満場一致で削除されましたが、世界は問題なく回っております』

鷹 綾

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第十九話 出立

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第十九話 出立

 王都を出る朝は、驚くほど穏やかだった。

 空は薄く晴れ、風も弱い。
 城門前には、形式的な見送りの列が整えられている。

 形式はある。

 熱はない。

 アルベルトは馬車の前に立つ。

 王太子の紋章は外されている。

 代わりに、第一王子の家紋だけが小さく掲げられていた。

「元殿下、出立の刻でございます」

 侍従の声は平坦。

 護衛は六名。

 かつての半分以下。

 父王は姿を見せない。

 それが最後の答え。

 老侯爵が一歩進み出る。

「ご静養の後、またお会いできれば」

 丁寧な言葉。

 だが“戻る前提”ではない。

「……ああ」

 それだけ返す。

 周囲を見渡す。

 幼少期から知る家門の顔。

 誰も敵意はない。

 だが、期待もない。

 沈黙の合意。

 その延長線上に、この出立がある。

 馬車に乗り込む直前、リュシエラが隣に立つ。

「どこまでも私がお供します」

 白い衣。

 微笑。

 変わらない。

 だが彼の胸に浮かぶのは、悪夢の光景。

 返り血。

 赤い影。

 整然と上がる手。

 瞬きする。

 何もない。

 ただ王都の石畳。

 馬車が動き出す。

 城門がゆっくりと遠ざかる。

 王都は振り返らない。

 その日の午後、王宮の円卓では次の議題が進んでいた。

「後継候補について」

 発言は落ち着いている。

 派閥の押し付けはない。

 協議は穏やかだ。

 空席は既に存在しない。

 歯車は噛み合っている。

 一方、隣国。

 エリシアは新商業区画の開業式に立ち会っていた。

 拍手は控えめ。

 だが確実。

「王都の再安定は確認されました」

「ええ」

 彼女は頷く。

「構造が戻れば、人も戻る」

「元王太子は辺境へ」

「影響は限定的でしょう」

 彼女は祝杯を掲げる。

 感情は動かない。

 怒りも、勝利の実感もない。

 ただ、結果。

 王都の秩序は修復された。

 隣国の秩序は拡大した。

 辺境への道。

 馬車は揺れる。

 王都の灯は遠くなる。

 アルベルトは窓から外を見る。

 農地が広がり、森が続く。

 王宮の高い塔は見えなくなる。

「静かですわね」

 リュシエラが言う。

「ああ」

 確かに静かだ。

 だがその静けさは、王都の沈黙とは違う。

 王都の沈黙は、合意だった。

 この静けさは、空白だ。

 目を閉じる。

 暗闇。

 白い衣。

 笑顔。

 “殿下に従わないものは……”。

 目を開ける。

 馬車の揺れ。

 現実。

 偶然は続いただけ。

 急病も、事故も、移転も、廃嫡も。

 すべて合法。

 すべて手続き通り。

 だが悪夢だけが消えない。

 王都では、彼の名はすでに会議から消え始めている。

 隣国では、新たな契約が締結される。

 そして辺境へ向かう馬車の中で、アルベルトは初めて理解する。

 自分は敗れたのではない。

 選ばれなかったのだ。

 規範を飛ばした統治は、安定と見なされなかった。

 怒りも糾弾もない。

 ただ、静かな排除。

 馬車は進む。

 王都は遠ざかる。

 物語の中心は、既に別の場所へ移っていた。
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