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その頃ギュンターは…

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 ギュンターは講義終了後、ディングレーとその取り巻きらが補習に出向くのを横目に、四年宿舎へと足を運ぶ。

オーガスタスの部屋を覗いたが、やっぱり机にへばりついてる。
「…大変そうだな…」
「ローフィスに、『済み』の写しを貰ってるから、文体や表現変えるだけでいい。
だからと言って、大変じゃ無いとは言わない」
「…どんだけため込んだんだ?」

オーガスタスは、ひょい。
と顔上げて、机の横に居るギュンターを見上げる。
「一・二年は暇さえあれば、上級と喧嘩してた。
あっちが『下級の癖に、態度がデカい』
と突っかかってくるから」
「三年は?」
「去年か…。
シェイルが入学してきて、色々大変だったな…。
喧嘩相手にも困らなかったし」
「…つまり三年間。
ほぼ喧嘩に明け暮れてたのか?」

オーガスタスは、また視線をペンを走らせてる羊皮紙に戻し、大きく頷く。
「年々、楽にはなった。
大抵喧嘩売ってくるのが上級生だから。
俺の学年が上がるごとに、喧嘩相手が減る」
「…で今年は。
喧嘩相手が全部卒業して、課題漬けか?」

オーガスタスは一瞬羽根ペンを止めて考え込み、結局頷く。
ギュンターはため息吐いて尋ねた。
「…じゃ今日は、出かけられないか?」
オーガスタスは、参考にしてる羊皮紙をめくり、別のを出しながら頷く。
「これとは別に、別件でここに居ないと、マズい」
「…面白いことか?」
「さぁな。
『今日あたりだ』
とローフィスが言って…あいつの予想は、滅多に外れないが、実際ナニがあるのかは不明だ」

ギュンターはため息交じりにぼやく。
「そんなんで、よく予定開けとくな」
「別に要請はされてないが…。
あいつの用事は大事なのが常だ。
…行きたいのか?
酒場」

ギュンターは俯く。
「…また来て欲しい。
と数人の女に言われてるし…寝る、約束もしてる。
今日行って、約束した何人と会えるかは、不明だが」

オーガスタスは、ばっ!!!と赤毛振ってギュンターに振り向く。
「約束なんて、したのか?」
「あんたは、しないのか?」
「滅多に。
あれだけ大勢の女に囲まれたら、約束はタブーだろう?」
「なんで?」
「守れないから!!!」
「…だから…時間と機会があれば。
とは、断ってある。
けど…正直、あれだけ大勢に乞われると…」
「気分、いいのか…」

オーガスタスに言われ、ギュンターは頷く。
「そりゃここに来るまで、盗賊に追われて毎度逃げ続けてたから。
追われる相手が女に変わりゃ、普通の神経の男なら、嬉しくて当然だろう?」

オーガスタスは思わず、ギュンターを見上げてしまった。
金髪に囲まれたその美貌は、相変わらず突出して綺麗に見えた。
が、同時に不憫にも思え、オーガスタスは頷く。
「一人で行けるか?」
「そりゃな。
だが二人の方が、楽しい」
オーガスタスは頷く。
「お前、何しでかすか、分かんないからな。
俺が居ないからって、闇雲やみくもに喧嘩勝って暴れるな。
相手が悪いと、後始末が面倒だから」
「……………………」

ギュンターが静かで、オーガスタスは顔を上げる。
ギュンターはため息吐いて、呻いた。
「…だな。
旅してた時は、別の土地に移れば済む話だが、ここでは、そうはいかないか…」
「旅は終わった。
今、お前は『教練キャゼ』の一生徒だと、肝に銘じとけ」
「忘れないよう、気をつける」

オーガスタスは頷き、ギュンターは戸口へ歩き去った。

 一番近い酒場にギュンターが顔を出すと。
待ち構えてた女性客らが、一斉に振り向き、あっという間にギュンターを取り囲む。

「今日は、私よね?!」
「時間あるなら、待つわ」
「私も。誰かの後でもいいから。
一緒に上に、上がりましょ?」

ギュンターは言われて、戸惑った。
相変わらず表情には出ない、美貌のすまし顔だったが。

けれど一人の女性が、群れてる女性とギュンターの方にやって来ると、いちゃもん付ける。
「いっくらこの金髪坊やが綺麗だろうが。
あんたたち、馬鹿?
ナニちやほやしてんのよ!
男の価値は、顔だけじゃないでしょう?!」

