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大乱闘寸前

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 アイリスはギュンターが殴り合うのを見たし、ディングレーとオーガスタスがこちらに向かい、ローランデとフィンスが自分達を、グーデンから庇うように目前に立ち塞がるのを見、マズイと思った。

更に部屋の隅で食事していた講師達が一人…また一人席を立ち、騒ぎを沈めようと生徒を掻き分け向かい来始める。

めちゃめちゃ大事に、成りつつあった。

オマケにグーデンはカンカンだった。
ギュンターの相手の拳が、ギュンターに一発も当たらなかったので。

更に、こちらに向かい来るオーガスタスの背後から、四年のグーデン配下の群れが迫り、今にも肩に手を掛け、オーガスタスを振り向かせそうだった。

周囲はざわめき渡り、皆が部屋の隅に寄りながらこちらを、伺っている。
マレーはアスランの横で「大丈夫」を言い続け、スフォルツァは唇を噛みしめグーデン配下を睨み付け、今にも腰を浮かし、ギュンターの助っ人に入りそうな勢い。

講師が形相を変えて、生徒を押し退け走り出す。

アイリスはローランデとフィンスの間からするりと前へ出、グーデンの真正面で彼を見据えた。

「…手を引けと今すぐ配下の者に。
もう無礼講ではすまない」

ローランデはつい、そう言った少し背の低いアイリスに、振り向く。
フィンスも同様振り向いた。

グーデンはだが、怒り狂っていた。
手入れの行き届いた黒髪を振り散らし、美麗に見える顔を激しく歪め、怒鳴りつける。
「…もし引かねば言いつけるか!」

が、アイリスは表情を引き締め呟いた。
「その通り」

グーデンはその、真正面から見据えるアイリスがもう、笑っていないのに気づき、周囲に目をやる。

講師が血相変えてこちらに向かい来る。
オーガスタスとディングレーが、どんどん近づく。

がっ!
ギュンターは背後から羽交い絞めする男の腕を振り切り、また一人、殴り倒していた。
しなやかな素早い動作で身を捻ると、もう拳を握る横の男の顎に、肘を突き入れてた。
ばっ!
金の派手な金髪巻き毛が散る。

配下の男は寸ででギュンターの肘を避けたものの、直ぐ次に腹に潜り込む、下から抉るギュンターの拳に、顔を歪めてた。

グーデンの、顔が悔しげに歪む。
が、アイリスに告げた。

「…今引くのはお前の脅しに、屈したからじゃないぞ!」
アイリスは真顔で言い返す。
重々じゅうじゅう承知」

グーデンはオーガスタスの背後に迫る配下に、首を振る。
オーガスタスの肩に手を掛けようと伸ばす腕を宙で止め、配下の男はグーデンの、横に首を振るさまに一つ、頷く。

更にグーデンは、ギュンターの背後の男達にも怒鳴る。
「怪我人を担いで直ぐ去れ!」

ギュンターを殴ろうと背後に控えていた二人は驚愕きょうがくに目を見開き、首を横に振る。
それを見たグーデンは、尚も怒鳴った。
「いいから言われた通りにしろ!」

ギュンターは肩で息をし、今だ拳を構えていた。
が、グーデンに荒い吐息を吐き出し、その優美な美貌を向け、尋ねる。
「…降参か?」

グーデンは長身の金髪美貌の男の顔に、掠り傷一つ無いのに思い切り腹を立て睨めつけ、高飛車たかびしゃに告げる。
「…いずれ思い知らせてやる。
私を敵に回すのがどういう事かをな!」

