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第二十八話 霊廟

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 霊廟は歴代の秋王が奉られている墓所だ。
 扉を開くととても豪奢な造りで、中は半地下になっていて広々としている。

 外は明るかったが、中は陽の光が入らないような造りになっているため薄暗い。
 室内とはいえ外気は入ってくるため肌寒くて、花琳は身震いした。

 燭台に灯りをつけて持ちながら奥まで進むと、歴代秋王の遺骨と墓標がずらっと並んでいて、さすが王の墓所だけあって荘厳だ。

 花琳はその中でも最も新しい墓標を目指す。
 そこには余暉が祀ってあり、その墓標の前につくと燭台を置いて花琳は膝をついた。

「兄さま、久しぶり。あのとき追い出されてから私、言われた通りに秋王として頑張っているわよ」

 返事がない来ないことなどわかってはいるが、余暉に向かって話しかける花琳。

 返事がなくともきっとどこかで自分のことを見守ってくれているのではないかと、そのまま話しかける。

「ねぇ、あれからもちゃんと私のことを見てる? そうそう、私が考えた意見箱が好評なのですって。私なりに王として民のために少しでも国を良くしたいと思って考えたのだけど、どうかしら?」

 返事がなくても、花琳は語り続ける。
 この言葉が余暉に届くといいなと思いながら。

「頑張ってるでしょう、私。兄さまのようにはなかなか上手くはいかないかもしれないけど、私なりに頑張っているのよ。自分の力で。……峰葵の力に頼らなくても国民達を味方にしてより良い国作りができるよう努めるわ」

 今は誰の目もない、たった一人。
 だからこそ、素直に本音を吐露できた。

「きっと聡い兄さまなら気づいていたのでしょうけど、峰葵のこと好きだったの。でもダメね。峰葵とはやはり結ばれぬ運命だったみたい。わかってはいたけど。どこかで期待していた私がいたの。そんなわけないのにね」

 都合よく何かがきっかけで峰葵と結ばれる運命を夢想していたこともあった。

 けれど、現実はそう都合よく物事が進むわけもなく。
 幼さゆえの懸想だったと自嘲する花琳。

「そのうち、雪梅が峰葵の子供を身篭ったら私もきっと吹っ切れるようになると思うわ。まだ今はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ未練みたいなものがあるけど。でも私、そういう気持ちの割り切りができるようになったから。誰かさんのおかげでね」

 ちくりと余暉に対して嫌味も言っておく。

 これくらいならバチは当たらないだろう。

 実際に、余暉が亡くなってから身内が誰もいないという環境になったせいで花琳は自分の気持ちに分別がつけるようになった。
 峰葵に対して元々はべったりしていたにも関わらず、表立って好意を示さなかったのもそのせいだ。

 とはいえ、思春期辺りからあからさまに峰葵と距離を取り始めたのを見て、花琳の周りは花琳の気持ちに気づいてはいたのだが。

「とにかく、頑張ると決めたからにはこの命が尽きるまで秋王として頑張るつもり。だから兄さま、ちゃんと最期まで見ていてね。立派な秋王として勤めを果たすから」

 余暉に宣言しつつ自分の退路を塞ぐ。

 有言実行。

 自分に少しでも甘えがあれば気持ちが揺らぐかもしれない。
 これは、花琳なりの覚悟であった。

「じゃあまたね、兄さま。次は、もっと何か成果が出たらその報告しに来るわね」

 そう言って、立ち上がる。

 外にいる二人も待ちくたびれているだろうし、花琳自身も身体が冷え切っていた。
 かじかむ手をこすりながら、立ち上がって燭台を持ち、霊廟を出ようとしたときだった。

「話が違うじゃないの! どういうことよ!?」

 女のキャンキャンと甲高い声が聞こえて、足を止める。

 霊廟の外から聞こえる声のようで、かなり憤っているような女の声だった。

(この霊廟の隣って確か、後宮があったような)

