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怒りを解き放ったアイリス

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 男はじろじろと顔を見つめて来る。

アイリスは内心、怒鳴った。
『いいから喧嘩を売れよ!
俺の女だ。餓鬼が手を、出すな。
とか何とか言って。
直ぐ、オーガスタスが飛んで来る。
彼が評判道理の男なら、下級生に絡む男を決して見過ごさない!』

が、男は下卑た笑いをその顔に浮かべる。
「随分、べっぴんだな?
女扱いされてんだろう?
立派な体格の、猛者共に。
で?タマには女でも、抱きたくなったのか?
だが…勃つのか?
そのお綺麗な顔で?
…どうせいつも上級生に、尻の穴を可愛がられてんだろう?
そっちの方が、イイんじゃないのか?」

アイリスは瞬間、握り込んだ拳を震わせた。
もう…少しで、殴りかかる所だった。

学年無差別練習試合の前に、こんな場で。
勇姿をさらす訳には絶対いかない。

そんな事をするくらいなら、スフォルツァに尻の穴を舐められた時点で、蹴っといた方がうんとマシだ。

アイリスはありったけの理性を働かせ、耐えた。
片方の発散が無理なら、もう片方を発散させるまでだ。

要はこの男に隙を見せ、どこかに連れ込ませ、二人きりになればいい。
そうすればどれだけ…腕力や戦闘力を見せつけようが、今までの苦労が水の泡になる事は無い。

アイリスはそっ…と席を立つ。
男が被さるから、四年やオーガスタスには、見られないはずだ。

男が立ち塞がっても、大人しくその横を抜けようとする。

が男はとうとう肩に腕を回し抱き、力づで外へと、連れ出した。

“外?
酒場の、一夜の部屋代も払えないのか?”

アイリスは拍子抜けした。
てっきり…一夜を過ごす定番の、酒場の二階に連れ込まれる。
と覚悟してたから。

外に出ると、直ぐ壁に背を押しつけられ、正面から被さって、顔を寄せて来る。
アイリスにはもう男の、下品な煽り文句を聞く余裕は無かった。

…ここならもう、どれだけナニしようが。
誰にも見られない。

…最も相手の男のそう思って、外に連れ出したんだろうけど。

がすっ!
殴ってくれ。
と言わんばかりに被さって来るから、腹に拳を入れるのは超簡単。

拳にずしん!と身の詰まった手応えを感じると、もう自分を抑えるのは無理だった。

が、男はごたくを止めない。

「…どんな手を使ってでも、お前を頂いてやる…!」

そんなに私としたいのか?

…けど気づいたら、男の股間を握っていた。

その前に蹴り上げてやったから、相当な痛みだろうな。
そう思うとつい、力が籠もる。

男が叫び、だらだらと口から涎を垂らす。
痛みに顔が、思い切り歪んでる。

酒場に滅多に、下級生は来ないだろうし第一…オーガスタスが出入りしてるんなら、彼が護るだろう。

が、アイリスはこの先。
弱い同校の美少年が、通りかかるのを見つけ。
この男が襲いかかり…自分の好きなように、弄ぶ様が想像出来たから…。

つい、握る手を、離せなかった。

どころか理性は全く働かず、力はどんどん籠もる。

その時、ようやく気づいた。
可愛い子ちゃんぶったりスフォルツァにお姫様扱いされた、鬱憤で意識が飛びかけるほど、怒りまくってる。

そう、自分の事を思い込んでた。

違う。
この怒りの原因は…。

自分は、腹を立てていたんだ。
目の前で微笑む、素敵な彼女の笑顔と熱い肢体を奪った、この男に対して。

そう…理解した途端、理性は完全にふっ飛ぶ。

男を突き飛ばし、地面に転がし…。
つい思い切り足で、男の股間を踏みつけていた。

ぎゃあっ!

その声でようやく、はっ。と気づく。
オーガスタスが駆け込んで来る姿が、視界に飛び込む。

焦りまくり、オーガスタスに駆け寄る。
全部見られて…この手が通用するか?

だが、この手しか無い。

「黙ってて…くれませんか?
貴方がした事に…しては頂けませんか?」

近寄った途端…彼の大きさに気づく。
体で無く…その、“気”の包容力のデカさに。

圧倒され…自分ですら彼に、縋り付きたい気持ちにさせられ…。
余裕が無かったから、そのまま…縋った。

必死で見つめる。
彼は望んだ通り…その男の一物を潰したのは自分だと。
駆けつけた酒場の客達に、そう言ってくれた。

オーガスタスを、見つめ続ける。
が。
握った拳はいまだ、興奮の余韻で震っていた。

一気に。
自分が何をしたかの意識すら無く。

叩きのめした爽快感と。

同時にオーガスタスに見られた不安に、にわかに包まれた。

「潰れてるか?」

そう問うオーガスタスの声に。
いきなり我に返り、反射的に言葉を返そうとする。

けど背後の…たった今、叩きのめした男に屈む酒場の男達から、声。

「医者に診せないと」
「血まみれだ」

…血?

剣も、持たないのに?

一瞬、どこで血を吹き出させるような事をしでかしたのか。
思い出そうとしたが、無理。

頭に来すぎて、思い切り発散したから…。
覚えてる事と言えば、蹴ったことと、思い切り握り潰した事くらい。

それで…血まみれ?

アイリスは暫くほうけ、自分の…怒りの半端無さに、改めて自分でも、自分のしたことにあきれた。

…それを目撃したオーガスタスを、恐る恐る見上げる。

彼は…流石、ガタイのいいだけあって喧嘩慣れしてる風で。
素晴らしい体の上の、驚く程ゴツくない、整った顔の上に。

酷い動揺どうようは、見て取れなかった。
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