そして更にギュンターに殴りかかろうとした男らに、殴られ呻く男らを担ぐよう顎をしゃくり、ギュンターを突き飛ばす勢いで、その横をグーデンは通り過ぎた。

ギュンターはどん!とぶつかり自分を退けるグーデンの腕を、通り過ぎざま掴もうとした。
が、フィンスが咄嗟、ギュンターの腕を引く。

ギュンターは見つめて来る、その真摯な濃い青の瞳の、濃い栗毛を背に流す二年大貴族を見る。
端正で大人しげな顔はけれど、迫力すら醸し出していた。

「…やめとけって?
だが早いか遅いかだろう?」

そう問うと、フィンスは素早く言い返す。
「…それでも別の機会なら、全校生徒を巻き込まずに済みます。
この場で乱闘すれば、多くの者がただで済まない」

ギュンターは言われて、フィンスの背後。
長く濃い栗色巻き毛に囲まれた、色白の肌に濃紺の瞳がキラリと光る、美少年アイリス。
その少し後ろ、明るい真っ直ぐな栗毛に濃い栗毛が幾筋も混ざる、澄みきった青い瞳の貴公子ローランデ。
更にやる気満々の、明るい栗毛にほぼグリンなヘイゼルの瞳の、きりりと表情を引き締めた王子様風スフォルツァを、見た。

フィンスはギュンターの腕を掴んだまま、顔を寄せて囁く。
「…それにオーガスタスとディングレーもこちらに向かってる。
オーガスタスが動く。
と言う事は…たいそう大事だと、言うことです」

ギュンターは思わず振り向く。
誰よりも背が高く、奔放にくねる赤味がかった栗毛を肩に背に散らし。
全校生徒集うこの大食堂内で、その存在感の大きさをさりげなく周囲に誇示し、大物の風格漂うオーガスタス。
彼は配下に周囲を隙無く囲まれ、守られながら引いて行くグーデンとその一群を、立ち止まり見送っていた。

見つめていると、彼は振り向き目が合う。
オーガスタスは自分を見て微笑った。
が、ギュンターは顔を、引き締めた。

ずっと旅していた。
いつもなら殴ってその場を去れば終わり。に出来た。
が、ここに居続けるには、それは出来ない。
自分に卒業する気が、あるならば。

ふーーっ。と吐息を吐き出すと、腕を掴むフィンスに囁く。
「もう解った」

がフィンスはさぐるようにギュンターの紫の瞳を、一瞬覗き込む。
やっぱりあまりにも、優美な美貌。
が、俯いてその表情を、自重するように引き締めていた。

フィンスはようやく頷いて、ギュンターの腕を放す。

アイリスは咄嗟、ローランデに振り向く。
その端正な貴公子の、心配そうな誠実な澄んだ青の瞳が自分に向けられているのを見た時。
アイリスは心が震えるほど感激し、ローランデが口を開く前、彼に駆け寄る。
「ご心配、ありがとうございます!」

ローランデはその自分より幾分背の低い、一年の中では長身なアイリスに頭を傾げ、尋ねる。
「本当に、大丈夫?
私は一年の時グーデンがどんなやり用をするか、思い知ってる」

アイリスは咄嗟に頷く。
「…もうあまり、表立っては突っかかって来ないでしょうね」
ローランデは声を落とし囁く。
「…その分、秘密裏に卑怯な手を使って来る」
アイリスは、頷いた。

が、ローランデはじっ…。とアイリスの、濃い栗色巻き毛に囲まれた色白の、整いきって美しい顔を見つめ、尚も尋ねる。
「…君の身も、ただでは済まない。
解ってる?
出来れば…私の宿舎の部屋には、空きがあるからいつでも…」

が、アイリスは理知的な濃紺の瞳を輝かせ、にっこり微笑った。
「私に標的が移れば、逆に有難い。
頼りになる従者も居ますし、私なら幾らでも逃れる方法がある。
彼らにもう害が及ばないなら、その方がいい」

そう…マレーとアスランを見やり、きっぱり言い切るアイリスに、がローランデはまだ心配げな表情を向ける。
確かに背は高かった。
体格も、か細く華奢には見えない。

けれど濃い栗色巻き毛に囲まれた色白な顔は、深窓の令嬢を思わせる、たおやかな気品を醸し出し。
面長ながらも、女性的な美麗な顔立ちをしていて。
濃紺の瞳がキラリと光ると、とても希少な、素晴らしい美少年に見えた。
「だが私の親友はそれでも…とても嫌な思いをした。
君は…身分がとても高いけれど勘違いしている。

