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怯える美少年ハウリィの事情

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 翌朝…人がバタ付く気配で、アスランは目を覚ます。
また『教練キャゼ』の一日が、始まろうとしていた…。


大きな窓の高い位置から朝日が差し込み、眩しかった。

照らし出された室内は、質素な剥き出しの木の壁で囲まれていたけれど…気にならなかった。
隣の寝台のヤネッタはもう起きて…衣服を着替えてた。
そんな朝の光景がでも僕は、気に入った。

とても…感じ良かったし朝日と共に訪れるその一日に、わくわくした。

朝食の準備が出来た。
そう知らせる鐘が廊下で鳴り響き、皆がバタバタと慌てて身支度を終え、廊下に飛び出す。

ヤネッタは部屋を出て直ぐ、隣部屋の背の高い青年と並んで…。
先に行ってしまったけれど。
皆に押されて廊下を歩いていると、ハウリィがいつの間にか横で並び、微笑んでいた。

「おはよう」
はにかむようなその笑顔が…とても愛らしく見えて…僕は思わず微笑み返した。
「おはよう!」



やっぱり…料理の盛られた皿から、自分の分を取り分ける行列に並んでいる時。
体の大きな同級生が、突き飛ばすように背に当たり…振り向いて僕だと解ると
『謝る必要の無い相手だ』
と見下すように見つめ…そして隣のハウリィと僕の二人を見、やはり…嫌な表情をして笑った。

テーブルに付くと…ハウリィの笑顔は…。
すっかりその表情から消えていて…つい、尋ねる。
「どうしたの?」

ハウリィは顔を上げて何か…言いかけ、けど俯いた。
「きっと…また悪戯される」

僕はびっくりした。
「どうして?!」

ハウリィは少し…震えていた。
「…義兄にそっくりだ…あの目付き」

僕は震えるハウリィを見…そして…向こうのテーブルに座る、体格のいい連中を見た。

また…笑ってる。
こっちを見ながら。

彼らは乱暴者みたいで、他の同級生達も避けていたし、ヤネッタ達もその態度のデカイ乱暴者達のテーブルに視線を投げ、眉間を寄せていた。

僕は俯くハウリィを見…周囲を見回し…そっとつぶやく。
「彼…また居ないね…。
やっぱり大貴族用の宿舎で朝食を、取るのかな?」
「誰?」
「一番最後に呼ばれた、彼」
「アイリス?」
僕は頷く。

「…でも昼食は一緒だよ。
全学年が一緒だ」

そう小声で言うハウリィに、僕はささやく。
「上級生は、もっと怖い?」

ハウリィは俯き加減の、顔を上げる。
「だって同級の…あいつらだって怖い…。
大勢で取り囲まれたら………。
上級生なんて、もっと……怖い…」

僕はつい、彼の顔を覗き込んだ。
「そんなに…ひどく乱暴されたの?
その…義兄に?」

ハウリィは俯く。
「母が結婚を決めたのは…父が死んだ後、領地に良く入り込むごろつき達に僕が…幾度も襲われたからだ。
未亡人が管理してると…甘く見て、奴らは幾度もやって来て………」

