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3-4 白い契約、黒い誓い
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第3章 陰謀と告白――王都からの追放命令
3-4 白い契約、黒い誓い
王都の夜は、静かだった。
昼間の騒乱が嘘のように、議事堂の灯は落ち、通りを行き交う人影もない。
だが、静寂の下では、すでに王国の秩序が大きく揺らぎ始めていた。
宰相派貴族たちは次々と拘束され、王家の金庫は封鎖された。
オルディス侯爵も、自邸にて軟禁状態に置かれている。
そして、その一連の告発の中心人物――レティシア・アルヴェンの名は、王都中に響き渡った。
「裏金を暴いた貴族夫人」
「真実を記録に残す女」
「法を以て王家に挑んだ者」
皮肉なことに、かつて“辺境の妻”として見下されていた彼女が、
今や王都の人々の間で“正義の象徴”として語られていた。
---
その夜更け、王都迎賓館の一室。
蝋燭の炎が静かに揺れ、机の上には一通の契約書が置かれていた。
“共同執政官任命契約書”――つまり、アルヴェン公爵領をグレイとレティシアの二人で統治する正式文書だ。
グレイは机の向こうで、いつものように冷静な表情をしていた。
「……この契約は、すでに国王の承認を得た。
明朝には、正式な勅命として公布される。」
レティシアは静かに頷く。
「すべてが……終わったのですね。」
「いや。」
グレイは書類を手に取り、視線を落とした。
「終わりではない。これは始まりだ。」
「始まり……?」
「王都が腐敗していたという事実は、誰の目にも明らかになった。
だが、その空白を埋める仕組みを作らなければ、また同じことが起きる。」
グレイは、机の端に新たな書類を広げた。
そこには、“辺境財政再建計画”の草案がびっしりと書かれていた。
「民に直接還元される税制を制定し、
不正を防ぐために全ての金流を記録する――。」
レティシアは息を呑む。
「……本当に、書類で世界を変えるおつもりなのですね。」
「私には剣はない。
だが、法と記録という刃なら、握り慣れている。」
そう言って、彼は書類を閉じ、レティシアを見つめた。
「だが、一つだけ――君に謝らねばならない。」
「……謝る?」
グレイは、机の下から一通の未封書を取り出した。
封蝋には、王家の紋章と“機密”の刻印。
「これは、私が王都に召喚される前に受け取った命令書だ。
――“辺境公爵アルヴェン、婚姻解消を以て忠誠を示せ”とある。」
レティシアの目が大きく見開かれた。
「……そんな……。」
「私は拒絶した。
だが、それによって、王都は君を利用することを決めた。
“夫婦の不和”を作り、政治的分断を演出しようとしたのだ。」
グレイは静かに言葉を続ける。
「だから私は、あえて“君を信じる”と言い残して領地を離れた。
どんな罠にも、君が屈しないと信じていたからだ。」
レティシアは、しばらく言葉を失ったまま俯いた。
「……ひどいですわ。」
「誰が?」
「あなたです。」
顔を上げた彼女の瞳は、涙に濡れていた。
「私がどんな気持ちで、あなたを信じ続けてきたと思っているのですか……。
あの“開けるな”という手紙、どれほど怖かったか……!」
グレイの表情がわずかに揺らぐ。
「……すまない。」
「謝って済むことではありません!」
彼女は涙を拭い、唇を噛みしめながら言った。
「あなたの言葉を信じたのは、義務ではなく……愛だったのです。」
沈黙。
炎が小さく揺れ、二人の影を壁に映し出す。
「私は、あなたの書類の中の一行でいたくなかった。」
レティシアの声は震えていた。
「証拠でも、記録でもなく――“誰か”として、見てほしかったのです。」
グレイはしばらく彼女を見つめ、
やがて机の上の契約書をゆっくりと回転させ、自分の前から彼女の前へと滑らせた。
