折角転生したのに生殺し!〜転生令嬢は素敵な旦那様といちゃらぶしたい〜

sorato

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降って湧いた縁談

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 アネッサ・メルリデスには、前世の記憶がある。所謂”異世界転生”というやつだ。
 元々ネトサもラノベも大好きだった彼女は、前世の記憶を思い出した5歳の頃からずっとわくわくが止まらなかった。なんてったって、前世で夢にまで見た異世界転生である。
 残念ながら、アネッサにはチート能力はなかった。異世界転生ものにおいて定番である魔法の存在する世界ではあったものの、小さい頃に受けた魔力判定ではアネッサの魔力は最低レベル――生活魔法が最低限使えるレベル――だった。それを知ったときアネッサは密かに泣いたものの、落ち込むアネッサを慰める父曰く、余程騎士や魔法具師などを目指す者以外であれば、最低限生活魔法さえ使えれば生きていくのに困難はないらしい。そもそも、貴族であれば使用人がいるので生活魔法すら使う機会は早々ない。勿論、アネッサは魔法への憧れが人一倍あったので生活魔法も嬉々として練習したが。中二病よろしくたらたらと詠唱を口にして初めて炎を表出させたときの感動といったら、本当に踊り出しそうな位であった。勿論淑女教育が始まっていたので表立っては踊らなかったけれども、脳内はそれ位の大騒ぎだったのだ。これは魔法が当たり前のこの世界の人間には一生分からない感動に違いない。まあ、その炎も小指一本分くらいでとても小さなものだったし、何度練習しても手の平より大きくなることはなかったのがアネッサの魔力の限界を物語っていたが。
 他には、と思い知識チートが使えないかを模索するために屋敷内の書室や王宮の図書館にも通い詰めた。まずはこの世界にある知識を知った上で、この世界にない知識を活用できればと思っての行動であったが、結果的には意味がなかった。何しろ、ほとんどの技術は既にあり、なくとも魔法ないし魔道具で賄われている。前世で一般人であった彼女に特別活用できる知識はなかった。料理も元から美味しいし。強いて言うならネットが欲しかったが、それこそネットの整備の仕方なんて分かる筈はない。

 けれども貴族令嬢としては比較的美しいと思われる(美の認識が違うかもしれないので断言できないがアネッサの美的感覚ではかなり美しい)顔、前世の自分垂涎のボンキュッボンの身体を持っていた。強いて言うならこれがチートと言ってもいいかもしれない。父も(親の欲目かもしれないが)世界一美しいと猫可愛がりしてくれるし、使用人たちも(立場的にそう言うしかないのかもしれないが)麗しいお嬢様にお仕え出来て幸せだと言ってくれている。
 前世では、本当に平凡な顔に中肉中背――人によっては少しぽっちゃり――で、喪女だった。自分に自信がなく、異性と楽しく話すことができずにひたすらネット等に逃げていた。それ故に、異性とのアレコレに並々ならぬ憧れがあり、理想の男性との甘い生活、もとい性活を夢想しては一人で色々と自己開発に励んだものだ。細かくは省くけれども。そして、その性への貪欲さは現在のアネッサも余すことなく引き継いでいる。
 幸い、アネッサは侯爵家というそこそこ高い爵位を持つ家の娘として生を受けた。母は早くに儚くなったが父からは溺愛されており、ある程度の政略結婚は求められるものの多少なら我儘も聞いてくれる余地がある。
 今世の美しい見た目と地位であれば、前世の彼女が叶えたくて堪らなかった「好みの人との爛れたいちゃらぶ性活」が送れるかもしれない、いや、送ってみせる!――…アネッサはそんな野望を胸に抱えたのだった。







 ◇








「アネッサ、そろそろ婚約する気はないかい」
「……良いですけれど、私、好みの殿方でなければ嫌ですわ」

 神妙な面持ちで話し始める父に向かって、アネッサはいつも通りのお決まりの文句を投げた。ここ何年かで何度も繰り返した問答である。アネッサには理想を諦める気はないので、こと婚約に関しては普段以上に強気の姿勢だ。
 普段であれば、はあ、と大きく溜め息を吐くか自信なさげに釣書を差し出してくるアネッサの父であったが、今日だけはにっこりと笑って、「もちろんだとも!」と元気の良い言葉が返ってきた。どうやら、今回は父の中でかなり自信があるらしい。

