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第十五話 お泊まり
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◇
「風呂から上がったぞ」
「あ、おかえり~! って、ちょ……っ、何してんの!?」
髪からぼたぼたと水滴を落としながらリビングに戻ってくるヴィル。水滴で服まで濡れてしまっていて、慌ててタオルで頭を包む。
「びちょびちょじゃない! ちゃんと拭いて出ないと風邪ひくわよ!?」
「そうか、そういえば風呂を出たらタオルで拭かねばだったな。いつも人任せだったから失念していた。どうりで寒いと思った」
「全くもう……こういうとこは王子気質なのね。ほら、私がやるからそこに座って大人しくしてて」
バサバサと拭きながらも、一応王子の頭なので頭皮や髪を痛めないように配慮はする。さすがに王子の頭をガシガシ拭くのは気が引けた。
それにしても間近で見ても綺麗な髪してるわー。私もサラサラの金髪が良かったなぁ。
ないものねだりとはわかっているものの、自分の赤みがかった茶色の髪とは違って目の前にある黄金の髪はキラキラと輝き、一本一本が美しくてつい見惚れてしまう。
いつもどんなケアしてるんだろう。ヴィルに聞いてもきっと人任せで把握してないだろうし、こういうのは誰に聞けばいいのか。メイド? 執事? でも、わざわざそれ聞くためだけに通信魔法使うのもおかしいわよね。
「シオン? 乾いたか?」
「まだ。ある程度は拭けたからあとは風の魔法で乾かすわ。ちょっと目を瞑ってて」
素直に目を瞑るヴィル。そして私がパチンと指を鳴らすとふわっと温かい風がヴィルを包み込み、髪に含んだ水分を飛ばしていく。
「うん、こんなところね。夕食はできているから、早速食べましょうか」
「もうできているのか?」
「えぇ、主菜に副菜にスープに飲み物と主食もきちんと用意してあるけど、足りなかった?」
「いや、十分だが……」
随分と歯切れが悪いな。何か気に障った?
献立はドラゴンステーキや魚龍のスープなど私からしたら豪勢なメニューだが、王城の食事に比べたら確実に見劣りするだろう。
庶民の家とか庶民の暮らしとかに慣れてなさそうだし、ヴィルからしたら不慣れなことばかりで落ち着かないのかもしれない。
「とりあえず食べましょうか。いただきます」
「あぁ、いただきます」
お互い席に着いて挨拶をする。そしてヴィルが食べるのを確認したあと、私も食事に手をつけた。
「あー……シオン、ちょっといいか?」
「うん、何?」
何やら言いにくそうにヴィルが口を開く。
口に合わなかったのかな。それともこんなもの食えたもんじゃない、とか?
味付けには気を遣ったつもりだが、王子には気に食わないかもしれない。
「もしかして、口に合わなかった?」
「いや、そうじゃない」
「じゃあ、どうしたの? 何かあるなら言ってちょうだい。できる範囲で対応するから」
私がそう言うと、意を決したようにヴィルが話し出す。
「いつも、こうなのか?」
「いつもこう、ってどういうこと?」
「いや、オレもしてもらってばかりで言うのはどうかと思うが、いつもこうして相手に尽くしてるのか? って」
「うん? まぁ、いつも大体そうだけど……」
私の行動原理はいかに彼氏に好かれるかだ。
そのためには彼の理想の女性を演じ、居心地よくするのが大事だと考えている。だから毎回彼氏を作っては彼が望むものを先回りして全て揃えてきたのだけど……。
「ストレートに言うが、結婚したいなら即刻やめたほうがいい」
ガーーーーーーーーン
まさかの一刀両断。ヴィルからそんなことを言われるとは思わず、ピシッと固まる。
「え、な、何で? 男の人って、甘やかされるの好きでしょう?」
「それは、そうかもしれないが……いくら何でもこれはやりすぎだ。まさかここまで至れり尽くせりだとは思わなかった」
「と、いうと……?」
「王子のオレが言うのもなんだが、このままあれもこれも世話してたら相手は堕落するだけだぞ。人間甘やかされれば甘やかされるほど自堕落になっていく。しかもそれが当たり前になって、どんどん助長していく」
言われて、確かに思い当たるフシはあった。
