満場一致で削除されましたが、世界は問題なく回っております』

鷹 綾

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第三十九話 記録の行間

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第三十九話 記録の行間

 王都の年代記に、新たな一章が加えられた。

 ――〇〇王、即位元年。
 ――財政再建計画、順調に推移。
 ――教育改革、第二段階へ。

 整然と並ぶ文言の中に、特筆すべき波乱はない。

 旧王太子アルベルトの名は、わずかに一行だけ記されている。

 ――前王太子、辺境伯位にて現状維持。

 それだけ。

 理由も、経緯も、感情も書かれていない。

 歴史は、説明しない。

 必要なことだけを残す。

 辺境。

 アルベルトは、その年代記の写しを受け取り、静かに頁を閉じた。

「……行間だな」

 辺境伯が視線を向ける。

「はい?」

「語られない部分の方が、重い」

 かつての断罪も、噂も、悪夢も、記録には載らない。

 だが、行間に沈んでいる。

 昼。

 辺境の市場は賑わっていた。

 新しい交易路が安定し、品物の種類も増えている。

 商人が礼を述べる。

 「閣下のご判断で助かりました」

 彼は短く頷く。

 かつて王都で欲した“称賛”とは違う。

 これは実務への信頼だ。

 夜。

 夢は、ほとんど形を持たない。

 広間は霧に包まれ、円卓はぼやけている。

 白い衣の影が遠くに立つ。

 微笑んでいるのかどうかもわからない。

 血は見えない。

 声も聞こえない。

 ただ、頁がめくられる音だけが響く。

 目が覚める。

 静かな夜。

 胸は落ち着いている。

 リュシエラが窓辺に立つ。

「王都は、もう遠うございます」

「……ああ」

「行間を読む必要はございませんわ」

 彼は少しだけ笑う。

「だが、消えたわけではない」

 歴史に残らないことが、消滅ではない。

 自分は辺境にいる。

 構造の外に。

 だが、外にもまた構造がある。

 隣国。

 エリシアは王都との第二期協定を締結する。

「王は堅実です」

「波は立ちません」

 彼女は頷く。

「それが最良です」

 婚約破棄も、偽聖女も、いまや物語の種にすらならない。

 合理は続く。

 辺境の深夜。

 アルベルトは丘の上に立つ。

 星が多い。

 王都の光は見えない。

 彼はようやく悟る。

 自分のざまあは、破壊ではない。

 “記録の行間”になること。

 名は残る。

 だが説明はない。

 未来は自分を前提にしない。

 それが貴族界の静かな裁き。

 リュシエラが背後に立つ。

「寒うございます」

「……いや」

 彼は空を見上げる。

「行間でも、生きている」

 王都は続く。

 隣国も続く。

 歴史も続く。

 そして彼は、記録の行間として、静かに呼吸を重ねていた。
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