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第一章 新人いびり
新人いびり⑧
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「コンペ、ですか」
「えぇ、社外コンペに向けて社内一丸となってそのコンペを勝ち取る、というていでいかがでしょうか?」
「え、えぇ、いいですけど。でも、どこの企業が……? コンペっていっても偽、なんですよね?」
「えぇ、偽ではありますが、その辺りの仕込みはこちらである程度させていただきますのでご安心を」
烏丸は「ううぅん」と大きく唸ったあとに、「わかりました」と頷く。
こちらの意図は読めていないとしても、ある程度は信用してくれているのだろうとアズマは認識して、満足気に微笑んだ。
「ところで、その……新人いびりに関して、その後はいかがでしょうか?」
「つつがなく調査は進んでますよ。ご安心ください。あぁ、そうそう、昨日烏丸さまが事務所に顔出ししてくださったおかげで、ちょっと事務所内の空気がよくなりましたよ。今後も引き続きよろしくお願いします」
「え、そうなんですか?」
「はい。烏丸さまがいらしたことでいい意味で緊張感が生まれたように思います」
「え、本当ですか?」
烏丸は自分が事務所に顔を出しただけでそんな変化があったのかと驚く。
と同時に、言われた通りにしただけなのにそれだけで効果があるなんて、とアズマのアドバイスが的確だったことに感心した。
「夫婦や親子、友人や同僚などどんな人関係の人でもコミニュケーションを取る上で信頼を得るには、まずお互いに興味を持つことが大切です。また、その関係に上下があるならば、できたことは褒める、できなかったことに関しては問題点や原因を探りつつ、改善するよう同じように努力する。その上で、共感したり理解したりすることが大事なのではないかと。そのためには何よりもまず挨拶や礼節はもちろんのこと、コミュニケーションとして最低限の会話をしておいて損はないと思いますよ」
「な、なるほど」
実際にはそんなこと経験もしたことないので知るよしもないのだが、それらしいことをもっともらしくペラペラと話すアズマ。
こういうところがペテン師のようだとアガツマに言われるゆえんだが、事実人間をよく観察してるアズマにとって、相手によってどのアドバイスが適切かの判断は心得ていた。
「そ、そうですね。私は仕事のことばかり夢中で……」
「気づけたなら重畳です。少しずつステップアップしていきましょう」
「ありがとうございます。今までは闇雲に頑張ろうと足掻いてましたが、空回りばかりで。ですが、最近なんだか私自身もちょっとずつ良い方向に向かっているような気がしてまして。全部アズマさんのおかげです」
「いえいえ、私は思ったことを言っているだけですから。実行するのは烏丸さま自身です。まず素直に人の意見を聞けて意思決定ができるというのは優れた能力だと思いますよ」
「そ、そうでしょうか。……この年で褒められるというのは些か恥ずかしいものですね。でも嬉しいです」
烏丸は多少照れながらも、意識の向上が窺えた。
オーラは以前に比べて覇気があり、気分も高揚しているようだ。
「では早速、コンペについての詳細な説明をしますね。こちらに資料が」
「え!? も、もうご用意されてるんですか!?」
「えぇ。人生とは儚いものですからね、特に人間にとっては。時間は有意義に使ってこそですよ」
アズマがにっこりと微笑む。
(さぁ、ここから一気に仕掛けていこうか)
◇
「コンペ、ですか」
「あぁ、大手企業のコンペに参加しようと思っているんだ。今回のコンペで優勝すれば我が社の飛躍へ大きな足掛かりとなるから、ぜひともみんなが一丸となって頑張ってほしい」
(朝レクチャーしたわりにはすらすら言えてるし、いい感じだ)
烏丸が全社員を集めての朝礼。
普段ないことにみんなそわそわしつつも、烏丸の話した内容にそれぞれ複雑な心境が見え隠れしているのをアズマは察しながら、彼の言葉を聞いていた。
「社長、コンペの相手ってどこですか?」
