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穏やかな夜

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「送って行く」
そう言ってオーガスタスに背を抱かれ、そこから少し小高い丘の上にある校門に向かって、一緒に歩き出した時…。

アイリスは背にオーガスタスの、手の平の温もりを感じながら
『この男になら、抱かれてもいい』
そう感じる自分が、不思議だった。

その理由は直ぐ、分かった。
感謝のつもりで、彼に口付けようとした時。

オーガスタスは咄嗟、顔を背けた。
接近して改めて思ったが、彼はそのガタイに反し、凄く小顔だった。

「ああ…こういう礼は、要りませんか?」

そう尋ねると、オーガスタスは目を見開いたまま…。
けれど冷静に、返答した。
「これは俺にとっては、礼じゃない」

笑って…いたと思う。
彼が…助けた礼で、体を要求しないと分かって。

幾らでも…強迫きょうはく出来たはず。
けれどオーガスタスは、それを言わないばかりか臭わせる事すら、しない。

アイリスは、くすくすと笑い続けた。
一年宿舎に戻る間、ずっと。

自室に戻ると、シェイムが扉を開け…そして、椅子に座るスフォルツァの姿に視線を送る。

「貴方が戻るまで、ここで待ちたいと」

スフォルツァが、顔を上げる。

“恋い焦がれた愛しい人”
その、若く整った顔が告げていた。

それは幻影だ。

だが、まあ…いい。

頼りになるエルベスや…祖母や母達が、きっと手を打ってくれる。

スフォルツァが、私に釜掛けていられ無いような、事件を作るため。

チラ。とシェイムを見ると、シェイムは
『首尾は上手く、行ったようですね?』
と微笑む。

アイリスは一つ、頷くと、スフォルツァを自室の寝室へと促す。

勿論、条件付きだ。
二度と…こんな恥ずかしい真似を、しない事。

もしもスフォルツァがまた暴走した時のために。
腫れを取る薬草も、アドルッツァから余分にもらって来ていた。

…スフォルツァの、熱い唇が重なってくる。

男の一物潰した興奮の余韻か。
それとも、あと少しの辛抱だと。
解ってるせいかは解らなかった。

が…つい、スフォルツァを抱き寄せ、彼の体の重みを自分の上に感じる。

彼になら…任せてもいい。
スフォルツァなら。

快感は保証済みだし、傷付ける事は決してしない。
が意に添わぬモノを挿入れられようとしたら…。
相手の一物を、握力で潰す私を。

スフォルツァは、想像も出来ないだろうな…。

アイリスはそう思いながら、スフォルツァの甘く情熱的なキスにのめり込みかけて、ふと気づく。

本当ならもっと…気もそぞろなはずだ。
オーガスタスに、現場を見られた事が気になって。

だがなぜか…その心配はまるで無かった。

オーガスタスが自分を裏切るなんて、これっぽっちも思えなかったから。

つい…スフォルツァの愛撫に応えて溺れる自分と。
…その向こうに、さっきの酒場で口付けた女性の、甘くしっとりとした唇を思い出す。

自分が抱く女性の幻影に、自分が今演じてる姿が。
重なるのはどうかとも、思ったけど。

スフォルツァはやはり、その気にさせるのが上手かった。

彼が挿入って来ても、気にならない。
どころか、期待で息が弾む。

自分が抱く女性も、こんな風に自分に感じてくれているといいけれど……。

アイリスは少しだけ不安になって、サフォーシャに手紙で尋ねてみようかと思った。

けれどもう…無理だった。
頭の芯が、とろけてる。

スフォルツァの男らしい息づかいを、唇に感じた途端、塞がれる。

かけがえのない、唯一無二の大切な宝物。
…のように、スフォルツァに思われてる鬱陶しさ以外。
スフォルツァは悪く無かったら。

…どころか、かなりの極上品だったから。

エルベスの首尾を期待して、それまでは楽しもう。

スフォルツァの若々しい頬と、さらりとした髪の感触を、感じながら。

駄々っ子のようで、その癖伸びやかな、若々しい肢体に組み敷かれ。
的確に快感を紡ぎ出す…彼の腰使いに喉を鳴らし、快感の極みに…二人一緒に、上り詰める…。

スフォルツァは望んでる。
確かに…これは、癖になりそうだとは思う。

が、スフォルツァと…恋人なんて続けてたら、いずれ嘘はバレる…。

アイリスはまた、激しく感じる場所…蕾の奥を突き上げられながら、かき抱くスフォルツァの腕の中で、身をくねらせ、乱れきって思う。

気持ちは…分かる。

けどスフォルツァと分け合った後。
毎度猛烈に、女性が抱きたくなるのも困る…。

けれどもう…あまりの快感が押し寄せ、アイリスは思った。

マトモにどうするか、考えるのは…この熱が、去ってからにしよう…。

解き放った後。
どうしてだか、決まってスフォルツァを、抱き寄せてしまう。
そうするとスフォルツァはぴったりと身を寄せて来るから…。
甘い休息に、共に身を浸せる…。

それは極上の、感覚だった。

けれど適当な時に、シェイムに邪魔して貰わないと。
精力絶倫のスフォルツァに、思うさま抱かれたりしたら…。

また、大公邸に急使を送って緊急呼び出しを頼み、あっちで発散しないと済まなくなる。

けれどアイリスは疲労に襲われ、もう目を開けていられなかった。

スフォルツァに口づけられ、抱き寄せられたけど…抱き返して囁く。
「とても…疲れてるから」

“体が弱い”の触れ込みが、スフォルツァのブレーキとなり…。
スフォルツァはため息と共に、身を起こす。

唇にしっ…とりと甘いキスをして、寝台を出る。

「…ゆっくり、休んで」

アイリスは頷く。

そう、こんなところは。
彼は確かにしつけの良い、子犬かもしれない…。

育ちの良い、聞き分けの良い、上品な。

「…また…明日」

扉の閉まる前に、そう囁くと。
扉の前でスフォルツァが、頷く様子が暗がりの中、見えた。

扉の閉まる音と共に。
アイリスは深い眠りに囚われた。

暖かく甘く。
そして刺激的な夢に、包み込まれて。
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