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マレーにその場の成り行きでキスするギュンター

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 ギュンターは席に残るマレーを見つめ、言う。
「お前も本当は、踊りたいんだろう?
もう少ししたら腹もこなれるから、暫く酒に付き合ってくれたら、返礼としてその後踊りに付き合う」

マレーはとても優美な美貌のその人に紫の瞳で見つめられ、一瞬どきん。
と心臓が跳ねた。

金の髪に縁取られた美貌の、その表情はいつも取りすまして見えた。
けど一つ席を開けてだったけど、近くで話すとどこか親しみやすさを感じる。

ディングレーと比べるとうんと細身に見えるけど、さりげなくシャツの襟から覗く鎖骨や肩。
それに引き締まった腕から、男の色気…みたいな感じが漂い、なんだか凄く、頼もしい。

何より、見つめられると長い金の睫に縁取られた、宝石のような紫の瞳がきらりと光り、思わずドギマギしてしまう。

けれどギュンターから、果実酒の入った盃を手渡された時、ふと思い出した。

良く父に付き合って、母に内緒で酒を嗜んでいたっけ…。
まだとても小さな頃。

飲んで顔色も変わらない幼い自分に、父は楽しげに言った。
「末頼もしい、飲み仲間が出来た!」と…。

“僕は酒よりも、一緒に飲んで楽しげな、父の笑顔が好きだった………”

ギュンターは栗色の縦ロールの髪で頬を隠し、緑がかったヘイゼルの伏し目がちの瞳をし、人形のように表情が乏しく、けれどとても綺麗でお行儀の良いマレーに
『酒を勧めちゃマズかったかな』
とチラと思った。

が、無表情に盃を受け取り、口に運ぶから。
ほっとした矢先。
突然目を潤ませるマレーに、ギュンターは慌てふためいた。
「何かまずい事言ったか?俺」

マレーは涙が溢れて来て…思わず目線を下げ、囁く。
「…良く父の、晩酌相手をして…けれどもう父は僕を晩酌には誘いません。
だから…ここに、来る事になったんですけど………」

ギュンターは口を開くマレーに、ほっとしたものの…悲しげな口調につい、問い返す。
「ここに来なければどうしてた?」
「父と共に領内の見回りと管理を………」

「…おやじさんは、亡くなったのか?」
マレーは俯いた。
「母が男と出て行って、父は後妻を迎え、家で僕はもう邪魔者です………」

泣きたくなかった。
けれど…一度ディングレーに抱かれ、彼の肌の暖かさに包まれ、氷は溶けていたから…駄目だった。

後から後から、涙が溢れる。

ギュンターは慌ててマレーとの間の、アスランの座ってた空席に移り、マレーの背を抱いて、顔を覗き込む。

そして、唐突に顔を近づけ、ふっ…と唇に唇で触れた。
マレーはぎょっ!として、顔を上げる。



見るとそこには取りすました美貌は無く、困惑に眉を下げたギュンターの顔があって。
心底困りきった口調で、彼は告げる。
「泣いてる相手を慰めるのに、今のところこれしか俺は、方法を知らない」

ぷっ!
マレーが吹き出すと、ギュンターはバツが悪そうにそれを見つめ、けれど笑い続けるマレーに微笑む。

「…これしか知らないが、効果は抜群だな!」

マレーは、ギュンターのキスで涙が止まった訳じゃないのに。
と、もっとくすくす笑い続け、ギュンターをすっかり、笑顔にした。


一年達席に残る数人がそれを見、目を見開いたし、踊りの輪の中にいる数人もそれを目にしていた。

音楽は盛り上がり、皆、すっかり踊りに興じていた。
が、中央にいたローランデもふっ…とその瞬間が目に入り、ぎょっ!とする。

確かにここは男ばかり。
真剣に付き合い、愛し合ってる者もいた。

が、公然とこんな全校生徒が集う場で、口付ける者などいない。
目立つ金髪美貌の、ギュンターの所業は瞬く間に噂に駆けのぼり、そこらかしこで口伝えされ、どんどん広がって行く。

オーガスタスは席で酒を煽っていてその話を聞いた。
悪友の一人がけたたましく駆け込み、怒鳴ったので。

「ギュンターがたった今!
グーデンが目を付けてる一年の美少年に口づけたそうだ!」
「マジかよ?!
たった今?!」
「ここで?…大胆だな。
喧嘩も大胆だが」
「全校生徒がいるってのに、よくやるな!」

ローフィスが隣を見ると、オーガスタスは沈黙したまま、顔を下げていた。
「…ただでさえ、目立つのにな!」
言ってやると、オーガスタスは呻く。
「奴自身の問題だ。好きにやるさ」