「それが、今話題のN社だ」
「N社!?」
ザワザワっと騒つく事務所内。
N社という会社は実際は存在していないが、事前にアズマが彼ら全員に刷り込みをしてあるのでみんなN社が大企業であると思い込み、まさかそんな大企業からの受注を受けられるかもしれない、と一斉に沸き立つ。
今までにないチャンスに、まだここで真摯に働いている社員達は興奮している様子だった。
「このコンペを勝ち取るためのプロジェクトのリーダーを田町くんとする。みんな、田町くんの指示に従って頑張ってほしい」
「え、そんな大役……私なんかでいいんでしょうか」
「もちろんだとも。キミには大いに期待してるからねぇ! 田町くん、頑張ってくれたまえ」
そう発破をかけるのは森本部長だ。
彼は自分がカラスマ工業に田町を引っ張ってきたため、彼の成績アップは必然的に自分の評価となる。
そのため、期待を込めて田町を信用しているのがよくわかった。
最も身内というのが本当ならば、そういうのも含めての期待もあるのだろうが。
「わかりました、頑張ります!」
「では、田町くん早速チームメンバーを見繕ってくれ」
「わかりました」
「あぁ、だが一つだけメンバーを選ぶ上でお願いしたいことがあるのだがいいだろうか?」
「なんでしょうか?」
「このコンペの内容に関して吾妻くんの専攻してた分野が組み込まれているそうで、まだ吾妻くんは新人ではあるが、ぜひとも彼をこのコンペチームに起用してもらいたい」
「え、吾妻くんを、ですか?」
烏丸の言葉に、田町の顔色が変わる。
恐らく先日の一件でアズマに不信感があるのだろう、一瞬アズマを見る表情が険しくなった。
そして、あからさまに不穏な空気を発する田町。
この事務所内の空気感とは明らかな温度差を感じ、オーラも一気に澱み始める。
「あぁ、よろしく頼んだよ」
「は、はい、わかりました。ご期待に沿えるよう頑張ります」
「みんなもぜひ頑張ってくれ。今回頑張ってくれた場合は褒賞も出そう」
烏丸の言葉に社員の活気が戻る。
……田町を除いて。
そんな様子を観察しながら、アズマは仕込みは大成功だと内心ほくそ笑むのだった。
「えぇ、社外コンペに向けて社内一丸となってそのコンペを勝ち取る、というていでいかがでしょうか?」
「え、えぇ、いいですけど。でも、どこの企業が……? コンペっていっても偽、なんですよね?」
「えぇ、偽ではありますが、その辺りの仕込みはこちらである程度させていただきますのでご安心を」
烏丸は「ううぅん」と大きく唸ったあとに、「わかりました」と頷く。
こちらの意図は読めていないとしても、ある程度は信用してくれているのだろうとアズマは認識して、満足気に微笑んだ。
「ところで、その……新人いびりに関して、その後はいかがでしょうか?」
「つつがなく調査は進んでますよ。ご安心ください。あぁ、そうそう、昨日烏丸さまが事務所に顔出ししてくださったおかげで、ちょっと事務所内の空気がよくなりましたよ。今後も引き続きよろしくお願いします」
「え、そうなんですか?」
「はい。烏丸さまがいらしたことでいい意味で緊張感が生まれたように思います」
「え、本当ですか?」
烏丸は自分が事務所に顔を出しただけでそんな変化があったのかと驚く。
と同時に、言われた通りにしただけなのにそれだけで効果があるなんて、とアズマのアドバイスが的確だったことに感心した。
「夫婦や親子、友人や同僚などどんな人関係の人でもコミニュケーションを取る上で信頼を得るには、まずお互いに興味を持つことが大切です。また、その関係に上下があるならば、できたことは褒める、できなかったことに関しては問題点や原因を探りつつ、改善するよう同じように努力する。その上で、共感したり理解したりすることが大事なのではないかと。そのためには何よりもまず挨拶や礼節はもちろんのこと、コミュニケーションとして最低限の会話をしておいて損はないと思いますよ」
「な、なるほど」
実際にはそんなこと経験もしたことないので知るよしもないのだが、それらしいことをもっともらしくペラペラと話すアズマ。
