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第三者から見なくとも十分痴女
しおりを挟むアネッサは学んだ。この世界の性教育には期待をしてはならない、ということを。本来であれば魔法等前世のアネッサの知らない技術と知識で理想の男性像そのものであるジルヴェールにどろどろにしてもらうことがベストではあったが、それが叶わない世界なのだ。仕方がない。
そして、この世界においては前世でネットの荒波に揉まれ情報だけは仕入れてきた――耳年増ともいう――アネッサこそが、性教育の第一人者なのである。
であるとするならば、アネッサが前世より熱望してきた「好みの人との爛れたいちゃらぶ性活」を実現させるためには、アネッサ自身がジルヴェールにえっちの素晴らしさをお教えするしかない。アネッサは固く決意した。
流石に実際に婚姻に至るまではえっちするわけにはいかないが、その前段階までなら処女を喪うわけでもないし許されるだろう。そもそもそういう概念が薄いので、恐らく誰かに咎められるということもない。
そうと決まれば、まずはジルヴェールとの仲を深めなければ――思い立ったアネッサは、ジルヴェールへと手紙をしたためた。
◇
婚約者になったばかりの相手との仲を深めるためには何をすればいいか。前世どこに出しても恥ずかしくない喪女であったアネッサには異性との仲の深め方等さっぱり分からなかったが、確か世の男女はデートをしていた筈だ。クリスマスやバレンタインなどのイベント事は勿論、放課後デートやらお家デートやら、交際関係にある二人が一緒にいればそれすなわち場所関係なくデートなのだ。恐らく。重要なのはどこに行くかではなく、何をするか。端的に言えば、いちゃいちゃできればそれで良いのである。ひとまずの目標はキスだ。分厚い教本に書かれた触れ合うだけの優しいキスも良いが、出来れば舌同士を絡めた深いキスがしたい。
というわけで、アネッサはジルヴェールとデートをすることにした。まず初めにアネッサはジルヴェールへ要約すると「お互いのことをより知るために一緒に出掛けたい」という旨の手紙を出した。それに対し、ジルヴェールからも諾の返事があった。さあではどこへ行こうということになるのだが、アネッサが巷のことに詳しい侍女へと事前に情報収集をしたところ、一般の貴族の男女はオペラ鑑賞や格式高い喫茶店でお茶をしたりするのが主流であるらしい。その中でもどの演目を見るとか、どこの喫茶店に行くとかの流行はあるようだったが、どうもジルヴェールが喜ぶとは思えない。いや、見た目によらずそのような趣味があるとするならそれはそれで可愛いしギャップ萌えではあるけれども。
そこで、アネッサはジルヴェールに選択肢を提示した。一つ目、定番のオペラ鑑賞。二つ目、どちらかの家でのお茶会。三つ目、一般公開されている国管理の庭園の散策。デート経験のないアネッサにはこれ以上の選択肢が思い浮かばなかったのである。無念。
一つ目は言うまでもなく世間一般で一番無難な選択肢だ。ジルヴェールは選ばないだろう、とアネッサは踏んでいるし、一般常識を考えてとりあえず入れてみただけである。
二つ目はアネッサの第一希望である。周りに全く関係のない第三者がいない環境というのが良い(勿論侍従や侍女はいるけれども、気心が知れているし彼らは壁の役割に徹してくれるのでそれ程気にならないのである)。距離を縮めるのには最高だとアネッサは考えている。ただ、話題等が出なかった場合はかなり盛り下がる危険性も高い諸刃の剣でもあるが。
そして、三つ目。アネッサの中ではジルヴェールはこの選択肢を選ぶのではないかと予想している。ジルヴェールは普段騎士団で身体を動かしており、あの鍛え抜かれた素晴らしい身体つきからして日頃から鍛錬を欠かさないのだろうから、長時間座っているのはあまり好きではないのではないかと考えたからだ。
結果、三つの選択肢からいるジルヴェールが選んだのは――……。
「アネッサ嬢、手を」
「ありがとうございます、ジルヴェール様」
(…まさかの、オペラ鑑賞…っ!え、実はオペラ鑑賞お好きなの?選んだ演目も恋愛ものだし、意外過ぎる…。感動シーンで泣いてしまったりするのかしら?なんて可愛いの。大変だわ。ジルヴェール様の表情を一時も逃さぬよう目に焼き付けねば)
