9 / 53
幕間 仲考の乱心
しおりを挟む
ガシャーーーーン!
次々とけたたましく何かが割れた音が部屋中に響く。
だが、それを指摘する者は誰もいなかった。
言えば最期、文字通り首が飛ぶ可能性があるからだ。
「おのれ小娘が……!!! 調子づきよって……!! クソっ! クソっ!!」
机の上にあったもの全てを薙ぎ倒し、仲考は苛立ちを隠さずに手当たり次第に壁に物を投げ、蹴り飛ばし、踏みつけながら暴れ回る。
そして、部屋中のありとあらゆるものを破壊し尽くすと「はぁはぁ」と肩で息をしながら立ちつくした。
怒りのままに破壊したものは数知れず。
自分で後片付けをしないため、憤るたびに部屋中を散らかし、その汚しようは凄まじかった。
このときばかりは腰巾着である上層部や官吏達も仲考のところには近寄らず、女官や従者達もまた部屋の隅で彼の視線に入らないよう震えている。
なぜなら、かつて視界に入ったがばかりに八つ当たりで殺された女官や従者がいたからだ。
「よくも儂に小間使いなどさせよって! 殺してやる殺してやる殺してやる……!!」
仲考は懐刀を取り出すと、今度は目につくもの全てを切り刻む。
その姿はまるで癇癪を起こした子どものようだった。
思い通りにならない歯痒さ。憤り。恨み。つらみ。
それを怒りに変えて破壊の限りを尽くす。
それほどまでに仲考は朝議での花琳とのやりとりに腹を立てていた。
「あいつさえいなければ、あのクソ生意気な小娘ではなく、今頃儂がこの国を治め、天下を手にしていたというのに……っ! ぐぬぬぬ、林峰めぇ……!!」
本来であれば自分が秋王になれたかもしれないのに、とギリギリと歯噛みする。
それもこれも、当時の宰相である林峰が花琳を国王へと推したせいだと握る拳に力が入った。
連日連夜、前王である余暉が死ぬようにと祈り、やっと願いが通じて余暉が死んで、いよいよ自分の天下かと仲考が喜んでいたのも束の間。まさか妹である花琳を林峰が秋王に推すなどとはさすがの彼も予想外だった。
今まで自分が秋王になるために散々上層部の者達に便宜をはかり根回しをしてきたというのに、林峰が花琳を秋王だと推した途端にみんな手の平を返して花琳推奨派になってしまった。
仲考が女が国王になるなど前例がないことやまだ年端も行かぬ子どもだと説得しても、秋王の直系がいるのだからそれに継がせるのが道理だろうと言われてしまうとそれ以上何も言えず、引き下がらざるを得なかったのだ。
それならば、と秋王になった花琳を己れの話術で意のままに操ろうとしたが、彼女は彼女で非常に頑固で弁が立つ娘で、まだ幼いというのに確固とした信念があり、仲考の企みには全く乗ってこず、むしろ敬遠されるようになってしまった。
ならば国民に現秋王が偽りの王であり、さらに女だとバラそうとも仲考は考えた。
だが、バラしたら最期。情報漏洩で処罰される可能性や、他国に侵攻され、この国ごとなくなってしまうかもしれないことに気づいて、諦めざるを得なかった。
智略には長けているという自負する仲考だが、先んじて手を打っていた林峰に敵わず、結果今まで思うように動けなかった。
いや、根回しをしようとも代々宰相を担っていた彼の権力には勝てなかったのだ。
(あと少しで天下が取れるというのに……!!)
何もできぬまま時は過ぎ、一昨年、とうとう目の上のこぶであった林峰が峰葵に代替わりしたときは、待っていたとばかりに仲考は歓喜した。
やっと自分の時代がやってくる。
そう確信した仲考だったが、そう簡単にはことは進まなかった。
なぜなら、まだ年若いはずの峰葵は林峰並みに手腕があり、秋王達からの覚えもよく、さらに見目がよいと女官や民からも慕われ、太刀打ちできなかったからだ。
(あぁ、どいつもこいつも憎い、憎い、憎い……!!!)
