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1章 転生勇者は追放される
第二話:灰色の影、檻の中の輝き
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王都の喧騒が遠のき、家々の影が長く伸びるスラムの一角。
腐った生ゴミと安酒の臭いが混じり合う地下への階段をアルスは重い足取りで降りていった。
アルスの持つギルドカードはすでにその魔力を失い真っ黒に染まっている。それが「追放者」の証だ。まともな宿にも泊まれず、食い扶持を稼ぐ手段もない。行き着く先は、法の光が届かない場所にしかなかった。
「……何の用だ、小僧」
薄暗い地下室。煙草の煙が充満する中、隻眼の男が受付のカウンター越しにアルスを睨みつける。ここは『影の寄標(かげのよるべ)』。公的には存在しないはずの非合法依頼(ブラック・クエスト)の仲介所だ。
「仕事が欲しい。……どんな内容でもいい」
「ほう、そのボロボロの格好……例の『嘘つき勇者』か。表でクビになったって噂はここまで届いてるぜ。お前にやらせる仕事なんて、下水道の掃除か、せいぜい死体運びくらいだがな」
男の嘲笑をアルスは無言で受け流す。
今は自尊心よりも今夜を凌ぐためのパンと折れた剣に代わる武器が必要だった。
「これを見ろ」
男が放り出したのは、ひどく汚れた羊皮紙だった。
『廃屋の地下倉庫からの荷物回収』。一見単純な運び屋の仕事に見えるがその場所は王都の外縁、かつて流行病で封鎖された「忌み地」にある。
「ただの荷物じゃない。ある貴族が密輸しようとして没収されかけた『商品』だ。騎士団の目が光ってるがお前のような"死に損ない"なら怪しまれねえだろう」
アルスはその依頼を頷いて引き受けた。
背後に流れる、不穏な魔力の胎動を感じながら。
月が雲に隠れた深夜。
アルスは指定された廃屋の地下へと潜っていた。
錆びついた鉄格子を僅かな魔力で加熱し音もなく断ち切る。
地下の空気は、地上よりもさらに冷たく、そして——異様に「濃かった」。
その濃密な気配の正体は、倉庫の奥に置かれた巨大な鉄の檻から放たれていた。
「……っ」
アルスは息を呑んだ。
そこには荷物などではない、一人の少女が囚われていた。
純白の髪は汚れ、襤褸(ぼろ)を纏っているがその瞳だけは夜の海のように深く強い意志の光を宿している。
そしてアルスは直感した。
彼女の背後に渦巻く、この世ならぬ巨大な魔力の「特異点」を。
彼女もまた、アルスと同じ。人智を超えた存在を惹きつける、あるいは彼女自身がその「核」となるような、異質な資質を持っているのだ。
「……あなたも、私を奪いに来たの?」
鈴を転がすような、だが氷のように冷ややかな声が地下室に響く。
その瞬間だった。
アルスの背筋にあの「忌々しい感覚」が走った。
「——伏せろ!」
アルスが叫ぶと同時に、地下室の天井が轟音と共に崩落した。
降り注ぐ瓦礫の中から現れたのは、銀色に輝く巨大な百足(ムカデ)。
『銀鱗の骸王(ボーン・センチピード)』。
土を喰らい、地脈を荒らす、本来ならば最下層のダンジョンにしか棲息しないはずの守護者(ガーディアン)級の魔物だ。
裏ギルドの「密輸品」である彼女の魔力に当てられ、またしてもアルスの「強者を引き寄せる」性質が、この王都の地下に化け物を召喚してしまったのだ。
「またこれか……。だが、丁度いい」
アルスは傍らに転がっていた、重厚な造りの黒鉄の棒を拾い上げた。剣ではないが、今の彼には十分な質量だ。
「おい、そこの白い君。……死にたくなかったら、俺の背中に隠れてろ」
少女は驚愕に目を見開いた。
目の前の男は、絶望的な化け物を前にして恐怖ではなく「日常の面倒事」を片付けるような酷く疲れた、けれど頼もしい背中を見せていたからだ。
