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ギュンターとローランデ ギリギリの対戦

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しゅん…!

“早い”

一瞬でローランデはギュンターの目前から消える。
次いで右横からの気配。
背後。更に左横。

“だが…まだだ。
だましの殺気を、送っては来てる。
が、打ち込んでは来ない”

ギュンターはそのびんびん来る暗殺者のような闘気に、眠気が一変で醒めるのを感じた。

ローランデはギュンターの“気”が、一気に張り詰めるのを汲み取った。
殺気を送っても反応しない。
鈍い?
それは無い…!
鈍ければ最初の一撃で、カタが付いていた。

そしてだましの殺気を、本気に切り替えた。

背後。
“来る…!”

ギュンターは咄嗟、振り向いた。
がローランデはもう横へ、滑っていた。

振り向く真横から剣が、振り下ろされる。
ギュンターは剣を、持ち上げかけて瞬間、気づく。
その剣がまるで役立たずな事に。

剣でぶつけ止めるのを諦め、思い切り身を下に沈める。

どんっ!

ローランデは振り下ろす剣を宙で止め、床に転がるギュンターを、目を見開いて見た。

下に沈む途中、足場を支えきれず、ギュンターは滑ってすっ転ぶ。
床に転がってようやく、ギュンターは自分が眠気でまだ体が痺れてるのを思い出す。
昨日の馬に乗り詰めが祟り、足が、もつれたのだ。

ディングレーがそれを見て、声を張る。
「そいつは戦うより、医療室にいるべきだぞ!
歴史の授業をまるまる、寝て過ごしてる!
まだ眠気でフラフラだ!」

ローランデがそう叫ぶ、ディングレーに振り向く。
三年毛並みの良い大貴族達に取り巻かれ、一際威厳を放つ、真っ直ぐの黒髪。
狼のように鋭い、青の瞳の男前。

ローランデは次に、床に手を突き、起き上がりかけるギュンターを見つめ、目を見開いた。

“眠気…?
それで最初の一撃を…避けた?”

ギュンターはフラリ…とその長身の背を起こすと、呟いた。
「…足が、滑った」

ローランデは剣を、構えようかと迷い、講師を見る。
が講師はギュンターに、顎をしゃくる。

ローランデは促されてギュンターに振り向く。
ギュンターは
『来ないのか?』
と挑発するように、身を低く待ち構えていた。

ローランデは信じられなかった。
だってフラフラの筈…。
しかも剣も使わず…今まで繰り出す攻撃を全部、避けてる…!

しなやかな長身の細身が、柳のようにしなり、幾ら…身を断ち切ろうと剣を振っても、流されてしまう。

振り切った剣は空を斬り、顔を上げるギュンターに、掠りもしなかった。

ギュンターは殺気に敏感に反応し、気配で避ける。
度重なる危険に今まで散々身を晒していたから、目で追うよりカンで分かる。
どこで避ければ身が守れるか。

が。
息が、切れ始めるのを感じる。
流石に昨日のハードな騎乗が祟ってた。
『学校一の腕』
…今頃思い出すのも間抜けてるが、確かに…。
こんな手練てだれに一度だって、出会った事が無かった。

一瞬でも気を抜けば斬って捨てられる。
剣を、握り込む。
相手は仕留める事に慣れ、討ち取ろうと、続けざまに隙を狙って来るから。
剣が真っ当だとしても、打ち込む隙が、あるかどうか…。

打ちかかろう。と隙を見つけるが、剣を、振り上げる前にその身は目前から消えていた。
足音も、気配すら消して、文字道理、消え去るのだ。

気配を現すのは、斬り裂こうとする剣が自分に振り下ろされた時だけ。
幾度も…幾度もひやりとした、どこから飛び出して来るか分からぬ剣先を。
ぎりぎりで交わしながら、髪を衣服を…掠る気配に、どんどん頭に血が上る。

交わすだけ。
防御一方の、自分の立場。

が一筋縄でやすやす剣を、入れられる相手じゃない。
ギュンターは、一瞬緊張を解く。

ローランデはそれが、罠だと解っても突っ込んで行った。
ギュンターは身を斬り裂こうとする剣を、紙一重で交わす。
ほんの数センチ身を引くだけ。
傍目からは、斬られて見えるほどの近距離。

が一瞬で振り向く。

消えて行こうとするローランデに、一気に剣を突き出した。

ざっっっっ!!!

始めての、ギュンターの攻撃。
ローランデの脇腹に剣が真っ直ぐ、突っ込んで来る!

ざっっっっ!!!

瞬時に後ろに跳ね飛び、交わす。

ぅぅぉぉぉおおおおおおおおっっっっっ!

外野は騒ぎまくる。
ローランデが間合いから引かされる。なんて光景は、黄金の獅子最終決戦以外、滅多にお目にかかれない。

「あの金髪の編入生…強い!」
シェイルが囁くと、ヤッケルが呆れて見た。
「強いから、編入できるんだ。
俺やお前程度で、三年の編入が許されると思うか?
学年、上がるごとに編入審査は厳しくなる。
四年で編入なんて、近衛に上がれば隊長確実な位の、強さが要る」

が、フィンスが呻く。
「…だとしても…ローランデを後ろに引かせるのは、相当な手練れだ」

三年席は熱狂した。
「やれ!そのままやっちまえ!ギュンター!!!」
「デキるのはディングレーだけで無いと、そいつに教えてやれ!」
「そうだ!庶民の意地を、見せてやれ!」

三年大貴族達は苦々しく、その野次を聞いていた。
が、平貴族らは、お構いなしだった。
ローランデに一太刀入れる。
しかも、ローランデがすっ飛んで避ける程の。

それがどれほど大変な事か、三年大貴族達も、思い知っていた。

が、引いた筈のローランデの速攻。
三度、向きも方向も変え、剣が、飛んで来る。

次に入れる為、引く剣が見えない程早かった。

ばさっ!
が三度目のローランデの剣が、叩いたのはギュンターの髪。

見えない程の速攻を三度とも見事にかわし、ギュンターは無傷でそこに、立っていた。

ぅぉおおおおおおおおおおおおっっっっっ!

三年平貴族らは、気違いのように叫びまくる。

「まるで英雄扱いだ…!」
自分を取り巻く大貴族の一人が、そう苦々しくぼやくのを聞いて、ディングレーは呟く。

「本人は単なる睡眠不足で、振って来る殺気を、殆ど無意識に避けてるだけだがな」
取り巻き一人はディングレーの言葉を聞き、朝食の時の彼を、思い出した。

そしてギュンターを見る。
眠気はすっかり、覚めているようだったが、その表情には打ちかかる敵と真剣に相対す、彼のきつい決意が浮かんでいた。
金の巻き毛に覆われた、表情の読み取れない、すまし顔の美貌はいつも道理。
が、紫の瞳は鋭さを帯び、ギラリと光って見えるほど。

普段彼を、優美に見せる紫の瞳は野性味を帯び、鋭さを増して雄弁に知らしめる。
『殺られてたまるか!』
そんな、決意を。

確かに本人に、相手が二年だ、とか。
これは対戦試合で、剣はまがいものだとか…。
ローランデ相手にいい戦いをし、周囲に自分の実力を示そうとか。

…そういう余分な思惑は、いっさい無いように見えた。

「睡眠不足だからきっともっと、不機嫌だろうな。
あれほど相手に、やりたい放題されたら」

ディングレーの呟きに、取り巻き達は一斉に、顔を下げて項垂れた。
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