元カレはみんな最初こそ遠慮がちで何をするにも感謝してくれていた。けれど、だんだんと日が経つにつれ感謝がなくなり、私が相手に合わせて行動することが当たり前で、彼氏の思う通りの生活ができないと怒られたり呆れられたりするようになった。そして最終的にフラれたり私が我慢できなくなったりという毎回同じパターンで別れを繰り返していた。
「さっきはオレに何でもしないと言っていたのに、今回のオレへの待遇は王子だからということではないだろう?」
「うぐ。確かに、彼氏にはもっとやってるかも……しれない……」
「例えば?」
「服着替えさせてあげたり、ご飯食べさせてあげたり、欲しいものは買ってあげたり……?」
「マジか。王子のオレでもそこまでさせないぞ」
「え、そうなの……?」
「赤子の育児の話を聞いているようだ」
「あ、赤子……!?」
「そこまで言う!?」とも思うが、否定できない。
赤子の育児をしたことはないが、今の話は彼氏と赤子を入れ替えたとしても通じるのは事実だ。
そもそも家族を早くに亡くしたぶん、一般的な人との距離感というものがよく理解できてなく、言われるがまま相手に好かれようと必死にやってきた結果がこれである。
常に試行錯誤はしてきたつもりだが、そもそもの基準がわからない以上、接し方に難があるのは自覚があった。
「そんなに酷い?」
「酷いなんてもんじゃない。オレも過保護に育てられてきたほうだが、そこまで手厚くなんでもしてもらってないぞ」
「でも、さっき髪……」
「そ、れは……! これから自分でできるようになる! とりあえず、何でもかんでも相手に尽くすのはやめろ。都合のいい女として扱われるぞ」
「都合のいい……女……っ!」
身に覚えがありすぎて絶句する。
言われてみればどの元カレも自分は愛されているという自尊心だけは人一倍に育っていた。そのせいで私には何をしてもいいだろうと浮気したりお金をせびったりと傍若無人に振る舞うようになって、私が付き合いきれなくなったことは数知れず。
「いいか、何でも与える女というのは一般的に男からしたら母親と同義だ。つまりシオンは男にとって母親のような立ち位置になっている」
「母親!?」
「そうだ。だからみんな一様に甘えて何をされても許されると勘違いするんだ」
「な、なるほど」
正論すぎてぐうの音も出ない。まさか王子にここまで論破されるとは。
「なら、ヴィルはどうすればいいと思う?」
「それは……わからないが」
「わからないんかい!」
「だ、だが、このままだとまともな相手は見つけられないのは確実だ!」
「それは、まぁ、そうね……」
「とにかく何でも尽くすのはやめろ。婚期が遠退くだけだし、無理しすぎて身体壊すぞ」
まさか自分の身体の心配をしてくれるとは思わず、ちょっとキュンとした。あくまでちょっとだが。ヴィルって意外に優しいらしい。
「心配してくれるの?」
「か、勘違いするなよ! 母さんが、シオンみたいに万能な人だったんだが、いつも人並み以上に動きすぎてそのまま身体を壊して死んでしまったから、その……」
「そうだったの」
なるほど、それで色々と心配して忠告してくれたのか。
まさか王妃がそんな理由で亡くなっていただなんて知らなかった。確かに私が体調崩していても、「ご飯は?」「洗濯物乾いてないんだけど」「いつまで寝てる気だよ」などと言うだけで手伝ってくれるような彼氏はいなくて、そういう部分でも大切に扱われていなかったと今更ながら自覚する。
「もっと身体を大事にしろ。魔力を使いすぎるな」
「うん、そうする。……でも、だったらどうやって結婚相手を見つければ……」
「それは、自分で考えろ。とにかく、相手に尽くして使い捨てされるより、大切にしてくれるやつとか気遣ってくれるやつとかのほうがいいに決まってる」
「確かに」
「それに、男は尽くされるのも好きだが、追いかけるほうがいいというやつのほうが多いぞ。だからモテたいなら、ちょっと手が届かないくらいの立ち位置のほうがいいと思う」
「何それ、詳しく」
ヴィルの言葉を必死にメモに書き起こしていく。
「追いかけられるよりも追いかけたいというか、手が届きそうだけど高嶺の花というほうが男からは人気だ」
「ほうほう」
「それと男のほうが好みがハッキリしてるから、その好みを意識しつつも媚びすぎないのがいい。媚びすぎると男は好かれていることを意識して雑に扱うからな」
「なるほど」
ヴィルの男心講座を聞きながらひたすらメモしていく。
