婚約破棄されたので隣国で働きます ~追放侯爵令嬢、才覚だけで王妃候補に成り上がる~

鷹 綾

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第27話 沈黙する現場、動き出す兆し

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第27話 沈黙する現場、動き出す兆し

 通達から、十日が過ぎた。

 王宮は静かだった。
 あまりにも――静かすぎるほどに。

 

「……報告が、減りましたね」

 補佐官が控えめに口にする。

「ええ。予想通りですわ」

 ルビー・エルヴェールは、机上の一覧表を眺めながら答えた。

 

 地方からの裁量判断報告。
 例外処理の申請。
 現地改善提案。

 どれも、目に見えて数が減っている。

 

(萎縮……いいえ、様子見)

 

 制度が変わった直後、現場は必ずこうなる。
 失敗を恐れ、動かなくなる。

 

「制度が厳しすぎたのでは……という声も、出始めています」

「当然ですわ」

 

 ルビーは、淡々と言った。

「動かないことは、最も安全ですもの」

 

 だが――
 安全であることと、正しいことは違う。

 

 午後、地方行政監査局から一通の急報が届いた。

「南東沿岸州で、港湾作業が停止状態にあります」

「理由は?」

「判断待ち、とのことです。
 現地責任者が“記録の不備を恐れて”判断を保留しています」

 

 ルビーは、静かに目を閉じた。

(来ましたわね)

 

 即座に、臨時会合が招集された。

「これは問題だ!」

 貴族の一人が声を荒げる。

「制度が原因で、現場が止まっている!」 「責任を誰が取るのか!」

 

 視線が、自然とルビーに集まる。

 

「……顧問殿」

 王太子レオニードが、静かに問いかけた。

「君の見解は?」

 

 ルビーは、少しだけ考えてから答えた。

「これは、制度の失敗ではありません」

「では、何だと?」

 

「過渡期の症状です」

 

 一瞬、ざわめきが起きる。

 

「現場は今、“考えること”に慣れていません」

 ルビーは、穏やかな声で続けた。

「これまで彼らは、“責任を取らされるかどうか”だけを基準に動いてきた」

 

「だから今、“考えた結果どうなるか”が分からず、止まっている」

 

「……では、どうする?」

 

 ルビーは、まっすぐに答えた。

「動いた者を、守ります」

 

 その言葉に、会議室が静まり返る。

 

「判断を下し、理由を残し、結果が失敗であっても」

 

「誠実であった者を、処罰しないと、明言します」

 

「そんなことをすれば、乱用される!」 「いいえ」

 

 ルビーは、きっぱりと否定した。

「誠実さは、記録に残ります」

 

「誤魔化しや責任逃れは、
 “理由が書けない”という形で必ず現れます」

 

 沈黙。

 

「恐怖で黙らせる制度は、短命です」

 彼女は、静かに言った。

「信頼で動かす制度は、時間がかかります」

 

「……だが、時間は限られている」

 王太子が言う。

 

「ええ。だからこそ」

 

 ルビーは、一歩踏み出した。

「最初の一人を、救わなければなりません」

 

 翌日。

 南東沿岸州の現地責任者に、王宮から直接の通達が届いた。

> 『判断を行いなさい。
理由を、正直に記しなさい。
結果については、王宮が責任を負います』



 

 数時間後。

 簡潔だが、丁寧な文書が届いた。

> 『港湾停止を解除。
理由:現行規定では輸送遅延が拡大し、
生活物資に影響が出ると判断したため』



 

 判断は、妥当だった。

 

 その件は、処罰なしで処理された。
 それどころか――

 

「判断と記録が適切であったとして、
 現地責任者を表彰対象とする」

 

 王宮の発表は、瞬く間に広がった。

 

 数日後。

 報告件数は、ゆっくりと戻り始めた。

 以前より少ない。
 だが――内容は、明らかに変わっていた。

 

(考えている)

 ルビーは、報告書を読みながら思う。

(自分の頭で)

 

 夜。

 レオニードが、静かに言った。

「君は、賭けに出たな」 「ええ」

 

「失敗すれば、非難はすべて君に向いた」 「覚悟の上ですわ」

 

「それでも、やった」 「はい」

 

 ルビーは、少しだけ微笑んだ。

「沈黙より、未熟な声の方が、ずっと価値がありますもの」

 

 王宮の灯りが、夜に浮かぶ。

 止まっていた現場は、
 ゆっくりと――だが確実に、再び動き始めていた。

 

 そしてルビー・エルヴェールは知っていた。

 これは、勝利ではない。
 ただの――始まりだということを。
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