アルスの中に眠る勇者の資質が静かに、しかし確実に拍動を強めていた。
腐った生ゴミと安酒の臭いが混じり合う地下への階段をアルスは重い足取りで降りていった。
アルスの持つギルドカードはすでにその魔力を失い真っ黒に染まっている。それが「追放者」の証だ。まともな宿にも泊まれず、食い扶持を稼ぐ手段もない。行き着く先は、法の光が届かない場所にしかなかった。
「……何の用だ、小僧」
薄暗い地下室。煙草の煙が充満する中、隻眼の男が受付のカウンター越しにアルスを睨みつける。ここは『影の寄標(かげのよるべ)』。公的には存在しないはずの非合法依頼(ブラック・クエスト)の仲介所だ。
「仕事が欲しい。……どんな内容でもいい」
「ほう、そのボロボロの格好……例の『嘘つき勇者』か。表でクビになったって噂はここまで届いてるぜ。お前にやらせる仕事なんて、下水道の掃除か、せいぜい死体運びくらいだがな」
男の嘲笑をアルスは無言で受け流す。
今は自尊心よりも今夜を凌ぐためのパンと折れた剣に代わる武器が必要だった。
「これを見ろ」
男が放り出したのは、ひどく汚れた羊皮紙だった。
『廃屋の地下倉庫からの荷物回収』。一見単純な運び屋の仕事に見えるがその場所は王都の外縁、かつて流行病で封鎖された「忌み地」にある。
「ただの荷物じゃない。ある貴族が密輸しようとして没収されかけた『商品』だ。騎士団の目が光ってるがお前のような"死に損ない"なら怪しまれねえだろう」
アルスはその依頼を頷いて引き受けた。
背後に流れる、不穏な魔力の胎動を感じながら。
月が雲に隠れた深夜。
アルスは指定された廃屋の地下へと潜っていた。
錆びついた鉄格子を僅かな魔力で加熱し音もなく断ち切る。
地下の空気は、地上よりもさらに冷たく、そして——異様に「濃かった」。
その濃密な気配の正体は、倉庫の奥に置かれた巨大な鉄の檻から放たれていた。
「……っ」
アルスは息を呑んだ。
そこには荷物などではない、一人の少女が囚われていた。
純白の髪は汚れ、襤褸(ぼろ)を纏っているがその瞳だけは夜の海のように深く強い意志の光を宿している。
そしてアルスは直感した。
彼女の背後に渦巻く、この世ならぬ巨大な魔力の「特異点」を。
彼女もまた、アルスと同じ。人智を超えた存在を惹きつける、あるいは彼女自身がその「核」となるような、異質な資質を持っているのだ。
「……あなたも、私を奪いに来たの?」
鈴を転がすような、だが氷のように冷ややかな声が地下室に響く。
その瞬間だった。
アルスの背筋にあの「忌々しい感覚」が走った。
「——伏せろ!」
アルスが叫ぶと同時に、地下室の天井が轟音と共に崩落した。
降り注ぐ瓦礫の中から現れたのは、銀色に輝く巨大な百足(ムカデ)。
『銀鱗の骸王(ボーン・センチピード)』。
土を喰らい、地脈を荒らす、本来ならば最下層のダンジョンにしか棲息しないはずの守護者(ガーディアン)級の魔物だ。
裏ギルドの「密輸品」である彼女の魔力に当てられ、またしてもアルスの「強者を引き寄せる」性質が、この王都の地下に化け物を召喚してしまったのだ。
「またこれか……。だが、丁度いい」
アルスは傍らに転がっていた、重厚な造りの黒鉄の棒を拾い上げた。剣ではないが、今の彼には十分な質量だ。
「おい、そこの白い君。……死にたくなかったら、俺の背中に隠れてろ」
少女は驚愕に目を見開いた。
目の前の男は、絶望的な化け物を前にして恐怖ではなく「日常の面倒事」を片付けるような酷く疲れた、けれど頼もしい背中を見せていたからだ。
アルスの中に眠る勇者の資質が静かに、しかし確実に拍動を強めていた。
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