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立ち塞がる猛者

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 皆がその男を、恐れてるのは解った。
時折濃い栗毛の混じる、鮮やかな栗色巻き毛の猛者で、だがその顔立ちは、傲慢で不遜な様子が滲み出ていた。

肩、胸とも筋肉で盛り上がり、多分相当な力自慢だろう。
が、身長ではギュンターがまさった。

しかしその男は、ひょろりと背だけ高い奴。と、ギュンターの体格をせせら笑う。

見ていた皆は、ギュンターと嫌われ者シーネスデスが同時に一瞬で屈み、右拳を振り上げざま相手に向かって拳を振り入れ、激突する様を見た。

シーネスデスの右拳が真っ直ぐ、ギュンターの頬に突き刺さる。

ギュンターの顔が吹っ飛ぶ!
皆にはそう見えた。
が、目前から、自分に殴りかかろうとした男二人を一瞬で引きつけた、ギュンターの鮮やかなやり口に感心していたデラロッサはそれを見、思った。

紙一重。ぎりぎりで交わしてる。
あれは相当、喧嘩慣れしてるな。
そう…。

シーネスデスは手応えが有る筈なのにすかしを喰らい、ギュンターの拳が目前で、顔を横に泳がせ避ける。

が遅く、ギュンターの拳が頬を弾き、顔を揺らす。

次の瞬間無傷で立っていたのはギュンターで、その頬を腫らし口から血を滲ませたのは、シーネスデスの方だった。

おおおぉぉぉぉぉぉぉ!

どよめきが食堂中に鳴り響く。

シーネスデスは口の端の血を拭うと、呻く。

「…いい気になるなよ!」

ギュンターは冷静に見えた。
頷き、つぶやく。
「まだ、しゃべれるようだしな…!」

シーネスデスは柔っちろい面のその新入りの余裕に、頭に血が上ったように拳を構えた途端、次から次へとギュンターの顔目がけ、拳を振り入れ始めた。

ギュンターは歩はそのまま、顔を左右後ろに俊敏に振り、それを避ける。

デラロッサはつい、顔をしかめた。

あいつシーネスデス、本気出してる。
あの早い拳の連打は、結局どこかで掴まり…ぼこぼこにされる”

一年の年から三年に、上がる二年間で。
この食堂中の三年達はそれを知り尽くしていたから、誰もが皆、ギュンターがそれをどう凌ぐのか。

固唾を飲んで見守った。

牡牛のような面構えで、太い腕の威力ありそうなぶんぶん振り回される拳に気圧され、ギュンターがとうとう一歩、後ろに引く。

が拳は止まる事無く左右交互に顔面目がけて早い勢いで繰り出され続け、それでもギュンターはその早い拳を、顔を左右に振り、上体を傾け、しなやかに避け続ける。

ロッデスタがそれを目にし、慌てて大貴族用宿舎の階段を登り始めた。

ギュンターがまた…振り回される拳を避け、一歩引く。

避けながらも隙を伺うが、相手が拳を左右に繰り出す限り、腹も…勿論顔も、殴れはしない。

ロッデスタは駆け上がるその歩を、中間でいきなり止めた。
階上に、その姿を見つけて。

がっっっっ!

その瞬間、ギュンターは左肘を曲げ突き出し、シーネスデスの振りかかる左拳を止める。
そして間髪入れず襲いかかるシーネスデスの右拳を、顔を一瞬後ろに反らし避けると、直ぐ様上体を思い切り左横に倒し右足を、シーネスデスの腹に素早く蹴り入れて、そのデカブツを後ろに吹っ飛ばした。

だんっっっっっつ!

もんどり打って床に吹っ飛ぶシーネスデスを、皆がやっぱりぎょっ。として見つめる。

次に彼らの視線は、吐息を吐き屈めた身を起こす、美貌のギュンターに注がれた。

はらりと金の髪が額に一筋垂れはしたものの、その顔は一発も食らわず綺麗なまま。

ギュンターは倒れ腹を押さえるシーネスデスの痛みに歪む顔に一つ、頷くと。
視線を…階段の、上へと注ぐ。

皆が釣られるように、ギュンターに習い階段上を見上げる。

その階上には黒髪のディングレーが、まるで尊大な観戦者のように立っていた。

ディングレーは階段最上部から、倒れた床から息を吹き返し、ギュンターの背後を狙おうとする、どうやらギュンターに殴られ頬を腫らしたらしい男を見つけ、ジロリ…!と見据えた。