この女性の意見に、酒場に居た女性客目当ての男客らは、一斉に頷く。

取り巻く女性らより、頭二つは背の高いギュンターが、口を開こうとしたけど。
取り巻き女性らの、大ブーイングに合う。

「寝てない癖に!」
「寝れば分かるわよ!彼、最高なんだから!」
「知らないのに、言わないでよね!」
「食べてない料理の批判は、意味を成さないのよ!」

ギュンターも、取り巻く女性らを無言で見つめたが。
いちゃもんつけた女性も、目を見開いた。

「あら。
じゃ今度は、寝てから文句言うわ」
「今日はダメよ!私なんだから!」
横の女性が抱きついたギュンターの腕を自分に引き寄せ、怒鳴り付ける。
他の女性らも一斉に
「順番待ちなんだから!」
と殺気だって怒鳴ってた。

酒場のあぶれた男らも、いちゃもんつけた女性もが、ギュンターを注視する中。
ギュンターは顔を下げて囁く。
「じゃあ…二度も、来てくれたのにあぶれさせたから…謝罪として最初はリアネンナ。
待っててくれるんなら、次はサリアで…」
「私も待つわ!」
「私も!」
「…なら次がキャロルでその次がリーアンナで…」
残り二人を見て、ギュンターは囁く。
「多分その辺りで、宿舎に帰らないと」

選ばれなかった二人は、ため息交じりにぼやく。
「次の最優先権を貰うから!」
ギュンターは頷く。
「次に会ったら、真っ先に二人を優先する」
二人は頷くと、ギュンターはリアネンナと一緒に酒場の二階に上がり始め、取り巻きは解散した。

が、やっぱりいちゃもんつけてた女性は、呆れ顔。
「あんたたち、プライド、無いの?!
他にこんなに、男が居るのに」

けれど順番待ちの女性らは、ジロリと睨んで通り過ぎながら
「あら。
貴方だって『ショアスのケーキ』なら、並んでも待つ癖に!」
「そうよ!
ギュンターは『ショアスのケーキ』レベルなんだから!」
と言い捨て、同じテーブルに座ると、ギュンターが降りて来るのを待った。

けれど酒場の男達は一斉に
「きっとあの美貌で、年少の頃から大勢の熟女垂らし込んで、やり放題で凄いテク持ちになったんだぜ」
と陰口叩いた。


 ディングレーが酒場の扉を開くと、ギュンターはちょうど二人目を終えて三人目の待ってた女性と、上へ上がる所だった。

ギュンターが来て以来、オーガスタス以外は少なくなった『教練キャゼ』の生徒の中でも、黒髪の男らしいディングレーの、滅多に拝めない姿を見つけ、女性客らは色めき立った。

ディングレーを見かけたことのある女性が、席を立つとディングレーの正面に寄って、囁く。
「…どうしたの?今日は凄い豪勢な衣装ね?
舞踏会の帰り?」

聞かれて、ディングレーは着替えて無い事を思い出す。
ローフィスと来る時、努めて質素な衣服で、極力身分も明かさなかった。
「友人の衣装をちょっと、借りてるだけだ」
早口で言い訳してる間にも、ギュンターは階段を上がりそうで。
ディングレーは前を塞ぐ女を、手で素早くどけて駆け出す。

ギュンターは突然、横に滑り込んで腕を掴む、ディングレーに目を見開いた。
相変わらず表情はさほど変わらなかったが、内心はめちゃくちゃ驚いてて
『珍しいな』
とか
『ここに出入りしてるなんて、知らなかった』
とか
『補習はもう、終わったのか?」
とかの、どれを言おうか考えてる間に、ディングレーに腕を引かれ、女から引き剥がされそうになったが、女性はムキになって、ギュンターの腕を自分に引き戻す。

ギュンターは両方に引かれ、無表情のまま、無言。
ディングレーは女に気づいたが、言った。
「大事な頼み事だ」

ディングレーの声が説破詰まって聞こえ、ギュンターは問うた。
「どうした?」

その、親密なギュンターの声を聞いたが、待ってた女性はギュンターに腕を絡みつかせ、ディングレーを睨み据える。

ディングレーは躊躇った。
が、女からギュンターの腕を強引に引き剥がし、少し離れた場所へギュンターを引っ張ると、顔を寄せて囁く。
「男を調教出来る奴を知らないか?
…お前に出来るなら、頼みたい」