こういうところがペテン師のようだとアガツマに言われるゆえんだが、事実人間をよく観察してるアズマにとって、相手によってどのアドバイスが適切かの判断は心得ていた。
「そ、そうですね。私は仕事のことばかり夢中で……」
「気づけたなら重畳です。少しずつステップアップしていきましょう」
「ありがとうございます。今までは闇雲に頑張ろうと足掻いてましたが、空回りばかりで。ですが、最近なんだか私自身もちょっとずつ良い方向に向かっているような気がしてまして。全部アズマさんのおかげです」
「いえいえ、私は思ったことを言っているだけですから。実行するのは烏丸さま自身です。まず素直に人の意見を聞けて意思決定ができるというのは優れた能力だと思いますよ」
「そ、そうでしょうか。……この年で褒められるというのは些か恥ずかしいものですね。でも嬉しいです」
烏丸は多少照れながらも、意識の向上が窺えた。
オーラは以前に比べて覇気があり、気分も高揚しているようだ。
「では早速、コンペについての詳細な説明をしますね。こちらに資料が」
「え!? も、もうご用意されてるんですか!?」
「えぇ。人生とは儚いものですからね、特に人間にとっては。時間は有意義に使ってこそですよ」
アズマがにっこりと微笑む。
(さぁ、ここから一気に仕掛けていこうか)
◇
「コンペ、ですか」
「あぁ、大手企業のコンペに参加しようと思っているんだ。今回のコンペで優勝すれば我が社の飛躍へ大きな足掛かりとなるから、ぜひともみんなが一丸となって頑張ってほしい」
(朝レクチャーしたわりにはすらすら言えてるし、いい感じだ)
烏丸が全社員を集めての朝礼。
普段ないことにみんなそわそわしつつも、烏丸の話した内容にそれぞれ複雑な心境が見え隠れしているのをアズマは察しながら、彼の言葉を聞いていた。
「社長、コンペの相手ってどこですか?」
「それが、今話題のN社だ」
「N社!?」
ザワザワっと騒つく事務所内。
N社という会社は実際は存在していないが、事前にアズマが彼ら全員に刷り込みをしてあるのでみんなN社が大企業であると思い込み、まさかそんな大企業からの受注を受けられるかもしれない、と一斉に沸き立つ。
今までにないチャンスに、まだここで真摯に働いている社員達は興奮している様子だった。
「このコンペを勝ち取るためのプロジェクトのリーダーを田町くんとする。みんな、田町くんの指示に従って頑張ってほしい」
「え、そんな大役……私なんかでいいんでしょうか」
「もちろんだとも。キミには大いに期待してるからねぇ! 田町くん、頑張ってくれたまえ」
そう発破をかけるのは森本部長だ。
彼は自分がカラスマ工業に田町を引っ張ってきたため、彼の成績アップは必然的に自分の評価となる。
そのため、期待を込めて田町を信用しているのがよくわかった。
最も身内というのが本当ならば、そういうのも含めての期待もあるのだろうが。
「わかりました、頑張ります!」
「では、田町くん早速チームメンバーを見繕ってくれ」
「わかりました」
「あぁ、だが一つだけメンバーを選ぶ上でお願いしたいことがあるのだがいいだろうか?」
「なんでしょうか?」
「このコンペの内容に関して吾妻くんの専攻してた分野が組み込まれているそうで、まだ吾妻くんは新人ではあるが、ぜひとも彼をこのコンペチームに起用してもらいたい」
「え、吾妻くんを、ですか?」
烏丸の言葉に、田町の顔色が変わる。
恐らく先日の一件でアズマに不信感があるのだろう、一瞬アズマを見る表情が険しくなった。
そして、あからさまに不穏な空気を発する田町。
この事務所内の空気感とは明らかな温度差を感じ、オーラも一気に澱み始める。
「あぁ、よろしく頼んだよ」
「は、はい、わかりました。ご期待に沿えるよう頑張ります」
「みんなもぜひ頑張ってくれ。今回頑張ってくれた場合は褒賞も出そう」
烏丸の言葉に社員の活気が戻る。
……田町を除いて。
そんな様子を観察しながら、アズマは仕込みは大成功だと内心ほくそ笑むのだった。
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