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第八話 安寧の場所
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「はぁ……」
「花琳さま、大丈夫ですか?」
「大丈夫。これぐらい大したことないわ」
花琳が自室に戻り、項垂れるように座り込む。
すると、すかさず良蘭が戸を閉めてから肘掛けやら掛布やらを用意してくれた。
「ここのところ無理をしすぎでは? もう少しお休みになられたほうがよろしいかと」
「良蘭は心配しすぎよ。大丈夫、まだ私は若いし、上層部の耄碌ジジイ達に比べたら元気よ」
「またそんなことをおっしゃって……」
花琳は軽口を言うものの、実際彼女の負担はとても大きいものだった。
普段の公務では各地方の案件を取りまとめ判をつき、各国の情勢を鑑みながら遠征部隊を出したり自ら交流したりしつつ、上層部の監視もしなければならない。
完璧主義なせいで不正に目を瞑ることができず、敵を作りすぎている自覚はある。
だが、いかんせん国のことに関しては真面目で誠実でありたいという花琳は、どれも手を抜くことができずに常に過労状態だった。
「せっかくの昨日の休みだって市井に出られてしまうし」
「あれは息抜きでもあるからいいの。民と話すのは楽しいし。新鮮で新たな発見もあるもの」
「そうかもしれませんが、休むことも大切です」
「そうは言ってもなぁ。とうぶん休めそうにはないし……」
あれもやってこれもやって、と頭の中で考える。
優先順位をつけているとはいえ、国家運営となるとどれもこれもやらねばならない。
上層部が腐っているのもあって、ろくに仕事を回せずに増える一方なため、花琳は休む暇がなかった。
「でしたら、ここにいる間だけでも少しはお寛ぎください」
「はーい」
そう返事しながらも、用意された膨大な書簡を持ちながら文机に向かう花琳。
いずれ倒れるのではないかとヒヤヒヤしながら、良蘭は密かに溜め息をついた。
◇
「陛下」
書類に目を通していると、聞き慣れた声がして顔を上げる。
そこにはまだ帰って来たばかりなのか、額に汗を浮かべて服が乱れた明龍がいた。
「明龍。随分と慌てて来たのね。服が乱れてるわよ」
「明龍。いくら花琳さまが気安いからと言って陛下の御前ですよ。気をつけなさい」
「あ! す、すみません」
二人からそれぞれ指摘されて慌てて服を直し始める明龍。
いざというときには役に立つのだが、こういう抜けている部分があるのが玉に瑕である。
「それで、報告に来たのでしょう? 子ども達は無事?」
「はい。保護して隔離しております」
「そう。それで医師はなんと?」
「流行り病ではあるが、治らない病ではないとのこと。薬を飲み、静養すれば回復するとのことです」
「それはよかった。保護した官吏や医師達には十分な労いをしてあげて」
明龍には違法賭博の調査をさせ、ある程度の証拠が掴めたら官吏を使って関係者を一斉捕縛し、放置されていた子ども達を保護するように伝えたのだが案外早く片付いたらしい。
元々違法賭博や放置孤児については数々の訴えが上がっていたそうで、職務を怠っていた官吏を締め上げればいくつも証拠が確保できてすぐに一網打尽にできたそうだ。
「全く。上が腐ってるせいで、下まで芋づる式ね。どうにかしないと」
「その辺りは峰葵さまにお任せしたほうがよろしいのでは?」
「峰葵も峰葵で忙しいし、あまり仕事を投げるわけにもいかないわ」
「そんなこと言って、花琳さまは仕事を抱え込みすぎなのを咎められるのが嫌なだけでは?」
「そ、そんなことないわよ」
図星を指摘されて焦る花琳。
実際、峰葵からは仕事を割り振れと何度も言われていた。
しかし、あの人は信用できない、その人は派閥が違うから、と難癖をつけて割り振らずに抱え込んでいて、花琳は自分で自分の首を絞めていたのだ。
「過労で死にますよ?」
「まだ若いし、大丈夫よ。ねぇ、明龍?」
「え? えーっと、そうですね。陛下は僕より若いですけど、もう十八ですし、そろそろ無茶できるお年ではないのでは……?」
「はぁぁぁ!?」
「ひぃ!」
ドスを効かせた声を出すと、明龍は頭を隠して良蘭の後ろに隠れる。
良蘭は腕組みをしながら「花琳さま。すぐに明龍を虐めないでください」と溜め息をついた。
「とにかく、休息は大事です。皆も心配しておりますよ」
「だって、忙しいもの。仕事山積みなのよ? 休むのは無理だわ」
「ほう。何が山積みだって?」
「峰葵!?」
いつの間にか背後に忍び寄り、耳元で囁く峰葵に花琳が飛び上がる。
まさか耳元であの美声を聴くとは思わず、いつもよりもさらに動揺して心臓が口から飛び出しそうだった。
「いつもいつも心臓に悪い登場しないでよ!」
「正面から堂々と行くと身を隠すのは誰だ?」
「うっ」
「それで、誰が何の仕事を抱えているって?」
助けを求めようと花琳が視線を彷徨わせるも、なぜか近くにいたはずの良蘭も明龍も見当たらず。
そこでわざと二人っきりにされたことに気づいたが、後の祭りだった。
(嵌められた……!)
