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第36話 正しさは、遅すぎるのか
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第36話 正しさは、遅すぎるのか
公開調査が終わって、三日。
王宮は、妙に静かだった。
嵐が去ったあとのような――しかし、空気は澄んでいない。
「……滞っていますね」
補佐官が、机上の進捗表を見ながら言った。
「ええ」
ルビー・エルヴェールは、頷いた。
決裁待ち。
判断保留。
確認依頼。
すべてが、ほんの少しずつ遅れている。
(皆、“正しくあろう”としている)
だが、正しさを確かめる時間は、
時として――高くつく。
その午後、王太子レオニードが珍しく足早に執務室へ入ってきた。
「ルビー、南部から急報だ」 「……何が起きましたの?」
「河川の増水。
氾濫の可能性がある」
地図が広げられる。
雨量。
流域人口。
「現地責任者は?」 「判断を保留している」
ルビーは、思わず息を詰めた。
「理由は?」 「“前例と異なるため、
記録を精査している”そうだ」
(……ああ)
彼女は、理解してしまった。
公開調査の影響。
誠実であろうとするがゆえの、躊躇。
「時間は?」 「あと半日で、
堤防の許容量を超える可能性がある」
会議は、即座に招集された。
「慎重に進めるべきだ」 「だが、避難判断が遅れれば――」
意見は割れる。
ルビーは、静かに手を上げた。
「確認します」
「この場合、
正しさの定義は何ですか?」
沈黙。
「前例に従うことですか?」 「記録を整えることですか?」
「それとも――」
彼女は、はっきりと言った。
「人を守ることですか?」
会議室が、凍りつく。
「現地責任者に、即時判断を求めます」 「だが――」
「責任は、私が引き受けます」
その言葉は、重かった。
「判断理由は、後から書けばいい」 「完璧でなくていい」
「今は、
動くことが正解です」
王太子が、短く頷いた。
「伝えよう」
数時間後。
南部流域に、避難勧告が出された。
結果として――
氾濫は、起きなかった。
被害は、最小限。
だが、王宮には別の声が上がった。
「結果論ではないか」 「過剰反応だったのでは」
夜。
ルビーは、執務室で一人、報告をまとめていた。
(正しさは、
常に正解をもたらすわけではない)
(でも――)
(遅すぎる正しさは、
何も守れません)
そこへ、レオニードが入ってくる。
「非難は、覚悟していたか?」 「ええ」
「それでも、迷いはなかった」 「ありません」
「理由は?」 「人が、待っているからです」
彼女は、静かに続けた。
「制度は、人のためにあります」 「人が制度のために、
危険に晒されるべきではありません」
レオニードは、深く息を吐いた。
「君は、正しさより、
速さを選んだ」 「いいえ」
ルビーは、首を振った。
「守るべき正しさを選びました」
その夜。
彼女は、一行だけ記録に残した。
> 『緊急時においては、
判断の完全性より、
生命の安全を優先する』
それは、新たな原則だった。
制度が、
また一つ、現実に近づいた証。
ルビー・エルヴェールは、
静かにペンを置いた。
正しさと速度――
その間で揺れながらも。
彼女は、
立ち止まらない選択をしたのだから。
そして次に問われるのは――
その選択が、
どこまで許されるのか、という問題だった。
改革は、
さらに厳しい局面へと進んでいく。
公開調査が終わって、三日。
王宮は、妙に静かだった。
嵐が去ったあとのような――しかし、空気は澄んでいない。
「……滞っていますね」
補佐官が、机上の進捗表を見ながら言った。
「ええ」
ルビー・エルヴェールは、頷いた。
決裁待ち。
判断保留。
確認依頼。
すべてが、ほんの少しずつ遅れている。
(皆、“正しくあろう”としている)
だが、正しさを確かめる時間は、
時として――高くつく。
その午後、王太子レオニードが珍しく足早に執務室へ入ってきた。
「ルビー、南部から急報だ」 「……何が起きましたの?」
「河川の増水。
氾濫の可能性がある」
地図が広げられる。
雨量。
流域人口。
「現地責任者は?」 「判断を保留している」
ルビーは、思わず息を詰めた。
「理由は?」 「“前例と異なるため、
記録を精査している”そうだ」
(……ああ)
彼女は、理解してしまった。
公開調査の影響。
誠実であろうとするがゆえの、躊躇。
「時間は?」 「あと半日で、
堤防の許容量を超える可能性がある」
会議は、即座に招集された。
「慎重に進めるべきだ」 「だが、避難判断が遅れれば――」
意見は割れる。
ルビーは、静かに手を上げた。
「確認します」
「この場合、
正しさの定義は何ですか?」
沈黙。
「前例に従うことですか?」 「記録を整えることですか?」
「それとも――」
彼女は、はっきりと言った。
「人を守ることですか?」
会議室が、凍りつく。
「現地責任者に、即時判断を求めます」 「だが――」
「責任は、私が引き受けます」
その言葉は、重かった。
「判断理由は、後から書けばいい」 「完璧でなくていい」
「今は、
動くことが正解です」
王太子が、短く頷いた。
「伝えよう」
数時間後。
南部流域に、避難勧告が出された。
結果として――
氾濫は、起きなかった。
被害は、最小限。
だが、王宮には別の声が上がった。
「結果論ではないか」 「過剰反応だったのでは」
夜。
ルビーは、執務室で一人、報告をまとめていた。
(正しさは、
常に正解をもたらすわけではない)
(でも――)
(遅すぎる正しさは、
何も守れません)
そこへ、レオニードが入ってくる。
「非難は、覚悟していたか?」 「ええ」
「それでも、迷いはなかった」 「ありません」
「理由は?」 「人が、待っているからです」
彼女は、静かに続けた。
「制度は、人のためにあります」 「人が制度のために、
危険に晒されるべきではありません」
レオニードは、深く息を吐いた。
「君は、正しさより、
速さを選んだ」 「いいえ」
ルビーは、首を振った。
「守るべき正しさを選びました」
その夜。
彼女は、一行だけ記録に残した。
> 『緊急時においては、
判断の完全性より、
生命の安全を優先する』
それは、新たな原則だった。
制度が、
また一つ、現実に近づいた証。
ルビー・エルヴェールは、
静かにペンを置いた。
正しさと速度――
その間で揺れながらも。
彼女は、
立ち止まらない選択をしたのだから。
そして次に問われるのは――
その選択が、
どこまで許されるのか、という問題だった。
改革は、
さらに厳しい局面へと進んでいく。
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