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第25話 個人の善意と、制度の限界
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第25話 個人の善意と、制度の限界
北方三州の件が落ち着いた翌日。
王宮の空気は、わずかに変わっていた。
表立った反発はない。
だが――視線が増えた。
「監督官殿、こちらを」
差し出されたのは、地方監督官からの追加報告書だった。
「……今度は、西方ですか」
ルビー・エルヴェールは、書類を受け取りながら小さく息を吐く。
内容は、北方とよく似ている。
数値の微差。
承認の簡略化。
“善意による省略”。
(連鎖、ですわね)
「問題は、同じだと思われますか?」
若い文官が、不安そうに尋ねる。
「構造は同じです」
ルビーは、はっきりと言った。
「ですが――今回は、少し違います」
彼女は、報告書の一行を指差す。
「ここ。“現地責任者の判断で調整”」
「……はい」 「これは、制度を理解した上での“例外行使”です」
つまり。
善意ではあるが、
制度の穴を、意識的に使った。
午後、緊急の小会合が開かれた。
「これは、見逃せないのでは?」
貴族の一人が、慎重に言う。
「例外を認めれば、制度が崩れる」 「だが、現地では確かに混乱があった」
意見は割れた。
ルビーは、しばらく黙って聞いてから、口を開く。
「今回の件で、処罰は行いません」 「……またですか?」
不満を隠さない声。
「ただし」
彼女は、言葉を切った。
「例外を、例外として扱わない制度にします」
一同が、彼女を見る。
「今後、現地判断での調整が必要な場合」
淡々と説明する。
「“判断した理由”と“影響範囲”を、
必ず文書で残すこと」
「それは、責任追及のためか?」 「いいえ」
「後から、
“例外を制度に組み込めるかどうか”を検討するためです」
ざわめきが起きた。
「制度は、完成形ではありません」
ルビーは、静かに続ける。
「現場で起きた例外は、
制度がまだ追いついていない証拠です」
「それを罰してしまえば、
現場は黙るだけになります」
沈黙。
「……甘い、と思われるでしょうか」
彼女は、誰にともなく問いかける。
「ですが、私は」
視線を上げる。
「制度が、人の判断から学ぶことも必要だと思っています」
会合が終わった後。
マクシミリアンが、低く笑った。
「君は、本当に変わっている」 「褒め言葉として受け取りますわ」
「多くの改革者は、
制度で人を縛ろうとする」 「私は、逆です」
「人の行動を記録し、
制度を“育てたい”だけです」
その夜。
ルビーは、机に向かいながら考えていた。
(制度には、限界がある)
どれほど精緻でも、
想定外は必ず起きる。
(だからこそ――)
人の善意を、
切り捨てない。
だが、
善意に依存もしない。
それは、簡単な道ではない。
だが――彼女が選んだ道だ。
ルビー・エルヴェールは、静かにペンを置いた。
制度と人、その境界線で。
彼女の改革は、
さらに深い領域へと踏み込み始めていた。
北方三州の件が落ち着いた翌日。
王宮の空気は、わずかに変わっていた。
表立った反発はない。
だが――視線が増えた。
「監督官殿、こちらを」
差し出されたのは、地方監督官からの追加報告書だった。
「……今度は、西方ですか」
ルビー・エルヴェールは、書類を受け取りながら小さく息を吐く。
内容は、北方とよく似ている。
数値の微差。
承認の簡略化。
“善意による省略”。
(連鎖、ですわね)
「問題は、同じだと思われますか?」
若い文官が、不安そうに尋ねる。
「構造は同じです」
ルビーは、はっきりと言った。
「ですが――今回は、少し違います」
彼女は、報告書の一行を指差す。
「ここ。“現地責任者の判断で調整”」
「……はい」 「これは、制度を理解した上での“例外行使”です」
つまり。
善意ではあるが、
制度の穴を、意識的に使った。
午後、緊急の小会合が開かれた。
「これは、見逃せないのでは?」
貴族の一人が、慎重に言う。
「例外を認めれば、制度が崩れる」 「だが、現地では確かに混乱があった」
意見は割れた。
ルビーは、しばらく黙って聞いてから、口を開く。
「今回の件で、処罰は行いません」 「……またですか?」
不満を隠さない声。
「ただし」
彼女は、言葉を切った。
「例外を、例外として扱わない制度にします」
一同が、彼女を見る。
「今後、現地判断での調整が必要な場合」
淡々と説明する。
「“判断した理由”と“影響範囲”を、
必ず文書で残すこと」
「それは、責任追及のためか?」 「いいえ」
「後から、
“例外を制度に組み込めるかどうか”を検討するためです」
ざわめきが起きた。
「制度は、完成形ではありません」
ルビーは、静かに続ける。
「現場で起きた例外は、
制度がまだ追いついていない証拠です」
「それを罰してしまえば、
現場は黙るだけになります」
沈黙。
「……甘い、と思われるでしょうか」
彼女は、誰にともなく問いかける。
「ですが、私は」
視線を上げる。
「制度が、人の判断から学ぶことも必要だと思っています」
会合が終わった後。
マクシミリアンが、低く笑った。
「君は、本当に変わっている」 「褒め言葉として受け取りますわ」
「多くの改革者は、
制度で人を縛ろうとする」 「私は、逆です」
「人の行動を記録し、
制度を“育てたい”だけです」
その夜。
ルビーは、机に向かいながら考えていた。
(制度には、限界がある)
どれほど精緻でも、
想定外は必ず起きる。
(だからこそ――)
人の善意を、
切り捨てない。
だが、
善意に依存もしない。
それは、簡単な道ではない。
だが――彼女が選んだ道だ。
ルビー・エルヴェールは、静かにペンを置いた。
制度と人、その境界線で。
彼女の改革は、
さらに深い領域へと踏み込み始めていた。
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