「久々の二人きりだな、花琳。たまには幼馴染同士語り合うか?」
逃げ出そうにも腕を掴まれて逃げるに逃げられず、花琳は大人しく観念した。
「花琳さま、大丈夫ですか?」
「大丈夫。これぐらい大したことないわ」
花琳が自室に戻り、項垂れるように座り込む。
すると、すかさず良蘭が戸を閉めてから肘掛けやら掛布やらを用意してくれた。
「ここのところ無理をしすぎでは? もう少しお休みになられたほうがよろしいかと」
「良蘭は心配しすぎよ。大丈夫、まだ私は若いし、上層部の耄碌ジジイ達に比べたら元気よ」
「またそんなことをおっしゃって……」
花琳は軽口を言うものの、実際彼女の負担はとても大きいものだった。
普段の公務では各地方の案件を取りまとめ判をつき、各国の情勢を鑑みながら遠征部隊を出したり自ら交流したりしつつ、上層部の監視もしなければならない。
完璧主義なせいで不正に目を瞑ることができず、敵を作りすぎている自覚はある。
だが、いかんせん国のことに関しては真面目で誠実でありたいという花琳は、どれも手を抜くことができずに常に過労状態だった。
「せっかくの昨日の休みだって市井に出られてしまうし」
「あれは息抜きでもあるからいいの。民と話すのは楽しいし。新鮮で新たな発見もあるもの」
「そうかもしれませんが、休むことも大切です」
「そうは言ってもなぁ。とうぶん休めそうにはないし……」
あれもやってこれもやって、と頭の中で考える。
優先順位をつけているとはいえ、国家運営となるとどれもこれもやらねばならない。
上層部が腐っているのもあって、ろくに仕事を回せずに増える一方なため、花琳は休む暇がなかった。
「でしたら、ここにいる間だけでも少しはお寛ぎください」
「はーい」
そう返事しながらも、用意された膨大な書簡を持ちながら文机に向かう花琳。
いずれ倒れるのではないかとヒヤヒヤしながら、良蘭は密かに溜め息をついた。
◇
「陛下」
書類に目を通していると、聞き慣れた声がして顔を上げる。
そこにはまだ帰って来たばかりなのか、額に汗を浮かべて服が乱れた明龍がいた。
「明龍。随分と慌てて来たのね。服が乱れてるわよ」
「明龍。いくら花琳さまが気安いからと言って陛下の御前ですよ。気をつけなさい」
「あ! す、すみません」
二人からそれぞれ指摘されて慌てて服を直し始める明龍。
いざというときには役に立つのだが、こういう抜けている部分があるのが玉に瑕である。
「それで、報告に来たのでしょう? 子ども達は無事?」
「はい。保護して隔離しております」
「そう。それで医師はなんと?」
「流行り病ではあるが、治らない病ではないとのこと。薬を飲み、静養すれば回復するとのことです」
「それはよかった。保護した官吏や医師達には十分な労いをしてあげて」
明龍には違法賭博の調査をさせ、ある程度の証拠が掴めたら官吏を使って関係者を一斉捕縛し、放置されていた子ども達を保護するように伝えたのだが案外早く片付いたらしい。
元々違法賭博や放置孤児については数々の訴えが上がっていたそうで、職務を怠っていた官吏を締め上げればいくつも証拠が確保できてすぐに一網打尽にできたそうだ。
「全く。上が腐ってるせいで、下まで芋づる式ね。どうにかしないと」
「その辺りは峰葵さまにお任せしたほうがよろしいのでは?」
「峰葵も峰葵で忙しいし、あまり仕事を投げるわけにもいかないわ」
「そんなこと言って、花琳さまは仕事を抱え込みすぎなのを咎められるのが嫌なだけでは?」
「そ、そんなことないわよ」
図星を指摘されて焦る花琳。
実際、峰葵からは仕事を割り振れと何度も言われていた。
しかし、あの人は信用できない、その人は派閥が違うから、と難癖をつけて割り振らずに抱え込んでいて、花琳は自分で自分の首を絞めていたのだ。
「過労で死にますよ?」
「まだ若いし、大丈夫よ。ねぇ、明龍?」
「え? えーっと、そうですね。陛下は僕より若いですけど、もう十八ですし、そろそろ無茶できるお年ではないのでは……?」
「はぁぁぁ!?」
「ひぃ!」
ドスを効かせた声を出すと、明龍は頭を隠して良蘭の後ろに隠れる。
良蘭は腕組みをしながら「花琳さま。すぐに明龍を虐めないでください」と溜め息をついた。
「とにかく、休息は大事です。皆も心配しておりますよ」
「だって、忙しいもの。仕事山積みなのよ? 休むのは無理だわ」
「ほう。何が山積みだって?」
「峰葵!?」
いつの間にか背後に忍び寄り、耳元で囁く峰葵に花琳が飛び上がる。
まさか耳元であの美声を聴くとは思わず、いつもよりもさらに動揺して心臓が口から飛び出しそうだった。
「いつもいつも心臓に悪い登場しないでよ!」
「正面から堂々と行くと身を隠すのは誰だ?」
「うっ」
「それで、誰が何の仕事を抱えているって?」
助けを求めようと花琳が視線を彷徨わせるも、なぜか近くにいたはずの良蘭も明龍も見当たらず。
そこでわざと二人っきりにされたことに気づいたが、後の祭りだった。
(嵌められた……!)
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