とても…自分が綺麗な少年だと、分かっている?」

アイリスが、褒め言葉を聞いたように素晴らしく綺麗に微笑った。
その微笑があんまり美しくて、ローランデの表情はなお一層心配げに曇る。

が、オーガスタスがやっとこちらに到着し、ローランデに怒鳴った。
「そいつの心配は、するだけ無駄だ!」

ギュンターも、ディングレーもローランデもスフォルツァでさえ。
そう言った、御大オーガスタスを見上げる。

一斉に問いかける視線を受け、オーガスタスは握る拳に汗が滲むのが、解った。

アイリスは確かに演技派だ。
これだけの人間が信じてる。
彼が外見道理の、清楚せいそで純情可憐な美少年だと。

アイリスだけが、秘密をバラすな。ときつく自分を睨む中。
オーガスタスは皆の問う視線を受け、仕方なく呟く。

「彼の叔父、大公の勢力はグーデンに牽制けんせいとして通用する。
そいつに手を出せば、痛い目見るのはグーデンの方だしな」

何とか、誤魔化したがギュンターがアイリスに振り向き、その美麗な美少年に視線を振って唸る。
「…そんなに権力があるのか?」

皆の視線がアイリスに集まり、アイリスは
「御大の、おっしゃる通りです!」
と見つめる一同に艶然と微笑み返し、オーガスタスは自分から皆の視線が外れ、心底ほっとした。

スフォルツァがすかさず立ち上がり、オーガスタスに向けて叫ぶ。
「彼に私が…誰にも手出しさせない!」

ディングレーは頷いたが、オーガスタスは俯いて顔を真っ直ぐ見つめて来るスフォルツァから、思いっきり背けた。

フィフィルースを始めとする、その場にいた一年大貴族達も一斉に立ち上がり。
姫君を護る騎士のように決意を告げる。

「私も彼に手出しする者を敵とする!」
「私もだ!」
「彼に害す者は上級生だろうが、戦う!」

オーガスタスはますます顔を深く背け、ギュンターもフィンスもローランデも、そう次々に告げる一年に、目を見開いた。

スフォルツァだけは自分のものの筈のアイリスが、いつの間にか…そうでなくなりつつあるのに、苦虫噛んだ。

オーガスタスが視線を戻すと、アイリスはにこにこ微笑って
「私だけでなく、そこの二人に気を配ってくれると、とても嬉しいんですが」
と皆に促していた。

オーガスタスは内心吐息吐き、アイリスの面の皮の厚さに呆れた。
『いけしゃあしゃあと……良く演技出来るな』

が、威厳を放つディングレーが、癖の無い黒髪を散らし、射るような青い瞳を向け、憮然。と唸る。
「…いいからお前達は姫君を護ってろ!
そっちの二人は俺じゃないと無理だ。

グーデンの、お気に入りだからな!」

優しげな貴公子ローランデも、初々しい一年達に告げる。
「グーデンを相手にするのは君達には荷が重すぎる。
入学したてで退校になったら、ご家族が悲しむ。
だから、いつでもいいからまずい事態になったら、私を呼び出して構わないから」

ギュンターが、そう言う真っ直ぐな明るい栗毛を肩に背に垂らす端正な貴公子に目をやり、ぶっきら棒に唸った。
「俺でもいいぞ。
喧嘩ならいつでも歓迎だ」

一年達は、たいそう優美な金髪美貌の転入生の…喧嘩を買って出る獰猛どうもうさに、内心怯んだ。

オーガスタスがくっ!と笑う。
「こいつの外見は、アテにしない方がいい」

ディングレーもつい、彼らが噂で耳にしてる事項に気づき、低く怒鳴る。
「…こいつは垂らしで、男に可愛がられてるタイプじゃない。
顔にダマされると痛い目合うから、そのつもりで接しろ!」

ギュンターが途端、ディングレーを見やる。
「…まるで俺が危険物みたいな注意だな?」

『だって危険物じゃないか』
言いたかった。
が、ディングレーは見つめて来るギュンターを、見つめ返したまま、固まった。

講師がようやく駆け付けて、オーガスタスに囁く。
「事は、収まったのか?」

オーガスタスは自分より背の低い、年上の講師に朗らかに微笑む。
「いいから食事を、続けてくれ!」

講師が背後に振り向いて、自分の様子を伺う他の講師に、頷いて見せる。
グーデン一味は全校生徒を飲み込む巨大な食堂から姿を消しつつあり、会場は一辺になごやかな空気が戻った。
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