身代わりの花嫁は死神帝に愛される

鳥柄ささみ

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第八話

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「はぁ。はぁ。はぁ。私が、本物の美津よ。クズなんかに、奪われて、たまるもんですか……っ」

 美津が目指した先は帝の御所だった。
 既にお披露目は終了し、先程までごった返していた民衆も綺麗にいなくなっていて、辺りは静けさを取り戻していた。

「クズはこの中ね」

 御所の門の前に立っている守衛を見つけて、バレないようにとキョロキョロ辺りを見回す。
 さすがに正面から入ろうとすれば、不審者として拘束されてしまうだろうことは美津にもわかっていた。そのため、どうにかバレずに御所の中へと侵入しようと、正門以外に侵入できそうな経路を探す。

 すると、ちょうど奥まった塀のところの近くに大きなクスノキを見つけた。

「これに登れば……」

 華族令嬢の私がなぜこんなことをしないといけないのと憤りながらも、美津の頭の中では今すぐに葛葉を見つけ出すことしか考えてなかった。
 葛葉を見つけ出せさえすれば、今の状況から逆転し、本来自分が得られるはずだった幸せを取り戻せるのだとそう思い込んでいた。

「クズさえ見つけられればいいのよ。クズさえ見つけられれば……私は幸せになれるの……! クズになんて、私の幸せは奪わせないわ!!」

 慣れないながらも必死に木を登って塀に上がる。そして、どうにか降りられそうなところを探すと、ちょうど梯子がかかっている場所を見つけた。

「やった。運も私の味方をしてるってことね」

 美津はニヤリと笑むと、周りに人がいないことを確認し、すぐさまその梯子を降りて木陰に身を潜める。

「クズはどこ!? 絶対どこかにいるはず! クズさえ見つけたらこちらのものよ」

 葛葉さえ見つけたら事態が好転するのだと盲信する美津。その眼は血走り、般若の顔つきになっていた。

 そんなとき、渡り廊下から出てくる人影が見える。それを美津はまじまじと見ると、目を大きく見開いた。

「クズ!」
「っ!? み、美津さまっ!? どうしてここに……っ」

 驚きに満ちた表情を浮かべるのは間違いなく葛葉であった。やはり運は自分に味方していると美津は確信しながら、すぐさま葛葉に駆け寄る。

「クズ! やっと見つけたわ! さぁ、もうあんたの役目は終わったの! だから早く私と入れ替わりなさい!」

 美津が葛葉に大きな声でいつも通り命令する。
 けれど、葛葉はいつもの様子とは違っていた。驚いた表情から一転、すぐさま佇まいを正すと、「今更無理ですよ」とまっすぐ落ち着いた様子で美津を見据えて言った。

「はぁ!? クズの分際で私に楯突く気!?」
「……楯突くも何も、もう今更どうしようもないのがわかりませんか? もうお披露目も済んでいますし、美津さまがどうこう言おうと今更また入れ替わるなんてできませんよ」
「何を言ってるのよ! 私が決めたのよっ!? 私がすると言ったらするのよ!!」

 地団駄を踏む美津。
 美津にとって、自分の思い通りにならないことなど今まで何もなかった。そして、これからもそんなことはあってはならなかった。

 だから、何が何でも自分の言い分を押し通そうと幼児のように癇癪を起こす。

「美津さま。いい加減聞き分けてください。そのようなことができる段階はとうに過ぎました。ご自身のことではなく、菱田家のお立場をお考えください。今ならまだ間に合いますから、どうかこのまま大人しくご自宅にお引き取りください」
「はぁ!? クズのくせに私に指図する気? いいわ、上等じゃない! そっちがその気なら力づくでその立場を奪うまでよっ!」

 葛葉が言うことを聞かないとわかるやいなや、美津は葛葉に飛びかかる。しかし、すんでのところで葛葉はひらりと躱すと、その腕を掴んだ。

「おやめください! ご自分の今の立場をまだおわかりになっていないのですか?」
「煩い! 離して! クズのくせに! 私に命令するなっ」

 今度こそ葛葉を捕らえようと美津が手を伸ばした瞬間、美津の身体が床に叩きつけられる。
 痛みと重みで「ぎゃあああああ! 痛い痛い痛い!」と叫びながらもがくも、美津は全く身動きが取れなかった。