僕は、眉を寄せた。
「………ひどい事、された?」

ハウリィはもっと俯く。
「抵抗、しなければそれ程……。
初めは…ひどいけど。
でも言いなりになれば、可愛がってもくれる」

僕はハウリィを、じっと見た。
愛らしい彼は、震えていた。

その時だった。
大貴族用宿舎の階段から…彼らが一斉に降りて来た。
その煌びやかな一団の中に、アイリスもいた………。

皆が一斉に彼らを見つめる。
ここで鍛え、近衛で名を馳せれば彼らの仲間入りが出来る。
そんな風に、憧れと決意を秘めて。

彼らはまるで別世界の住民のように優雅で…綺羅綺羅してた。
衣服も上等で、その態度は余裕の塊のよう。

その中でもアイリスは、特別に美しく。
特別に、優雅だった。

見つめる僕に気づき、微笑んだけど、隣の…凄く顔立ちのいい青年に背を押され…彼らは先に、食堂から出て行ってしまった。

その姿が消えると…皆が一斉にざわめく。
「同級ったってあいつら絶対、特別だよな!」
「ああ…別格だ!」

ハウリィは皆のうらやみを感じ、そっ…と俯く。
つい…一緒に俯く。

そして…悪戯された体験を持つハウリィの顔をそっと盗み見て…小声で話の続きをささやいた。

「父は……僕をあんまり、内庭から出さなかった。
人食い狼が出るからって」

ハウリィが振り向く。
僕は続ける。
「内庭だけは安全だから、絶対外庭には出るな。って、厳しく言われてたんだ」
「君の父さんは君の事、凄く大事にしていたんだ」

ハウリィの言葉に、僕は…俯いた。

「大きくなって、召使いに
『そんなもの、居やしませんよ』
って笑われて…一度…出た事がある。
領地内の池に、どうしても…一人で入ってみたくて。
けど…池で泳いでたら…農家の子達が来て…。
乱暴に突き飛ばされて…衣服を…取られた。
素っ裸で屋敷に戻ると…怒鳴られた。
『もう絶対、外庭には行くな!』って。
いっぱい…言いたい事はあった。
あんな理不尽な真似を、許して置かないで!とか…。
とにかく、そんなような事を。
けど…あんまり…父が悲しげな目で…。
怒ってるのに、目がとても悲しげで…。
だから…何も言えなくて………。
結局言いつけに従ってもう二度と、出なかった」

顔を上げると…ハウリィは暖かい瞳で、見つめていた。

僕は躊躇ったけれど、続けた。

「だから、遊び相手は召使いの子達で…。
後は家庭教師が来て。
たまに…父の友人が来たり…招待されたり………。
ああその…女の子も、いたりする…。
凄く可愛い」

ハウリィはくすり。と笑った。
「好きな子が、いるんだろ?」
僕は…真っ赤になった。

ラウネッサは父の友人の娘で…豊穣の宴の時毎年顔を合わせる。
きびきび話し、小さな時から世話を焼くのが得意で、双子とその下のチビの面倒をいつも…見てるからだって。

栗毛をいつも…きっちり結んで…ほつれ毛が可愛くて…。
僕を一番…気にかけてくれて。
いつも…しっかりものの彼女は僕の世話を焼きながら言ってた。

「年上の癖に!てんで駄目で、だらしないわ!」

けど宴に集まる子達に僕が好きだ。とからかわれ…。
真っ赤な林檎のようなほっぺで、拳を握って怒ってた。

そう言った時、ハウリィは…懐かしむように僕を遠い目で見つめ…だから僕は彼に、聞いた。
「君も…ある?そういう体験」
「父様が、生きてた時。
うんと昔だけど。
アネッサ。って女の子が、僕がお菓子をテーブルから盗み食いしようと手を伸ばして…側にあったナイフで手を切ったら…手当てしてくれた。
やっぱり髪を束ねてて、しっかりものの女の子だったけど…。
僕より少し年上なだけで…たどたどして手つきで布を巻いてくれたのはいいけど…。
直ぐ、ほつれてしまって……。

でもとても、嬉しかった」

ハウリィが微笑んでいて…僕はうんと、ほっとした。
それで僕達は、食事を終え授業へと移動しながら…どんな祭りでどんな集まりだったか。
故郷の…懐かしく楽しい話を…し続けた。

暖かい夕べ。
集まる、賑やかな子供達。

いい匂いのする料理を運ぶ召使いが、ぶつかり来るやんちゃな子供達に告げる。

「これを台無しにしたら…貴方たちはうんとがっかりしますよ!」

そして皿を下げて…匂いを、嗅がせてくれた。

大人達も揃う、長いテーブルの夕食の席で皆がフォークを取り上げる。
そしてその料理は…ほっぺが落ちそうな程、美味しかった。

無邪気な時間。
とても愛おしい…。
暖かさと…優しさと……。
やんちゃな腕白坊主や、嫌味な奴。

でも一緒に駆けたり遊んだりした。
そして女の子。
みんな色々で…。
でも彼女達が、彩りを添えていた。

ここは、男ばかりだったけれど、それでも…。
同い年の男の子達が群れ集う中で、僕はわくわくした。

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