アネッサは予期せぬ事態に内心てんてこまいしながらも、笑みを浮かべてジルヴェールの手を取った。なんと、ジルヴェールはオペラ鑑賞を選択してきたのである。しかも、こちらから特に指定していないのに演目は女性受けの良さそうな恋愛もの。よくあるお涙頂戴系の切ない悲恋物語である。こういった演目はアネッサは嫌いではない――寧ろ好きの部類に入る――のだが、いかんせん感情移入しすぎて泣いてしまう傾向がある。本日はジルヴェールとのデートということもあって侍女にはできる限り美しく見えるように化粧をしてもらったので、出来れば号泣は避けたいところだ。初デートで顔が崩れる等あってはならない。言う程厚化粧ではない筈だが、アネッサは泣くと目元も頬も鼻も真っ赤になるタイプなのである。
「ジルヴェール様、こういったところにはよく?」
「え?ああ、いや。部下達に、女性はこういうものが好きだと聞いたから。俺――私はそういうのに疎くて、あまりよく知らないんだ。申し訳ない」
「いえ、そんな!私のことを考えて選んでくださったのですね。嬉しいです。それと、もし私の前だからと言葉遣いを気にしてくださっているのなら、お気遣い不要ですわ。素のジルヴェール様を知りたいので」
「……そうか。すまないな、俺の慣れない言葉遣いで逆に気を遣わせたようだ。簡潔すぎる言い回しは怖がられると再三父に言われてなんとか直そうと思ったんだが直らなくてな。せめて一人称くらいは貴族らしくと思っていたが……自分でもむず痒くて、なかなか」
そう言って苦笑するジルヴェールの笑みを被弾したアネッサは、心の中で悶絶しながらなんとか「身に着いたものを変えようとするのは難しいですよね」と無難な返答をすることが出来た。淑女教育の賜物である。ひとまずは淑女の仮面をつけ続けることができているが、この調子ではアネッサの方こそいつ本性がぽろりと出てしまうか気が気ではない。ジルヴェールの一挙手一投足に萌え悶えているなんて知られたら、変態の誹りを受けかねない。
「まあそんなわけで、俺はオペラなども詳しくなくて悪いんだが…。せめて寝ないようにはしたいと思う」
「ふふ、ジルヴェール様ったら」
そんな会話をしたのが、体感40分ほど前。オペラの演目もなかなか良い場面に差し掛かろうかという頃、まさかの事態が起こった。
「……すぅ……」
――…ジルヴェールが寝たのである。
確かに「寝ないように」云々と話していたものの、ああいったものは大体は冗談であって、アネッサも、ジルヴェール様は冗談も仰るタイプなのね、可愛いわ。騎士団長として固いばかりかと思えばそんな風に気さくな一面も見せてくださるなんて感激。先程は部下の方々のお話も出ていたけれど、その方々とはどのようにお話しされるのかしら、見てみたいわ。騎士団って確か公開訓練とかなさっているのよね、見に行きたいとか言ったらお許し下さるかしら……等と思っていたわけなのだが。
(もしかしたら、お疲れだったのかしら)
騎士団長であるジルヴェールは、身体を動かすような現場の戦闘業務は勿論、書類などのデスクワークもあるという。身体も頭も酷使する仕事環境の中で数少ない休みをアネッサに割いてくれたのだから、疲れていても仕方がない。元々オペラに興味があるわけではないと話していたし、ここは起こさずに睡眠の確保を優先させる方が良いだろう――そんな言い訳を考えながら、アネッサはジルヴェールの寝顔を覗き込んだ。
いつもは凛々しくきりりと上がっている眉が下がり、幾分かあどけなく見える。薄らと開かれた口唇は呼吸が繰り返される度にすう、すう、と寝息を立てており、それが余計にアネッサの胸をきゅんとさせた。なんというのか、母性本能を刺激されるとでもいうべきか。アネッサ自身は前世も今世もアブノーマルな嗜好は持ち合わせていないつもりだが、ジルヴェールが希望するならば母性味溢れる授乳手コキとやらをするのも吝かではない。多分希望はしないだろうが。寧ろアネッサ側に興味がある。前世の彼女はアネッサのようにボンキュッボンではなかったので、ボンを活かしたプレイはちょっとやってみたいのである。性知識の薄いこの世界であれば、それ程変態的なこととは思わせずにそういったプレイを出来るかもしれない。アネッサは要検討とした。
「それにしても、素晴らしい筋肉だわ…。少しだけ触っても怒られないかしら」
こっそりと呟きながら、アネッサは躊躇なくジルヴェールの鎖骨に触れた。眠っており抵抗できない相手を触るなど申し訳ない気持ちがないわけではなかったが、それよりも前世からの興味関心の方が圧倒的に勝ってしまった結果だ。
少し骨ばった鎖骨から指を滑らせ、服越しに胸筋を撫でる。少し押してみると、思ったよりも柔らかい。力を入れていない筋肉って想像以上に柔らかいのね、これが雄っぱい……とアネッサは感動に打ち震えつつ、さわさわと素晴らしい雄っぱいを撫でまわした。貴族だからと半個室――カップルシートのようなもの――に通されていたから良いものの、第三者から見れば痴女である。いや、第三者から見なくとも十分痴女なのだが。
「…ん、…」
ある一点を掠めたとき、ジルヴェールからくぐもった声が漏れた。アネッサが思わずその一点をふにふにと触っていると、その感触が段々と芯を持ち、固くなっている。合間に漏れる「っふ…、…ン」という吐息のような声のような色っぽい音色に思考が停止していたアネッサがハッと意識を取り戻したときには、そこは既にぷくりと存在を主張していた。
「これ、ちく…っ」
感動のあまり大声が出そうになって、アネッサは反射的に両手で口を押えた。危ない。半個室とはいえ他にも人がいる中――しかもオペラの真っただ中――で秘めたる箇所の名称を叫ぶところだった。
やはりジルヴェールの魅力的すぎる身体は危険である。本来であればもう少し筋肉を堪能したかったアネッサだったが、これ以上触れていれば痴女バレは回避できないだろうと判断し、オペラへと意識を集中させることにした。勿論、ジルヴェールの色気むんむんの声や吐息と乳首の衝撃で集中出来なかったことは言うまでもない。
◇
「…すまなかった…!」
オペラの演目が終わりを迎え、周りの客たちがぞろぞろと帰宅のために立ち上がった頃、アネッサはジルヴェールの肩を揺さぶって彼を起こした。起きてすぐ「…ん、アネッサ嬢……?」と少し掠れた、どこか甘さを含んだ声で名を呼ばれてアネッサは密かに身悶えたのだが、まあそれは割愛として。
数拍遅れて状況を把握したジルヴェールは、前世のサラリーマンを彷彿とさせるような見事な角度で頭を下げた。
「そんな。お顔を上げてください」
アネッサが声を掛けて漸く顔を上げたジルヴェールは、真っ青な顔をして「本当に申し訳ない」と再度謝罪の言葉を述べた。往来でのやりとりは周りの注目を集めてしまったので、ひとまずは馬車に乗ろうと帰宅のときのために待機させていた馬車に乗り込む。
「…まさか、本当に寝てしまうとは…」
途中で寝てしまったからと罪悪感に苛まれているようだが、そんなジルヴェールの目の前にいるのは寝ている無防備な人間の身体をまさぐった紛れもない痴女である。初デートで昼寝をしただけの男とその男を辱めた痴女。どちらの罪が重いのかなど、火を見るよりも明らかだ。
勿論「私は寝ている貴方の乳首まで弄ったのだから謝る必要なんてありません」などということは言える筈もないが、自分と比べたら微塵も悪いこと等していない相手に謝られるというのはどうにも申し訳がなさすぎる。
「実は、私も途中で寝てしまったのです」
「…アネッサ嬢が?」
「ええ。ですから、途中から内容も曖昧で…。私がしっかりと観ていれば、ジルヴェール様に内容をお伝え出来ましたのに。折角ジルヴェール様がお誘いくださったのに、申し訳ないですわ。謝罪いたします」
「あ、いや。…お互い様だから、気にしないでくれ」
「そう言ってくださると気持ちが楽ですわ。どうか、ジルヴェール様もお気になさらないで」
実際に、アネッサは途中からジルヴェールの身体に夢中でオペラの内容が全くと言って良い程頭に入っていない。ジルヴェールから「俺は寝てしまったが、アネッサ嬢は面白かったか?どんな内容だった?」等と問いかけられたら一巻の終わりである。
アネッサも寝てしまったのだと言えば、ジルヴェールは気が楽だろうし内容を突っ込まれることもないだろう。一石二鳥の作戦に、アネッサは自身を褒め称えた。
「…アネッサ嬢は優しいな」
「そんなこと」
「謙遜しなくていい。…アネッサ嬢がまだ俺に呆れていないのなら、挽回の機会をくれないか?今度は、身の丈に合った内容にするから」
「…ええ。また一緒に出掛けられたら嬉しいですわ」
アネッサの言葉に、ジルヴェールは嬉しそうな笑みを浮かべた。やはりイケメンの笑みは破壊力が凄まじい。
「……着いたようだ。今日は本当にすまな――…ああ、いや。今日は本当にありがとう。今度は俺から誘わせてくれ」
「こちらこそありがとうございます。お誘い、お待ちしておりますね」
ジルヴェールのエスコートを受け、アネッサは馬車を降りる。去っていく馬車が見えなくなるまで見送ってから、アネッサは屋敷の中へと歩を進めた。
途中の色々の所為で当初の目標だったキスを達成できていなかったことを思い出したのは、いざ寝ようとベッドに横になってからであった。
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