「美津さま、ご無事ですか!?」
「この不届者が! 美津さまに危害を加えようなどと!」

 美津があまりにも騒いだため、あっという間に集まってくる守衛。彼らは葛葉を守るために、美津が動けないよう力いっぱい押さえつけた。

「痛い痛い痛い痛い! 美津は私よ! そいつは偽物なのよっ!」

 地べたに伏せった状態ながらも、必死にジタバタと暴れて抗議する美津。その髪や服は乱れ、無惨な姿になっていた。

「……ほう? その話はまことか?」
「公悠さまっ」

 騒ぎを聞きつけた公悠が奥からやってくると、美津の視界から遮るように葛葉の前に立つ。それを美津は地べたに伏せった状態で睨みつけた。

「えぇ、本当よ!」
「貴様! 帝さまの御前であるぞ!」
「口を慎め!」
「ぐふっ! 痛い痛い痛い! 死んじゃう! やめてよ!」

 勝手に喋る美津を咎めるようにさらに床に押しつける守衛。美津は重みと痛みでギャアギャアと喚いた。

「よい、会話を許す。それで? 貴様は何者だ?」
「私が美津よ! 菱田家の一人娘である本物の美津は私よ!!」
「そうか。……だそうだが、それはまことか? 菱田」

 公悠が声をかけると、美津の背後から菱田家当主が現れる。美津を追いかけてここに来たようだが、その顔は真っ青でガタガタと震えていた。

「父さまっ! 助けに来てくださったのね! さぁ、早くこいつらをどけてちょうだい! そして華族である本物の私を侮辱し、暴行したことを土下座で謝らせてちょうだい!!」

 美津は父の登場に希望を見出し、一層大きく騒ぎ出す。けれど、当主はそのまま何も言わず、突っ立ったまま全く動けずにいた。

「と申しているが? 菱田。こやつが言うことはまことか?」
「そ、それは……っ」
「もしこの小娘が言うことが真ならば、貴様は余や民を欺き、謀ったということになるが。帝に忠誠を誓った華族ともあろう者が、まさかそんなことをするまいな?」

 公悠の静かながらも憤怒の籠った声音に震え上がる当主。ちらっと美津を見れば、何も理解できていないのか、目をキラキラと輝かせてこちらを見ていた。

 己れの地位と娘が両天秤にかかっている状態。
 どちらかしか選べず、どちらかは切り捨てなければならない。

 究極の選択を迫られ、当主は今にも発狂しそうだった。

「ぞ、……ません」

 小さく、もごもごと歯切れ悪く口籠る当主。身体は震え、今にも泣きそうなほど顔はぐちゃぐちゃだった。

「何? もっと大きな声ではっきりと述べてみよ」
「……っ、私は……ぞ……っ」
「よく聞き取れないな。貴様の口は飾りか?」

 公悠が圧力をかける。
 その声音はまさに死神帝の名に相応しいほどの冷酷さを滲ませていた。

「~~っぐ! っ、その者を私は存じ上げません!」
「……そうか。とのことだが?」

 公悠の問いに屈し、当主がはっきりと声を張り上げる。その顔は真っ青を通り越して色がなくなっていた。

「は? そんな……父さま……嘘よ! ふざけないで! 私は貴女の大事な娘でしょう!? ねぇ! 父さま! ご冗談はよして!! 私が美津だと言って!」
「煩いな。この者をただちに兵に引き渡せ」
「はっ! ただちに」
「やだっ! 嫌よ! 父さま! 父さま!! 助けて! 父さま!!」

 連れ去られていく美津の絶叫が御所内に響き渡る。当主は何も言えないまま俯くのみ。
 それを何とも言えない表情で見つめる葛葉の耳と目をそっと塞ぐように、公悠は彼女を抱きしめた。

「公悠さま。申し訳ありま「謝罪はいい。そなたの責ではないからな」」

 すぐさま謝罪を口にする葛葉に対し、それを遮る公悠。葛葉が困ったように眉を寄せると、「そなたが無事で本当によかった」と耳元で囁かれる。葛葉は美津のことで動揺しながらも、心配してもらえることの嬉しさで静かに涙を溢した。

「……さて、菱田。先程身内を探してると話していたそうだが。身内とやらは見つかりそうか?」
「っ、どうやら、ここへは……来ていないようです」
「そうか。それは残念だったな」

 公悠が一瞥すると、竦み上がる当主。今にも倒れそうなほど顔色はなく、尋常じゃないほどの汗をかいていた。

「で、では、失礼致します。お騒がせ致しました」
「……菱田。愛娘への挨拶はいいのか?」

 公悠の言葉に身体をびくりと震わせたあと、菱田家当主はぺこぺこと頭を下げるとそのまま脱兎のごとく逃げ出す。公悠は「躾を怠り、娘を助ける気概もなく、ただ保身にのみ走るとは。なんと薄情なやつよ」と小さく溢すと、それを呆れ顔で見送るのだった。
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