 霊廟内であるため、外の様子は窺えない。方向的に良蘭と明龍ではなさそうだ。

 声は聞き覚えがあるようなないような、誰の声かは花琳の記憶では特定は難しそうであった。
 とりあえず後宮にいる誰かだろう、ということだけはわかる。

(雪梅の女官か従者かしら)

 外の待っている二人には申し訳ないが、つい好奇心が勝って静かに聞き耳を立てる。

 どうやら声の質的に男女が二人揉めているらしい。

「落ち着いてください」
「落ち着けるわけがないじゃない! やっと念願が叶ったというのに!」
「わかりましたが、声の大きさをもう少し抑えていただかないと、誰に聞かれるかわかったものではありませんよ」
「ふんっ、それはそっちが困るだけでしょう?」
「そうですかな? 峰葵殿に聞かれたら困るのはそちらも同じでは?」

 男の「峰葵」の言葉にドクンと胸が嫌な音を立てる。
 どうやら峰葵が聞くとまずい会話をしているらしい。

「わかったわよ。とにかく、こっちはまだ何も進んでないから、手出ししないでちょうだい」
「わかりました。こちらでどうにかことが上手く進むよう手筈を整えておきまする」
「さっさとそうしてちょうだい。……はぁ、忌々しいわ。特に、あの女! 秋王だかなんだか名乗ってるけどまだ小娘のくせに偉っそうに」

(今度は私のこと? 随分な言いようだけど、本当に誰なのかしら)

 花琳自身に身に覚えはないが、どうやら後宮の誰かに恨まれているらしい。

 会話の内容的に不穏な雰囲気を感じて、今は外に出るべきではないと花琳は悟って大人しく霊廟内で待つ。

 入り口の方向から鉢合わせすることはないだろうが、今花琳が外に出て良蘭か明龍どちらかと会話して彼らに花琳がここにいたと気づかれてしまっても厄介だった。

「思っていても口に出すのは最低限になさってください。ここは貴女さまが思っている以上に魑魅魍魎が蔓延っておりますから」
「煩いわね。わかってるわよ。それに、その言葉はあんたにだけは言われたくないわっ! はぁ、どいつもこいつもごちゃごちゃと煩い男だらけね。よくあの女も一人でここで身内もなくやっていけるわね。その辺に関しては評価してやってもいいかも」
「身内はおらずとも後ろ盾は大きいのです。とはいえ、まだ未熟。後ろ盾さえなければ無能であることには違いありません」
「人には思ったことを口に出すなという癖に随分と悪しざまに言うのね。まぁ、気持ちはわかるわ。無能なのに偉ぶって驕ってるヤツほどムカつくわよね」

(あまり自分の悪口を直接聞くのはあまり居心地いいものではないわね。仕方のないことだけど)

 わざと偉ぶるように振る舞っているのだから指摘はごもっともである。

 それに関してどうこう言うつもりはないが、少なからず憎悪を向けられているというのはあまり気持ちのいいものではなかった。

(誰かは知らないけど、何かよからぬことを目論んでいそうだし、気を引き締めないと)

 先日毒殺されかけたばかりだ。
 さすがに次はないだろうと楽観視はできない。

 仲考のことだ、失敗したのであればもう一度隙を狙って仕掛けてくるだろう。

「はぁ、寒い寒い。もう帰るわよ。変に疑われたくはないし」
「えぇ、ではまた何かあれば」

 花琳が息を殺していると、いつのまにか外から気配が薄れる。

 どうやら二人はどこかへ行ったらしい。

(何だったのかしら、一体)

 具体的なことは聞けなかったが、何やら行動を起こすことだけはわかった。

 それが何かはわからないが、今後目を配っておくに越したことはないだろう。

「さて、戻らないと。良蘭も明龍もきっと寒がってるわよね」

 花琳が慌てて足早に戻ると、良蘭が冷え切った身体で顔を青褪めながら抱き締めてくる。
 どうやら遅いから中で倒れていたのかと思ったと心配してくれていたようで、今にも霊廟に突入しようとしていたらしい。

 花琳が謝ると「もうお一人ではどこにも行かせません!」と良蘭から禁止令を出されてしまうのだった。
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