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第十四話 我が家

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「はぁはぁはぁ……どうにか、倒せた……」
「お疲れ様」

 パチン、と指を鳴らしてヴィルに回復魔法をかける。ところどころできていた擦り傷や切り傷は一瞬で治癒した。

「凄いな」
「これぐらいならすぐできるようになるわよ。回復魔法はあると便利だし、次は回復魔法を教えてあげる。……それにしてもだいぶコツを掴んだみたいね。魔法も使いこなせるようになってきたし」
「まだ炎の魔法だけだがな」
「覚えたてでそれだけできれば十分よ」

 先程のスライムを皮切りに、ワームやゴブリン、インプやマンドラゴラなど比較的雑魚と言われる魔物を倒し、その後実力の確認と称してそれよりもちょっと強いアラクネをたった今、単身で倒したところである。
 何度か実戦をこなしたことで、魔物との間合いの取り方、相性のいい攻撃方法などをヴィルは学習できたようだ。

「ヴィルのレベルも二十になったし、今日はこの辺でおしまいにしよっか」
「おしまいって言っても、このあとどうするんだ? 野宿でもするのか?」

 雑魚魔物とはいえ、連戦で日はとっぷりと暮れてしまっていた。時間的にも魔物が活発になってくる時間だし、これ以上先に進むのは危険だ。

「野宿はさすがにね。疲れも取れないし、オススメしない」
「なら今夜はどこに泊まるんだ? 辺りに宿がありそうなところは見当たらないが」
「そうね。近くの村まで行けたらそこで宿を借りようかとも思ったけど、今のところ村や町らしいものはないから、今日は家に帰りましょうか」
「家に帰る? どういうことだ? これから歩いて帰るにしても危ないだろうし、さすがに行ってすぐに城に戻るというのはオレも体裁が……」
「違う違う。私の家。私、今日全然魔力使ってないし、この距離なら転移魔法で簡単に戻れるから」

 そう言ってヴィルの手を握る。すると唐突に握ったせいか、ヴィルが「な、何するんだ!?」と顔を赤らめて慌て出してなんだか可愛らしい。

「何をそんなに動揺してるのよ」
「だ、だって、おまっ、急に!」
「移動するのに手を繋いでたほうが魔力消費少なくて楽なの。ほら、目を回すといけないから目を瞑ってて」
「そ、そうなのか。こ、こうすればいいのか……?」
「そうそう、そんな感じ」

 素直に目を瞑るヴィル。
 ヴィルは緊張からか、上擦った声で「ま、まだか?」と聞きながら握った手の力が強くなる。転移魔法の経験がないせいか、不安なのが伝わってきてあまりに初心な反応に微笑ましくなった。

「そんなに緊張しなくても大丈夫だから。じゃ、行くわよ」

 バリバリバリバリ……!

 私達を覆うように魔力の渦が構築されていく。転移魔法は移動距離にもよるが、魔力消費が非常に激しい。近場とはいえ、並大抵の人なら一、二日分の魔力を枯渇するほどの消費量だ。

「シオン、本当に大丈夫なのか!? 凄い魔力を感じるが!」
「大丈夫よ、これくらい。一般的な人の魔力の二人分くらいだから全然大したことないし」
「二人分!? それは十分大したことがあるだろ!?」
「転移魔法は魔力を食うのよ。ほら、喋ってると舌噛むから気をつけて」

 ヴィルは言われた通りに口を噤む。私は放った魔力でビリビリと肌が騒つくのを感じながら、転移魔法の詠唱を始めた。

「我が魔力の痕跡を追い、我が家へと我らを導きたまえ! セドオン!」

 グイッと身体が引っ張られ、ぐるぐると視界が回る。
 渦に飲み込まれるように身体が引っ張られるのを感じ、一瞬ふわっとした浮遊感を味わうと目の前には愛しの我が家があった。

「はい、到着」
「も、もう、着いた……のか?」
「えぇ、ようこそ我が家へ。体調は悪くない?」
「あ、あぁ、問題……ない。転移、魔法は初めて……だったが、すごい、な」

 パッと手を離すとヴィルは支えを失ったからかよろめく。初めてにしては嘔吐しないだけ上出来だが、どうやらヴィルは目が回ったままみたいだ。
 ふらふらとおぼつかない様子で歩いているため、私は先程離した手を再び握ってエスコートしながら家の中に入った。

「もう、ふらふらじゃない。慣れるまで大人しくしてたほうがいいわよ。とりあえず、落ち着くまでその席に座ってて。それで、お風呂にする? ご飯にする?」
「へ? あー……、じゃあ汗もかいてるしスライムにもくっつかれたから風呂を用意してもらえるとありがたい」
「はいはい、了解。あぁ、小腹空いたらこれ食べておいて。あと、飲み物はここに置いておくわね」
「ありがとう。何から何まですまないな」
「いいのいいの。慣れてるから」

 適当に食卓に軽食などを用意したあと魔法でお風呂を沸かして、ヴィル用の部屋着を用意する。

 そういえば、元カレ用に買っておいてまだ出してなかった部屋着があったはず。新品だし背丈もあんまり変わらないから、ヴィルが着ても多分問題なさそう。

 ゴソゴソと棚を漁ると元カレ用の服がいくつも出てきて、別れたばかりだから仕方ないとはいえ、げんなりした。

 あーこれも全部片付けなきゃなー。元カレのもの持っておくのもあれだし。

 考えてみればほぼ一文なしで転がり込み、その後もほとんど私の稼ぎで生計を立てていたため、どれもこれも私が用意した持ち物だ。
 恋は盲目とはいえ、そこまで密かに尽くしていたのに結局浮気されるなんて、と先日のことを思い出してしょっぱい気持ちになる。
 あんな人だと知らずに一年も無駄にしてたと思うとなんとも言えない気持ちだ。

「これ、着替えに使って。あ、ちなみに新品だから安心して。それと、お風呂沸かしたから先に入ってきていいわよ。その間に夕食の支度しておくけど、何か食べられないものとか苦手なものとかある?」
「いや、特には」
「それはよかった。あぁ、風呂場はそこの扉出てすぐ右の部屋で、脱衣所に服出しておいてくれたら洗濯しとくから」
「あ、あぁ、悪いな。ありがとう」

 ヴィルは遠慮がちに風呂場に向かう。考えてみれば、王子がこうして一般庶民の家に入るというのは初めてかもしれない。
 色々と勝手が違うから緊張でもしてるのかしら、なんて呑気なことを考えながら、私は適当に食材を引っ張り出して料理を始めるのだった。
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