男が拳を振ろうとした瞬間、ディングレーの突き刺さるような視線にその腕を止め、顔をふと上げ、鋭く見据えるディングレーの青い瞳に気圧され、一瞬で青冷め、力なく拳を下げた。

ギュンターは気づき、背後に振り向く。
がその頬を腫らした男はディングレーの睨みに萎縮し、握った拳を、下げたまま顔を下げる。

ギュンターが口を開くが、ディングレーが先に言った。

「助っ人は、らないようだな?」

ギュンターはそれを聞き、顔を仰向け、尊大な王族の男に告げる。

「助けて貰った。たった今」

ディングレーは肩を竦める。

「助けた内に入るか。
…聞く迄も無いだろうが、先に手出ししたのはどっちだ?」

が、ギュンターは即答した。
「俺だ。
奴…」

振り向いて屈む男を目で指す。

「が食事の邪魔をするんで………」

が、ディングレーは吐息を吐き、言い直す。

「言いがかりを付けたのはどっちが先か。と聞くべきだったか?」

ギュンターは頷くと告げた。
「それなら、あっちが先だ」

ディングレーは頷き返す。
「ならお前の拳は正当だ」

だがシーネスデスは、屈んで腹を押さえながら怒鳴る。
「あいつの肩持つ気か?!」

「お前らが突っかかったんだろう?」
ディングレーが凄まじい迫力の、低い声音こわねで吠え、ディングレーの背後に立つ取り巻き三人は、追随するようにジロリ…!と。
ディングレーの判定に言いかがりを付けるシーネスデスを、鋭い眼光で睨み据える。

シーネスデスは、内心ディングレーの背後に立つ取り巻き三人を見
『猟犬共が…!』
と内心一声呻き、獲物を見つけると血に飢えたように襲いかかる、毛並みの良い大貴族の猛者共を睨め付けた。

だが…。
貴族とは戦で手柄を立てた者が貰える、栄誉ある地位で、大貴族ともなると代々子孫が軍功を上げ続けた、名家を意味する。

大貴族はその家柄を維持する為、常に軍功を上げる事を必要とされていたから、大貴族。と言えば皆、品と育ちは良いが、幼い頃から戦い方を叩き込まれたサラブレッド達だったから、幾ら学年の猛者だろうが、迂闊に敵には回すのは躊躇ためらわれた。

王家の血を継ぐディングレーはそのサラブレッドの親玉で、四年の兄貴、顔だけが自慢の軟弱で身分にあかせて人をかしづかせるグーデンと違い、その実力もが学年一だったから余計、腕自慢の猛者と言えど、ディングレーと事を構えるの事は、避けたかった。

彼の一見品のいい獰猛な取り巻き大貴族共は、ディングレーに歯向かう者を見逃さず、ディングレーの目の届かない場所で必ず、報復に出る。

取り囲まれ、その時そのお上品な奴らが半端無く、威圧的で暴力的だと気づくのだ。

顔が腫れるくらいなら御の字。
最低三日は、寝台から起き上がれなくされるのが常だった。

『ここは、引くしかない…!』

そう…思ったがどうしても悔しく、シーネスデスは目前の優美な美貌のギュンターを睨み据え、が、震える拳を何とか引き、顔を下げ、元いたテーブルに戻って行った。

わっ!

皆が一斉にギュンターを取り囲み、階上のディングレーにも賞賛の歓声を送る。

が、ディングレーはその場を動かず、叫ぶ。
「ギュンター!
編入祝いがまだだ。
いい酒が手に入ったから、飲みに来い!」

皆が途端静まり返り、ギュンターは階上を見上げ、ディングレーに叫び返す。

「助けて貰ったから、酒を奢るのは俺じゃないのか?!」

ディングレーは、ふざけるな。と首を横に振り、そして顎を上げて促す。

ギュンターが階段に歩を踏み出すと、皆が次付にぽん。ぽん。と、ギュンターの肩を優しく叩いた。

ギュンターは気づき、皆に振り向く。

「五月蠅い奴は消えたから、楽しく食事を続けてくれ」

皆がギュンターのその言葉に、一斉に笑顔になった。


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