上層部の奴らは口だけで役立たずの能無しばかりで、仲考の言葉にはいはいと従うもののいざというときは日和見で信用ならない。
そのため、いくら味方につけようとも分が悪くなると寝返る可能性があった。
林峰がいないぶん以前に比べて峰葵の統制力は落ちているが、それでもやはり歴代宰相を勤めていた家系だけあって一筋縄ではいかない。
花琳が峰葵側についているのもことが上手く進まない要因であった。
(とはいえ、こちらにも考えがある)
今まで練りに練った計画。
内容としては単純ではあるが、首尾よく進めば今度こそ念願の秋王になれるかもしれない、と仲考はほくそ笑む。
(使える駒は数多くあったほうがいい。捨て駒は無能なくらいが使い勝手がよくていいのだ)
ニヤリ、と仲考は口元を歪める。
暗躍し、根回しに人生を注いできた彼には駒となりうる人材にはことかかなかった。
「陳を呼べ。至急儂の執務室に来いと伝えろ!」
「はっ、はい! ただいま!!」
仲考が怒鳴りつけるように従者に言いつけると、部屋の片隅で縮こまっていた従者は慌ただしく出て行く。
(馬鹿と鋏は使いよう、と言うしな。秋の園遊会で目にものを見せてやる)
仲考は己れの考えに笑みが溢れる。
先程まで苛立っていたのが嘘のように、自分の計画の素晴らしさに惚れ惚れとしながら扇で己れを煽った。
(今に見ていろよ、小娘。儂が必ずや天下を取ってやる。どっちが格上か、見せてやろうじゃないか)
次々とけたたましく何かが割れた音が部屋中に響く。
だが、それを指摘する者は誰もいなかった。
言えば最期、文字通り首が飛ぶ可能性があるからだ。
「おのれ小娘が……!!! 調子づきよって……!! クソっ! クソっ!!」
机の上にあったもの全てを薙ぎ倒し、仲考は苛立ちを隠さずに手当たり次第に壁に物を投げ、蹴り飛ばし、踏みつけながら暴れ回る。
そして、部屋中のありとあらゆるものを破壊し尽くすと「はぁはぁ」と肩で息をしながら立ちつくした。
怒りのままに破壊したものは数知れず。
自分で後片付けをしないため、憤るたびに部屋中を散らかし、その汚しようは凄まじかった。
このときばかりは腰巾着である上層部や官吏達も仲考のところには近寄らず、女官や従者達もまた部屋の隅で彼の視線に入らないよう震えている。
なぜなら、かつて視界に入ったがばかりに八つ当たりで殺された女官や従者がいたからだ。
「よくも儂に小間使いなどさせよって! 殺してやる殺してやる殺してやる……!!」
仲考は懐刀を取り出すと、今度は目につくもの全てを切り刻む。
その姿はまるで癇癪を起こした子どものようだった。
思い通りにならない歯痒さ。憤り。恨み。つらみ。
それを怒りに変えて破壊の限りを尽くす。
それほどまでに仲考は朝議での花琳とのやりとりに腹を立てていた。
「あいつさえいなければ、あのクソ生意気な小娘ではなく、今頃儂がこの国を治め、天下を手にしていたというのに……っ! ぐぬぬぬ、林峰めぇ……!!」
本来であれば自分が秋王になれたかもしれないのに、とギリギリと歯噛みする。
それもこれも、当時の宰相である林峰が花琳を国王へと推したせいだと握る拳に力が入った。
連日連夜、前王である余暉が死ぬようにと祈り、やっと願いが通じて余暉が死んで、いよいよ自分の天下かと仲考が喜んでいたのも束の間。まさか妹である花琳を林峰が秋王に推すなどとはさすがの彼も予想外だった。
今まで自分が秋王になるために散々上層部の者達に便宜をはかり根回しをしてきたというのに、林峰が花琳を秋王だと推した途端にみんな手の平を返して花琳推奨派になってしまった。
仲考が女が国王になるなど前例がないことやまだ年端も行かぬ子どもだと説得しても、秋王の直系がいるのだからそれに継がせるのが道理だろうと言われてしまうとそれ以上何も言えず、引き下がらざるを得なかったのだ。
それならば、と秋王になった花琳を己れの話術で意のままに操ろうとしたが、彼女は彼女で非常に頑固で弁が立つ娘で、まだ幼いというのに確固とした信念があり、仲考の企みには全く乗ってこず、むしろ敬遠されるようになってしまった。
ならば国民に現秋王が偽りの王であり、さらに女だとバラそうとも仲考は考えた。
だが、バラしたら最期。情報漏洩で処罰される可能性や、他国に侵攻され、この国ごとなくなってしまうかもしれないことに気づいて、諦めざるを得なかった。
智略には長けているという自負する仲考だが、先んじて手を打っていた林峰に敵わず、結果今まで思うように動けなかった。
いや、根回しをしようとも代々宰相を担っていた彼の権力には勝てなかったのだ。
(あと少しで天下が取れるというのに……!!)
何もできぬまま時は過ぎ、一昨年、とうとう目の上のこぶであった林峰が峰葵に代替わりしたときは、待っていたとばかりに仲考は歓喜した。
やっと自分の時代がやってくる。
そう確信した仲考だったが、そう簡単にはことは進まなかった。
なぜなら、まだ年若いはずの峰葵は林峰並みに手腕があり、秋王達からの覚えもよく、さらに見目がよいと女官や民からも慕われ、太刀打ちできなかったからだ。
(あぁ、どいつもこいつも憎い、憎い、憎い……!!!)
上層部の奴らは口だけで役立たずの能無しばかりで、仲考の言葉にはいはいと従うもののいざというときは日和見で信用ならない。
そのため、いくら味方につけようとも分が悪くなると寝返る可能性があった。
林峰がいないぶん以前に比べて峰葵の統制力は落ちているが、それでもやはり歴代宰相を勤めていた家系だけあって一筋縄ではいかない。
花琳が峰葵側についているのもことが上手く進まない要因であった。
(とはいえ、こちらにも考えがある)
今まで練りに練った計画。
内容としては単純ではあるが、首尾よく進めば今度こそ念願の秋王になれるかもしれない、と仲考はほくそ笑む。
(使える駒は数多くあったほうがいい。捨て駒は無能なくらいが使い勝手がよくていいのだ)
ニヤリ、と仲考は口元を歪める。
暗躍し、根回しに人生を注いできた彼には駒となりうる人材にはことかかなかった。
「陳を呼べ。至急儂の執務室に来いと伝えろ!」
「はっ、はい! ただいま!!」
仲考が怒鳴りつけるように従者に言いつけると、部屋の片隅で縮こまっていた従者は慌ただしく出て行く。
(馬鹿と鋏は使いよう、と言うしな。秋の園遊会で目にものを見せてやる)
仲考は己れの考えに笑みが溢れる。
先程まで苛立っていたのが嘘のように、自分の計画の素晴らしさに惚れ惚れとしながら扇で己れを煽った。
(今に見ていろよ、小娘。儂が必ずや天下を取ってやる。どっちが格上か、見せてやろうじゃないか)
0
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる