この状況には、訳がある

兎田りん

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真実は一つとは限らない

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「怪盗が現れるのは月のない夜。つまり、暗闇に紛れて大切なものを盗んでいくんだ!学園で起きている盗難事件も犯行時刻は夜に違いない!」
 そんな自信満々に言われても困る。昼間でも堂々と盗みを働く怪盗もかいるんだよ?
 ただし、囚われのレディに花を一輪手渡して「今はこれが精一杯」というやり取りが映えるのは月のある夜。これは譲らない。
「いえ。移動教室で教室を離れている時刻や放課後の時間帯が多いと報告を受けているので、昼の犯行です」
 俺のこだわりはさておき、バルロ君の「夜間犯行説」は即否定される。
 盗難事件の調査チームの一員でもある初等部長、アスベル君が言うなら間違いない。

「夜は申請の出ている施設以外は魔法で施錠されるから簡単には侵入できないよ」
 聞いた話では虫も入らないらしい。バリアみたいに弾くのかな?
「入れても記録は残る。国宝級の宝なら兎も角、品は学生の私物であろう?物盗りもそこまで割に合わぬ事はするまい」
 はい。職員からも「夜に校内侵入とか無理でしょ?」という証言が出ましたよ。
 メイナース先生の「割に合わない」は「警備(魔法)を突破する価値があるならしたらいい」に聞こえてしまうのは気のせいか。そこは個人の感覚で違うから、なんともコメントしがたい。
 これにはバルロ君もぐうの音…どころじゃないな。「え?そうなの?」って顔してる。
 学園の施設紹介で「夜はガッツリ施錠するから、入りたい時は手続きしてね」って言われてたはず。転入生でも説明は受けてる…よね?
 バルロ君の事だから、説明されたけど聞いてなかったパターンかな?やらかす前に確認できたのはよかったね。

「だが、夜に悪事が多いのは事実だ!」
 うん。この状況下でシェアカテ君のその意見は少し苦しい。
「闇が悪事を行うんじゃない。悪い心を持つ者が闇を利用しているだけだよ」
 ほら言い返された。
「光と闇は対なすもの。動と静と同じ。どちらか片方が欠けると世界は崩壊する。僕らが睡眠を取らないと体調を崩すのと一緒だね」
 なんか…高貴な存在からわかりやすい説法を賜っている気分。いや、高貴な存在は事実だ。
 レミール様はこの世界の神ラキアータ様が丁重におもてなしする存在。つまりワールドピラミッドの最頂点。
『世界の法則の下で活動してるこの身は創世神ラキアータ神よりは下だよ』
 ハハッ、ご冗談を。

「光も闇もただそこに在るものにすぎず、善悪は使う者が勝手に決めているだけ。闇の色を持つ彼が悪でないのが証のひとつになるだろう」
 幼子に語りかけるように優しい声色で紡がれる言葉を俺は黙して受け入れる。室内灯の光に照らされたキラキラのまつ毛が長くて神々しい。拝みそうな気分になった瞬間に『それは無しで』と脳内に入るツッコミのタイミングも実に素晴らしい。
「ファルムファス・メロディアスは盗難事件の容疑者だ!」
 バルロ君のこの空気の読まなさは逆にすごいな。
「完全なる冤罪だし、事実であったとしても俺の休学(メロメ国遠征)中に起きた分の証明が不足しているので却下」
 初手から間違ってる上に、何故いない時に起きた罪も加算されるのか。

「会ったことない学生の私物に手を出す理由がないよね」
 そもそも俺は人の物に手を出す程困ってないし、欲しいとも思わない。欲しいものがあったら父上におねだりしたら大抵のものは手に入るはず。試した事ないけど。
 領地なしとはいえ我が家は侯爵家。父上も宮仕えエリート高給取りで使用人をそこそこの数雇えるくらいの蓄えはある(整えられたメロディアス邸我が家を思い出す)。
 それにほら、俺自身でいうと前世の豊かさを経験しちゃってるから、この世界で欲しいものなんて限られてくるんだよね。イヤイヤダッテ!ってごねる程のモノが無い。
 欲しいものはあるよ?…欲しいけど存在が無いんだよ!ネット環境がッッ!!(魂の叫び)

 俺のネット環境への渇望は一旦脇において…軽犯罪で人生を棒に振る気は全く無いんだよね。前世でも事情はともかく迷惑行為で警察のお世話になるとか一瞬のバズりと自分の人生とを天秤にかけるとか(釣り合わなすぎて)マジ無いって思ってたし。
 何よりこの世界、法国家って言っても環境が中世(俺の前世基準)だから、軽犯罪でも指とか手首とか切り落とす刑が普通にあるんだよ。痛みと失血で普通に死ねるレベル。まだ五体満足でいたい。
「スリルを求めて?」
「癖がおありで?」
「そんなものは無い(断言)」
 平穏なモブ生活を求めている俺だぞ?スリル!ショック!サスペンス!なんて避けて通りたいコンボだよ。魂の双子は都合いい所だけ乗ってくるな。
『それだけ(スキル諸々)積んどいて、平穏は無理では?』
 追い打ちを(脳内に)かけるのやめてくださいチキンは限定味も追加して下さい。味ポンジュレが中に入ったやつ食べ損なってたからそれがいいです。

『あ、ファルム君。彼のステータス見てて』
 ん?シェアカテ君のステータス?そういえば全く見てなかったな。
 シェアカテ君に意識を向け、ステータス表示をONに。ついでにバルロ君のも開いてみよう。
 レミール様にいろいろ教えていただいたおかげで、見える画面も調整できるようになりました。いきなり性癖見せつけられることはもうない(多分)
 あ、複数の時は対象の方向に出るんだ。よしよし。内容は調整した通りだな。
 見える(俺にだけ)画面には、名前と基礎ステータス、特記事項(殺意が高めなスキルとか、呪いとか。大抵の人は出ない)が表示されている。
 ここまでいじるのには苦労した。特に特記事項の表示バランス。ソート機能で抜いたのに増えるとかビックリだよ。

 <[ヤヅレ・バルロ]マッチェレル学園初等部2年(転入)。体力………>
 あ、転入してることも出るのか。うん。大体予想通りだな。状態欄の【夢の中へ】は初見だけど地に足がついてない原因だよね。状態異常ならスキルが効く………?本当に?
<[エルジ・シェアカテ《魔憑き》]マッチェレル学園初等部1年。体力………>
 ……うん?名前の後ろに付いてる《魔憑き》って何だ…?
 初めて見る表示に気を取られていた隙に、事は起こった。
「君の見たい真実と、僕たちが見ている真実。そして事実は全てが異なっているよ。誰一人として、同じ真実は見ていないんだ」
 レミール様の言葉に大きく精神を揺さぶられたのか、シェアカテ君の動きがおかしくなる。
「嘘だ…光は、絶対…あつ……正、義で……い……人、の、意思…な…や、………ああぁあぁ───ッ!!!」
 語尾が消える程の叫びと共に、シェアカテ君が火事の煤のように濁った煙を纏ったかと思った瞬間。爆ぜた。
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