「まあ。お父様がそれほど仰るなんて、どこのどなたかしら?」

 今までも、父は何人もの釣書を持ってきてはアネッサに一蹴されている。アネッサは何度も自身の好みを伝えたけれども、父は父で「我が侯爵家に見合う家柄でなければ…」とかなんとか言って、結局双方が納得する方を見繕えないまま、アネッサは18歳というこの世界では行き遅れ――大体の貴族令嬢は15歳には婚約者がおり、18歳には婚姻する――と言われる年齢に到達してしまっていた。
 アネッサとしては折角転生して二度目の人生を送っているのだから、一切の妥協もしたくない。父には悪いが、納得いくまで婚約するつもりはなかった。

「このお方なんだが」

 そう言って父がアネッサに差し出したのは、一枚の絵姿だった。
 きりっとした少し太い眉に、意志の強さを思わせる深紅の二重の瞳。鮮やかな赤髪はそれほど長くなく前髪も綺麗に撫でつけられていて、口元は固く閉じられている。すっと通る鼻筋の造形も美しい。

「まあ。とても男らしい方で、今までで一番好みの殿方ですわね」
「ああ、そうだろう?それに、釣書に同封される絵姿というのはな、大体美化されて描かれるものだ。実際は、この何倍もすごい」
「……何倍も?」
「ああ、何倍も。お前の好みの方に向かってな」
「………そう。お仕事は何をなさっている方なのかしら」
「騎士団の団長だ」
「騎士団の団長様ですって!?」

 父の追加情報に、アネッサは思わず声を張り上げた。
 騎士団。騎士団といえば、アネッサ好みの素敵な殿方が集まっていることで(アネッサの中では)有名な、いわば聖域、理想の園である。
 これまで何度アネッサが「騎士団に所属しているような殿方が好みだ」と具体的に示しても、父は「あそこは平民ばかりだから駄目だ」と言って検討すらしなかったというのに。そこのトップである騎士団長の釣書を持ってくるとは、なんて娘思いの父なのだろうか。アネッサは初めて父に尊敬の念を抱いた。

「国家所属第五騎士団の騎士団長だ。あそこは特に”すごい”と評判だろう?」
「だ、第五騎士団ですの!?そんな……そんなことって……!」
「あそこの騎士団長は珍しく侯爵家の次男でな、以前から婚約者がいたようなのだが……あまりに”すごい”ので、最近になってその婚約者に逃げられてしまったらしい。それで、ちょうど婚約者を探していたというのだ。長男がいるから跡を継ぐ必要はないし、婿養子でも良いと言っている」
「まあ!なんということでしょう……。私、一目お会いしたいですわ」

 第五騎士団といえば、国の要ともいわれる騎士団の中でも最重要団体だ。国に何かあれば率先して盾となり、そして剣となり。魔法が攻撃防衛の主体と言われているこの世界において、珍しくその身体と身につけた剣技で武功を上げている者達。攻撃魔法は確かに火力が凄まじいし協力ではあるけれど、詠唱に時間がかかる。酷く長ったらしい中二病的な文言を紡がなければ発動しないものなのだ(それはそれで心擽るものがあるしアネッサも生活魔法の下りで散々やったけれども)。だから、実際の戦闘ではその詠唱時間を稼がねばならない。その時間稼ぎをする集団こそが、第五騎士団なのである。
 アネッサはずっと、そのような勇ましく筋肉隆々な殿方と結婚し、甘々でいちゃらぶな性活を送ることを人生の目標としていたのだ。突然降って湧いた縁談に、アネッサは爛々と瞳を輝かせた。

「ああ、会わせてあげよう。どうやら、その以前の婚約者というのも、最初に絵姿を送り合った以降は文通だけでやりとりをしていたようでな。実際に会ったら、お相手の令嬢が泣き崩れたというのだ」
「あら。あまりに素敵な殿方と出会った感動で泣き崩れてしまったのかしら?」
「お前じゃあるまいし、そんなわけなかろう。――…とにかく、先方も正式な婚約の前に一度顔合わせし、結婚生活が最低限維持できると分かった上で書類を取り交わしたいらしい」
「願ったり叶ったりですわね。ぴったりすぎてまるで夢みたい」
「本当に。あまりに好都合すぎて私も疑っているところだ」

 アネッサは再び手元の絵姿を見て、す、とその輪郭を撫でた。無骨そうに見えるけれども、実際にはどのような殿方なのだろうか。見た目からすれば声は少し低めかもしれない。それならば大変セクシーで良い。この色素の薄い唇でアネッサと呼んでもらえたならば、きっと感動と興奮で悶えてしまうに違いない。
 絵姿で既にこれ程素敵さが伝わってくるというのに、これよりも何倍も素敵な殿方だなんて、本当にいらっしゃるのか――…そう疑いながらも、かの有名な第五騎士団の団長様ということで、アネッサは逸る胸を抑えるように目を閉じたのだった。






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