ギュンターはやっぱり、無表情の美貌で見つめ返す。
「出来るか?と言われるんなら出来る」

ディングレーは頷く。
「女を断れるか?」

そう言って、二人から少し離れ、腕組みして憤懣ふんまんやるかたない、といった表情の女性に振り向く。

ギュンターも彼女に振り向くと、心から残念そうに囁く。

「すまない。急用が出来た。
この埋め合わせは今度必ずするから。
今夜は別の男を、誘ってくれないか?」

彼女が途端、泣きそうに眉を寄せ、深い落胆の吐息を吐くので。
ギュンターは彼女に顔を寄せ、頬に軽くキスして、謝った。
「本当に、悪いな」

が、酒場を出ようと背を向けるディングレーの、後に続こうとするギュンターの腕を。
彼女は咄嗟掴み、甘えるように身をくねらせ、拗ねて言った。
「そう思ったら、行かないで!」

ギュンターは女の腕を取り、やんわり自分の腕から外し、微笑った。
「恩人が困ってる。
彼には借りが山ほどあるから。
ここらで返しとかないと、後が大変だ」

ディングレーは途端、女に真っ直ぐ、青の瞳で睨むように見つめられ、息が一瞬止まった。

ギュンターはそんな女性に背を向け、ディングレーの横に付くと、『行こう』と顎をしゃくる。

酒場を出、一緒に『教練キャゼ』の敷地目指し歩きながら。
ディングレーは横のギュンターを見やる。

少し胸板が厚くなり、肉が、付いたような気がした。
女といるのを見たせいか、軟弱に見えない。

「…彼女、俺がお前を横取りしたと。
もしかして、誤解してないか?」
そう聞くと、ギュンターは微笑って言った。
「後でちゃんと、『借りは尻では返さない』と言っとく」

ディングレーは心臓が止まり掛けるほど、鋭い目で女に睨まれたことを思い出し
『そうしろ』と、心から頷いた。

 ほぼ暮れた暗い『教練キャゼ』敷地内へと、ギュンター共々高い塀を乗り越え、着地し、入ると。
普段使う宿舎よりうんと離れ、灯りが殆ど無い、ちょっと不気味な古びた建物の旧校舎へと、ディングレーはギュンターを誘う。

裏に回り、準備室の小部屋のガタつく扉を力尽くで引き開け、ギュンターに『入れ』と促す。

薄暗い室内の蝋燭の明かりの中、小窓を覗いてたローフィスが振り向き、ギュンターを見て微笑う。

「参加希望者か?」

ギュンターはローフィスが伺っていた、覗き窓の向こうをひょい。
と覗く。

数人のデカい男らが、一人の男を囲み、始めていた。

ローフィスが、横で覗くギュンターに囁く。
「ハウリィに悪戯してた、酷い義兄だ。
ハウリィの実父は亡くなって、お袋さんの再婚相手の息子」
そこまで言ってローフィスは、ギュンターが自分に顔を向けつつも、話を聞いた他の男同様、怒りに包まれてるのを感じたから、言葉を続ける。

「…あいつが実家で、ハウリィに悪戯するから。
ハウリィはお袋さんに会いたいのに、実家に気軽に帰れない。

だからあいつがもう、ハウリィに悪さ出来ないよう、男を教え込んでやりたいんだ」

ローフィスの言葉に、ギュンターは目を見開く。
「…半殺しじゃ、駄目か?」

ローフィスは腕組みしたまま、ため息を付く。
「それならディングレーに頼んださ。
が傷が癒えた後、よけい恨んで、もっと酷い行いをハウリィにされると困る。

二度と悪さしないよう、思い知らせないと」

ギュンターは、そこでようやく『なるほど』と頷く。
「自分が犯されたい男は、もうハウリィを犯さないから?」
ローフィスは、笑顔で頷いた。
「そんな、ところだ。
最初はうんと痛い目に合わせ、ハウリィの痛みを思い知らせる。
その後塗り薬を使い、奴を男漬けにする」

二人の背後に居たディングレーは、計画に呆れたが、ギュンターは微笑った。
「なるほど。
男を欲する色情狂にまで、仕上げるんだな?」

その通りだ。とローフィスは頷く。
「次の週末、ハウリィが実家に帰れるようにするには、あまり時間が無いから、人海戦術だ」

ギュンターはまた、素晴らしい美貌の無表情で頷き返すと。
覗き窓の、向こうの部屋へと続く扉を開け、中に入って行った。
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