『とか言って、目立ちすぎて大丈夫か?
とか思ってる癖に』
ローフィスはオーガスタスの俯く顔を下から、覗き込む。

オーガスタスはローフィスに怒鳴り返す。
「俺が言って、奴が聞くか?!」
言われてローフィスは
『まあ…確かにそうかもな』
と肩を竦めた。


シェイルはローランデに見つめられ、夢心地で心から踊りを楽しんでいた。
が、口々に伝え聞く、噂が耳に入り。
すれ違い様ローランデに囁く。

「聞いた?」
尋ねられたローランデは、直ぐギュンターの事だと気づく。
優しげな微笑をシェイルに向け、囁き返す。
「…私は、目にした」

ぎょっ!と目を見開くシェイルに、ローランデはくすり。と笑ってくるりと回り背を向け、元の場に戻る。
次にすれ違う時、シェイルがローランデに尋ねた。
「つまり…本当に?」
「ちゃんと、唇と唇だった」

シェイルがやっぱり大きなエメラルド色の目を見開き、ローランデは青い瞳を向けて、離れ際言った。
「金髪の編入生に、恐れる事は何も無いようだ!」
離れ行くシェイルの背は
『それにしたって!』
と呆れを通り越して憤ってるさまが覗えた。


アスランは踊りの相手が突然、黒髪で男らしいディングレーに代わり、胸がどきん!と鳴った。
真っ直ぐのさらりとした黒髪が一瞬、手を取られた時触れる。
射抜くような青い瞳で見つめられると、その男らしさにドギマギする。

『心臓に良くない…』
そうは思ったけど、凄く格好いいディングレーに手を取られ踊る日が来るなんて、考えたことも無かったから。

アスランは頬を真っ赤にしたまま、ディングレーに微笑みかけた。

ディングレーはアスランに、紅潮した頬で潤んだ瞳で見つめられ、内心、それは戸惑った。
正直『教練キャゼ』は男ばかりだし、王族と言う権威が盾になって、こういう視線を向ける輩は滅多に近づかない。

大抵は、剣士として騎士として。
憧れられてる男達が側を取り巻き、少女のように頬染めて見惚れられることなんて、滅多に無いから、居心地悪げにぎこちなく、アスランの相手をする。

が、グーデンに悪戯され裸で泣いていたアスランを突然思い返すと、楽しげな表情で踊る彼が微笑ましくて、つい笑顔を返した。

アスランは憧れのアイリス。
そして窮地を体を張って救い出してくれた男前の王族ディングレーとまで踊れて、もう夢心地で、足元がふわついた。

これがあの辛い、体験と引換だとしても…。
それでもあんまり嬉しくて、泣き出しそうな位で、ディングレーに手を引かれ、夢中で飛び跳ねた。

けどその時。

「グーデンが目を付けた一年の美少年に、編入生のギュンターが口づけたって。
たった今!」

ざわざわと皆が口々に忙しく喋り始め、その言葉は向かい合うディングレーのみならず、横で踊ってるアイリスとスフォルツァの耳にも入った。

「…三年の編入生の…」
「唇に?
幾ら無礼講だと言っても、この場で?」

ざわめきと共にディングレーはその噂話を聞き、目を、見開く。

アスランは固まるディングレーを見、ふと、自分達の座っていた席を見る。
ギュンターがマレーの横に寄り添い座っていて、マレーはくすくす笑い、ギュンターも微笑み返してて…。

『何かの間違いじゃ…』
言おうとした。
が、ディングレーはもう、アスランの華奢な手を握り引き、踊りの輪から出て、元の席へと戻り始めた。

アスランは引っ張られながら、自分に振り返るアイリスに見つめられ、困惑の表情で事態を告げた。


スフォルツァは噂と、ディングレーの退出でアイリスまでもが一気に身を翻し、元の席へ戻るのに唖然とする。

短い夢だった。
が、休みの日に彼を祭りに連れ出したらもしかして再び、踊れる機会も出来るかもしれない。

気品溢れる美しい彼と踊るのは本当に、気持ちがわくわくした。
濃い栗色巻き毛を散らし、頬が紅潮し、色白の肌の中、唇は真っ赤で。
濃紺の瞳はきらきら光り、あんまり…素敵で、幾度も近寄る度、口づけそうになってアイリスに避けられた。

確かに、いっくら口づけたくっても。
こんな全校生徒が集う場でしたら、アイリスに絶交されかねない。

だが、ギュンターは『した』と言う噂話を耳に、残念極まりない気持ちを押し隠し、スフォルツァは真偽を確かめようとするアイリスの背に続き、踊りの輪を後にした。

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