てるようだ………。

ローランデの方だ…。
去年のディアヴォロスとの対戦でその戦法を、学んだのは。

奴は負けを負けにせず、更に鍛錬を重ね。
ディアヴォロスが自分に使った手を、完全に自分の物にしようと…自分を鍛え続けて来たに違いない。

澄み切った“気”
奢りが全く無い。

そんな相手がどれほど強いか…ディングレーは目の当たりにし、微かに、身が震った。


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