そしてその夜は私の婚活について延々と語り合ったのだった。
「風呂から上がったぞ」
「あ、おかえり~! って、ちょ……っ、何してんの!?」
髪からぼたぼたと水滴を落としながらリビングに戻ってくるヴィル。水滴で服まで濡れてしまっていて、慌ててタオルで頭を包む。
「びちょびちょじゃない! ちゃんと拭いて出ないと風邪ひくわよ!?」
「そうか、そういえば風呂を出たらタオルで拭かねばだったな。いつも人任せだったから失念していた。どうりで寒いと思った」
「全くもう……こういうとこは王子気質なのね。ほら、私がやるからそこに座って大人しくしてて」
バサバサと拭きながらも、一応王子の頭なので頭皮や髪を痛めないように配慮はする。さすがに王子の頭をガシガシ拭くのは気が引けた。
それにしても間近で見ても綺麗な髪してるわー。私もサラサラの金髪が良かったなぁ。
ないものねだりとはわかっているものの、自分の赤みがかった茶色の髪とは違って目の前にある黄金の髪はキラキラと輝き、一本一本が美しくてつい見惚れてしまう。
いつもどんなケアしてるんだろう。ヴィルに聞いてもきっと人任せで把握してないだろうし、こういうのは誰に聞けばいいのか。メイド? 執事? でも、わざわざそれ聞くためだけに通信魔法使うのもおかしいわよね。
「シオン? 乾いたか?」
「まだ。ある程度は拭けたからあとは風の魔法で乾かすわ。ちょっと目を瞑ってて」
素直に目を瞑るヴィル。そして私がパチンと指を鳴らすとふわっと温かい風がヴィルを包み込み、髪に含んだ水分を飛ばしていく。
「うん、こんなところね。夕食はできているから、早速食べましょうか」
「もうできているのか?」
「えぇ、主菜に副菜にスープに飲み物と主食もきちんと用意してあるけど、足りなかった?」
「いや、十分だが……」
随分と歯切れが悪いな。何か気に障った?
献立はドラゴンステーキや魚龍のスープなど私からしたら豪勢なメニューだが、王城の食事に比べたら確実に見劣りするだろう。
庶民の家とか庶民の暮らしとかに慣れてなさそうだし、ヴィルからしたら不慣れなことばかりで落ち着かないのかもしれない。
「とりあえず食べましょうか。いただきます」
「あぁ、いただきます」
お互い席に着いて挨拶をする。そしてヴィルが食べるのを確認したあと、私も食事に手をつけた。
「あー……シオン、ちょっといいか?」
「うん、何?」
何やら言いにくそうにヴィルが口を開く。
口に合わなかったのかな。それともこんなもの食えたもんじゃない、とか?
味付けには気を遣ったつもりだが、王子には気に食わないかもしれない。
「もしかして、口に合わなかった?」
「いや、そうじゃない」
「じゃあ、どうしたの? 何かあるなら言ってちょうだい。できる範囲で対応するから」
私がそう言うと、意を決したようにヴィルが話し出す。
「いつも、こうなのか?」
「いつもこう、ってどういうこと?」
「いや、オレもしてもらってばかりで言うのはどうかと思うが、いつもこうして相手に尽くしてるのか? って」
「うん? まぁ、いつも大体そうだけど……」
私の行動原理はいかに彼氏に好かれるかだ。
そのためには彼の理想の女性を演じ、居心地よくするのが大事だと考えている。だから毎回彼氏を作っては彼が望むものを先回りして全て揃えてきたのだけど……。
「ストレートに言うが、結婚したいなら即刻やめたほうがいい」
ガーーーーーーーーン
まさかの一刀両断。ヴィルからそんなことを言われるとは思わず、ピシッと固まる。
「え、な、何で? 男の人って、甘やかされるの好きでしょう?」
「それは、そうかもしれないが……いくら何でもこれはやりすぎだ。まさかここまで至れり尽くせりだとは思わなかった」
「と、いうと……?」
「王子のオレが言うのもなんだが、このままあれもこれも世話してたら相手は堕落するだけだぞ。人間甘やかされれば甘やかされるほど自堕落になっていく。しかもそれが当たり前になって、どんどん助長していく」
言われて、確かに思い当たるフシはあった。
元カレはみんな最初こそ遠慮がちで何をするにも感謝してくれていた。けれど、だんだんと日が経つにつれ感謝がなくなり、私が相手に合わせて行動することが当たり前で、彼氏の思う通りの生活ができないと怒られたり呆れられたりするようになった。そして最終的にフラれたり私が我慢できなくなったりという毎回同じパターンで別れを繰り返していた。
