婚約破棄されたので隣国で働きます ~追放侯爵令嬢、才覚だけで王妃候補に成り上がる~

鷹 綾

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第35話 公開という覚悟

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第35話 公開という覚悟

 公開調査、初日。

 王宮の中会議室には、異様な緊張が漂っていた。
 重厚な扉の前には警備が立ち、内部には記録官、監査官、そして――傍聴を許された官僚たち。

 “誰が、何を、どう判断したのか”。
 それを隠さずに見るという試みは、前例がなかった。

 

「……始めましょう」

 ルビー・エルヴェールの声は、静かだった。

 彼女の前に並ぶのは、資料一式。
 西部交易管理局で起きた“判断介入”疑惑の全記録だ。

 

「本日の目的は、処罰ではありません」

 彼女は、最初にそう宣言した。

「事実確認と、判断過程の検証です」

 

 ざわ、と小さな動き。

 

「関係者の名は伏せません。
 立場も、評価も、考慮しません」

 

「あるのは――」

 

「何が起き、なぜ起きたのか、それだけです」

 

 最初に呼ばれたのは、告発者だった。

 若い中堅官僚。
 緊張で、肩がわずかに震えている。

 

「あなたは、“教育名目で判断が差し替えられた”と主張していますね」 「……はい」

 

「その具体的内容を、順に説明してください」

 

 彼は、資料を手に取り、言葉を選びながら話した。

 どの判断が、
 いつ、
 誰の指示で、
 どのように変更されたか。

 

 話は、淡々としていた。
 感情的な言葉は、少ない。

 

 次に呼ばれたのは、上位評価者――
 “王宮政策メンター”の一人。

 

「あなたは、判断を“修正”したと認めますか?」 「……修正、という表現には異議があります」

 

「私は、未熟な判断を、
 より適切な形に“導いた”だけです」

 

 会場が、静まり返る。

 

「導いた、というのは?」 「最終責任は、私にあります」

 

「部下に任せて失敗するより、
 私が介入した方が、組織のためだと判断しました」

 

 理屈は、整っていた。

 

 ルビーは、そこで一つ、問いを投げる。

「その“導き”を行った理由は、
 文書に残っていますか?」

 

 一瞬の沈黙。

 

「……いいえ」 「なぜです?」

 

「教育の一環であり、
 正式な判断ではないと考えたからです」

 

 ルビーは、静かに頷いた。

 

「つまり」

 

「あなたは、“教育”という言葉を使い、
 判断の責任から、
 意図的に距離を取った」

 

 会場が、ざわつく。

 

「それは違う!」 「責任は取るつもりだった!」

 

「ですが」

 ルビーは、遮らず、しかしはっきりと言った。

「記録に残さなかった時点で、
 責任は共有されていません」

 

 沈黙。

 

「教育とは、
 考え方を示し、
 判断を委ねることです」

 

「代わりに決めることではありません」

 

 調査は、数時間に及んだ。

 文書。
 指示系統。
 過去の類似事例。

 

 すべてが、公開の場で検証された。

 

 結論は、明確だった。

 

「本件は、
 悪意による権限乱用ではありません」

 

 しかし――

 

「制度の理解不足と、
 優秀さゆえの独断が招いた、
 不適切な介入です」

 

 処分は、限定的だった。

 正式な戒告。
 一定期間のメンター職務停止。
 再教育プログラムへの参加。

 

 軽い、と感じる者もいただろう。
 重い、と感じる者もいただろう。

 

 だが――
 誰もが見ていた。

 

 隠されなかったことを。
 歪められなかったことを。

 

 調査終了後。

 会議室を出る官僚たちの表情は、複雑だった。

 

「……思っていたより、公平だった」 「誰かを吊るす場じゃなかったな」

 

 夜。

 ルビーは、王宮の回廊を一人歩いていた。

 足取りは、少し重い。

 

(信頼は、消耗しますわね)

 与える側も、
 受け取る側も。

 

 だが――

 

(それでも、
 隠すよりは、ずっといい)

 

 灯りの落ちた廊下で、
 彼女は立ち止まった。

 

 今日、信頼は完全には守れなかった。
 だが――

 壊れもしなかった。

 

 それで、十分だ。

 

 ルビー・エルヴェールは、静かに前を向く。

 公開という覚悟は、
 痛みを伴う。

 だがそれは、
 信頼を“特別な言葉”から、
 日常の行為へと変える一歩だった。

 

 そして彼女は知っていた。

 この先、
 さらに難しい問いが待っていることを。

 ――正しさと、速度。

 次に問われるのは、
 どちらを選ぶのか、という問題だ。
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