人形の冒涜(ぼうとく) 

あーす。

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レイファスの見解

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レイファスは暫く、頭を殴られるような、ごーーーーーん。
と言う音聞き続けていたから、その後ファントレイユの薄いピンクの唇が開き何か言い続けてても、聞こえたりはしなかった。

聞こえてなかったけど、どこで静止して、彼の間違いを訂正しようか考え続けていた。
けれど…思ったよりショックが大きかったのか、言葉が出ない。

自分は人形で生きてるかどうか解らないヤツなのに。
そんなヤツに…女の子に、間違われるなんて!!!

…確かに気取った初対面の相手には、毎度間違われてた記憶を思い返す。
何とか自分を、なだめようとした。
けど!
間違われた相手は全部ちゃんとした、人間だった!

レイファスは社交辞令を忘れ…睨んでいた。
と思う。

ファントレイユは首かしげ、小声で囁くように告げた。
「お腹…減ってるの?」

レイファスはやっぱり…何も言えなかった。
人間にすら見えない奴の、思考回路なんてもっと、分かる筈も無かったから。

やっと…首、横に振る。
ファントレイユはほっ…とするように、花が綻ぶように美しく笑う。
そして語りかける。
「ずっと赤ちゃんの頃にしか、会ってないってセフィリアが。
君の部屋もこんな?
もっと、広い?」

『…いっちょ前に、疑問なんてあるんだ』
つい…脈打ってるように見えないファントレイユの頭を見る。
人形は、布に髪が幾本も縫い付けられていた。

値段が安い物だと隙間が広くて、髪を少し動かすとハゲが見えた。
『安物は、駄目ね…』
アリシャが、がっかりしたように呟いてた。

ファントレイユのはびっしり髪が生えていて、間違いなく高級品に見える。

ファントレイユは返答しないレイファスに、少し困ったように微笑み、それでもめげずに質問して来る。

「…ドレスは、着ないの?
僕、元気な女の子はドレスを着ないって、聞いた事あるけど君も、そう?」
『着たらきっと、とても似合うのに』
と言い足しそうなファントレイユに、突然レイファスは怒鳴り付けそうではっ!とし、じっ…と自分を抑え我慢した。

『人形じゃ無い。
人間なんだ。
人形には幾ら怒鳴っても問題は起きないけど
人間相手に怒鳴ったら、大変な事に成る』

レイファスはどれだけ自分が『男の子だ!』と言い張っても
“女の子が、自分を男の子だと思い込んでる”
と扱うじじいを、怒鳴り付けた時の事、思い出した。

「男の子だと!
言ってるだろう糞ジジイ!
そんなに言うなら、男の子だってとこ見せてやろうか!」

レイファスは俯く。
………あれは…まずかった。
とても上品で高級なお菓子嗜む午後のお茶の席で…。
ズボンの端握って一気に…降ろして出して見せた途端…アリシャは卒倒し、着飾ったご婦人達は目を、まん丸に見開きジジイは………凝視したまま暫く口が、聞けなかったからだ。

アリシャが倒れ大騒ぎになってから…レイファスは自分の裸の下半身見つめ、ゆっくりと、ズボンを引き上げた。

ここに、今アリシャはいない………。
けど…………。

頭の片隅で、ファントレイユが病弱だ。
と言う事だけは、かろうじて残ってた。
彼がもし卒倒したら…やっぱりとても、厄介な事に成る。

レイファスは必死で自分を抑え込んだ。
ファントレイユがやっぱり…首、傾げて尋ねる。
「あの…おトイレ?
……女の子って…言い出せないって。
でも僕、平気だから。
いつでも言って。
場所、教えるから」

『人形が何一人前の人間みたいな事、言ってんだよ!』

………やっぱりレイファスは、キレそうになっていた。
でも凄く、我慢した。

昼食の席でもレイファスは何だかげっそり疲れすぎて、上品に食事する母アリシャとセフィリアと人形(ファントレイユ)の間で、彼にとってはそれは小食で控えめな、食事を終えた。

午後は窓開け放たれた部屋の、籐の椅子で昼寝をした。
ファントレイユの習慣だそうだ。

レイファスはそこで本気で、眠ってしまった。
目が覚めると暗くなっていて、帰宅に丁度良い時間で、やったっ!
と思い、アリシャを探したが、アリシャはセフィリアと横の部屋でお茶とお菓子摘まみながらまだ、喋っていて、レイファスの姿見た途端アリシャが笑って言った。

「今夜は泊めて頂くわ。
ファントレイユのお部屋でお休みなさい。って。
セフィリアが」

やっぱり、レイファスの頭の中で弔いの鐘が、ごぉーーーーーん!
と大音響で、響き渡った。

ファントレイユが困ったようにもじもじしていて、レイファスは腹立ち紛れにその横を通り過ぎる時、思い切りその足先を、踏みつけて通り過ぎた。

普通なら
『痛っ!』
と叫ぶ声が聞こえるものだが聞こえなくて、振り向くとファントレイユが顔を痛そうに歪め、足先に手を、伸ばそうとしてた。

だがレイファスはその様子につい、思ったのだ。
『ちゃんと、痛いんだ』

じっと見てるレイファスに、ファントレイユは思い直したように顔を上げ、何でも無い。と示すように微かに、微笑った。

レイファスは顔背け…その様子をどこかで見たように思って…思い返し、記憶の中を探し続けた。

“ああ…ローダーだ”

一緒に走ってる時、間違えて思いっ切り足踏んで…慌てる僕にローダーは
『大丈夫』
と言うように…茶色の瞳を向けて、何でも無いようにスタスタと歩いて見せてくれた。
そして振り向き
『ホラ…!』

駆け寄ると走り出すから、一緒に並んで走った。
犬は笑ったりしないと庭師は言ったけど…自分に振り向くローダーはその時、確かに笑ってた………。

レイファスは夕食のテーブルに付くファントレイユを、そっ…と伺う。
やっぱり…人間には見えなかった。

けれどもう、人形にも、見えなかった。


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