「さっきはオレに何でもしないと言っていたのに、今回のオレへの待遇は王子だからということではないだろう?」
「うぐ。確かに、彼氏にはもっとやってるかも……しれない……」
「例えば?」
「服着替えさせてあげたり、ご飯食べさせてあげたり、欲しいものは買ってあげたり……?」
「マジか。王子のオレでもそこまでさせないぞ」
「え、そうなの……?」
「赤子の育児の話を聞いているようだ」
「あ、赤子……!?」
「そこまで言う!?」とも思うが、否定できない。
赤子の育児をしたことはないが、今の話は彼氏と赤子を入れ替えたとしても通じるのは事実だ。
そもそも家族を早くに亡くしたぶん、一般的な人との距離感というものがよく理解できてなく、言われるがまま相手に好かれようと必死にやってきた結果がこれである。
常に試行錯誤はしてきたつもりだが、そもそもの基準がわからない以上、接し方に難があるのは自覚があった。
「そんなに酷い?」
「酷いなんてもんじゃない。オレも過保護に育てられてきたほうだが、そこまで手厚くなんでもしてもらってないぞ」
「でも、さっき髪……」
「そ、れは……! これから自分でできるようになる! とりあえず、何でもかんでも相手に尽くすのはやめろ。都合のいい女として扱われるぞ」
「都合のいい……女……っ!」
身に覚えがありすぎて絶句する。
言われてみればどの元カレも自分は愛されているという自尊心だけは人一倍に育っていた。そのせいで私には何をしてもいいだろうと浮気したりお金をせびったりと傍若無人に振る舞うようになって、私が付き合いきれなくなったことは数知れず。
「いいか、何でも与える女というのは一般的に男からしたら母親と同義だ。つまりシオンは男にとって母親のような立ち位置になっている」
「母親!?」
「そうだ。だからみんな一様に甘えて何をされても許されると勘違いするんだ」
「な、なるほど」
正論すぎてぐうの音も出ない。まさか王子にここまで論破されるとは。
「なら、ヴィルはどうすればいいと思う?」
「それは……わからないが」
「わからないんかい!」
「だ、だが、このままだとまともな相手は見つけられないのは確実だ!」
「それは、まぁ、そうね……」
「とにかく何でも尽くすのはやめろ。婚期が遠退くだけだし、無理しすぎて身体壊すぞ」
まさか自分の身体の心配をしてくれるとは思わず、ちょっとキュンとした。あくまでちょっとだが。ヴィルって意外に優しいらしい。
「心配してくれるの?」
「か、勘違いするなよ! 母さんが、シオンみたいに万能な人だったんだが、いつも人並み以上に動きすぎてそのまま身体を壊して死んでしまったから、その……」
「そうだったの」
なるほど、それで色々と心配して忠告してくれたのか。
まさか王妃がそんな理由で亡くなっていただなんて知らなかった。確かに私が体調崩していても、「ご飯は?」「洗濯物乾いてないんだけど」「いつまで寝てる気だよ」などと言うだけで手伝ってくれるような彼氏はいなくて、そういう部分でも大切に扱われていなかったと今更ながら自覚する。
「もっと身体を大事にしろ。魔力を使いすぎるな」
「うん、そうする。……でも、だったらどうやって結婚相手を見つければ……」
「それは、自分で考えろ。とにかく、相手に尽くして使い捨てされるより、大切にしてくれるやつとか気遣ってくれるやつとかのほうがいいに決まってる」
「確かに」
「それに、男は尽くされるのも好きだが、追いかけるほうがいいというやつのほうが多いぞ。だからモテたいなら、ちょっと手が届かないくらいの立ち位置のほうがいいと思う」
「何それ、詳しく」
ヴィルの言葉を必死にメモに書き起こしていく。
「追いかけられるよりも追いかけたいというか、手が届きそうだけど高嶺の花というほうが男からは人気だ」
「ほうほう」
「それと男のほうが好みがハッキリしてるから、その好みを意識しつつも媚びすぎないのがいい。媚びすぎると男は好かれていることを意識して雑に扱うからな」
「なるほど」
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そしてその夜は私の婚活について延々と語り合ったのだった。
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