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一年美少年アスラン
しおりを挟む入学式で同年代の少年達の群れる中、彼は少女のような義母アンネスを思い浮かべた。
早くに流行病で母を亡くした一人息子の為に。と、そう父が再婚を決めた相手。
黒く真っ直ぐな髪と白い肌をした、小柄で線の細かった母と比べると、正反対の。
明るい栗毛の無邪気な笑みを浮かべる、健康な若い女性で、年も近いし話も合うだろう…。
父はアスランに初対面の時そう言って、アンネスを紹介した。
が、結婚間もなく今度は父が馬車の事故に巻き込まれ、乗っていた馬の背から放り投げられ、息を引き取った。
葬式で、残された若い未亡人と二人。
呆然としていた。
…が父が亡くなってから、ガラの悪い借金取りが訪れる。
何も知らないアンネスとアスランは、その男達が乱暴な言動で書状をひらひらさせ
『また来るから、今度は払え!
払わないと屋敷を取り上げる!』
…そう脅すのに、怯えきっていた。
けど父の友人と名乗る、見目のいい若者が現れ…。
借金取りと対峙し、彼らの借用書を破り、ハゲタカども!と怒鳴って追っ払ってくれ…。
その後若者は、若き未亡人アンネスの側に付きっきりで彼女を慰め、恋人になり…。
そしてアスランは…邪魔者となった。
その若者の薦めで、アスランは教練に追い出される羽目になる。
生前の父は、領地管理の道へ進め。
もしくはコネを頼って、王宮の管財官に成れ。
…そう言い、一言も…騎士に成れ。
とは言わなかったのに。
が義母の新たな恋人は
『あんな出任せの借用書を持ってハゲタカが押し寄せるのは、家の格が低くて舐められてるせいで、もっと格が上がれば奴らもそんな真似は出来ない。
家の格を上げるには一人息子が近衛で、軍功を上げるしかない』
そう…人の良い若き未亡人に告げ…それを信じたアンネスは、アスランの手を両手で握って、言ったのだ。
「この家の未来は、貴方にかかってるのよ!」
真剣な顔で。
アスランはまた…周囲を見回す。
同年代の少年達の…顔、顔、顔………。
そして厳しく引き締まった表情の、体格の良い上級生達。
数人の、落ち着き払った講師達。
…の、男だらけ。
殆どを屋敷の中で過ごし、おっとりした世間知らずのアスランは、その独特の雰囲気に…気圧されて息が詰まりそうだった。
それで…アスランは新入生お披露目の壇上に上がる時、かなり早くに名を呼ばれ…途端、周囲をぐるりと囲む上級生の、猛禽のような瞳が。
喰らい付くように自分に注がれるのを感じ、更に…呼吸が止まりそうになった。
後半に名を呼ばれる者達は皆、立派で。
…特に最期に名を呼ばれたアイリスは、背もすらりと高く、立ち居振る舞いが、それは優雅で…。
そしてその顔は整いきって…とても綺麗で美しかった。
目前を通るアイリスに見とれると、彼は気づいて自分に視線を向け、うっとりするような優美な微笑を、投げかけてくれた。
アスランは夢見心地で…その場の居心地の悪さを忘れた。
どさくさに紛れ、慌ただしくここへ送り込まれたから…。
アスランはまるで夢を見てるように、現実味薄く、流れゆく物事をぼんやり眺めてた。
家に入り込んだ若者が、父のつてを辿り大金を払って、入試免除のコネ入学だったから…。
『教練』に入る準備なんて、全然して来なくて、何一つ解らない。
一般宿舎は二人部屋で、質素だが広く、清潔で気に入った。
同室のヤネッタは、けど一緒に荷物を戸棚にしまい込みながら、僕を見ては吐息を三度吐き出す。
「お前…ここがどんな所か、解ってるのか?
それとも…何か凄い特技があるのか?
短剣が、使えるとか?」
栗色の巻き毛の、肩までの短髪のヤネッタは、利発そうで整った顔立ちの若者に見え…。
彼の事も一辺に気に入ったけれど、彼は…。
眉間を寄せて、言う。
「悪い事は言わない。
とっととここを止め、別の道を探せ」
そう…肩をぽん…と叩く。
その…手の温もりは温かかった…。
夕食の顔合わせを楽しみにしていたのに…。
アイリスは大貴族で、階上の大貴族用宿舎の食堂で夕食を取り、そこからは降りて来ない。
並べられた大量に盛られた料理から、自分の分を取り分けていると…同学年とは思えない程、体格のいい数人が自分を見つめ、にやにや笑っている。
そして、意味ありげな視線を向け、去って行く。
連中はもう一人にも…それをした。
それをされた彼は、明るい栗毛で…。
やっぱり小柄で、赤い唇の、少女のような顔立ちだった。
見つめていると…やっぱり怯えたように、その体格のいい同級生を目を伏せて見送り…。
顔を上げた時、見てる僕と、目が合った。
吸い寄せられるように、彼に近寄る。
すると彼も、ほっとしたように僕を見て微笑んだ。
「壇上で…三つ横だったよね?」
そう話しかけると…彼は頷き、その赤い唇を開く。
「僕はハウリィ。君は?」
「アスラン」
二人寄り添って、テーブルに付く。
ハウリィは座ると直ぐ、話しかけて来た。
「ここって…怖いよね?」
僕は、同感だ。と顔を上げた。
ハウリィはそっ…と周囲を見回し…そして小声で尋ねた。
「どうして…君はここに来たの?」
そして僕はいきさつを、簡単に彼に話す。
彼は、眉を寄せてささやく。
「…じゃあ…乱暴な事は今まで一度も、された事が無い?」
僕は、意味が解らなかった。
「乱暴な事?」
「その…君って綺麗だから…。
子供の頃、悪戯されなかった?」
僕は彼を、じっと見た。
明るい栗毛の巻き毛の、それは愛らしい顔立ちのハウリィ。
「…君は…されたの?」
ハウリィは俯く。
それで…僕は口を開く。
母が早くに亡くなり、父とずっと二人きりだった事。
後妻のアンネスが来て、父が亡くなり…そして若者がやって来て、ここへ追い出されたこと。
家の事情を話すと、ハウリィは悲しげに僕を、見つめる。
「君の父の、友人のその…若者こそが、ハゲタカだ」
僕は、薄々感じていたから、頷く。
「…でも…アンネスは信じてる。
彼の言う事を。
父が死んで…何も解らなくて不安だから」
ハウリィは…自分の事情は、あんまり話したく、無いみたいだった。
が、小声で告げる。
「僕は…母の連れ子で義兄に…悪戯されて………。
義父は
『お前が貧弱で、弱々しいのがいけない』
って。
だからここでいっぱしの男になれば、義兄の不道徳も止むからって………」
僕は俯く、ハウリィを見た。
「お母さんは?
実の、母親なんでしょう?
何も…言わないの?」
ハウリィは苦しげな、そして寂しげな微笑を浮かべ、つぶやく。
「言えないんだ…………」
そしてハウリィは、深いため息を吐いた。
見つめていると…顔を上げて少し…微笑う。
とても綺麗な笑顔だったけれど…。
でも同時に、とても悲しそうに見えた。
それでも両親を亡くした僕を思いやって…言ってくれた。
「僕の母は、ちゃんと生きてるんだから。
贅沢は、言えないよね?」
僕は…返す言葉が見つからなかった……………。
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