「――だからこそ、この契約には“白紙の一行”を残してある。」
レティシアは目を見張る。
契約書の最終項、“特別条項”の欄だけが空白になっていた。
「そこに、君の望む言葉を記してほしい。」
「私の……望む言葉?」
「法は冷たい。
だが、そこに“人の願い”がなければ、正義にはならない。
君の心を書き記せ。
それが、この契約の最後の条項だ。」
レティシアは、ペンを取った。
インクの先がわずかに震える。
しばらく考え、彼女は静かに書き出した。
> 『互いの誇りを守り、
> どの書類よりも強く、
> どの法よりも深く、
> 信義を誓う。――レティシア・アルヴェン』
書き終えた瞬間、グレイの手がその上に重なった。
彼はペンを取り、隣に署名を記す。
> 『この誓いを永久に保つ。――グレイ・アルヴェン』
二人の署名が並び、赤い印章が押される。
朱の印が、まるで心臓の鼓動のように脈打つ。
「これで、契約は成立だ。」
「……白い契約、ですわね。」
「いや――黒い誓いだ。」
グレイの瞳が柔らかく光る。
「どんな汚れた世界の中でも、私たちは真実を選ぶ。
それは、白のように清らかで、黒のように強い。」
レティシアは小さく笑った。
「あなたらしい言葉ですわね。」
「君の言葉に触発された。」
---
夜が明ける。
王都の鐘が鳴り響き、宮殿前の広場には民衆が集まっていた。
国王の勅命が読み上げられる。
> 『アルヴェン公爵および夫人を、新王国再建の共同執政官として任命する。
> 彼らの改革案をもって、王国の新たな法の礎とする。』
歓声が上がる中、レティシアは人々に頭を下げた。
かつて“追放された妻”と呼ばれた彼女が、今や“国家を救った夫人”として祝福されている。
その隣で、グレイは一歩後ろに立ち、微笑んでいた。
「人の前に立つのは、君の方が似合っている。」
「そんなことありませんわ。あなたこそ――」
「私は、影で記録を残す役目だ。」
「では、私は――その記録の余白に、少しだけ微笑みを書き添えます。」
レティシアの言葉に、グレイは目を細めた。
「……それは、許可しよう。」
彼女は笑い、そっと彼の腕に手を添える。
人々の歓声の中、二人は並んで歩き出した。
その背に朝日が差し込み、
重ねた印章の朱が、金色に輝いていた。
---
――後に歴史は、この出来事をこう記す。
> 『アルヴェン改革――記録によって腐敗を断ち、
> 愛によって国を繋いだ、白と黒の誓約であった。』
---
3-4 白い契約、黒い誓い
王都の夜は、静かだった。
昼間の騒乱が嘘のように、議事堂の灯は落ち、通りを行き交う人影もない。
だが、静寂の下では、すでに王国の秩序が大きく揺らぎ始めていた。
宰相派貴族たちは次々と拘束され、王家の金庫は封鎖された。
オルディス侯爵も、自邸にて軟禁状態に置かれている。
そして、その一連の告発の中心人物――レティシア・アルヴェンの名は、王都中に響き渡った。
「裏金を暴いた貴族夫人」
「真実を記録に残す女」
「法を以て王家に挑んだ者」
皮肉なことに、かつて“辺境の妻”として見下されていた彼女が、
今や王都の人々の間で“正義の象徴”として語られていた。
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その夜更け、王都迎賓館の一室。
蝋燭の炎が静かに揺れ、机の上には一通の契約書が置かれていた。
“共同執政官任命契約書”――つまり、アルヴェン公爵領をグレイとレティシアの二人で統治する正式文書だ。
グレイは机の向こうで、いつものように冷静な表情をしていた。
「……この契約は、すでに国王の承認を得た。
明朝には、正式な勅命として公布される。」
レティシアは静かに頷く。
「すべてが……終わったのですね。」
「いや。」
グレイは書類を手に取り、視線を落とした。
「終わりではない。これは始まりだ。」
「始まり……?」
「王都が腐敗していたという事実は、誰の目にも明らかになった。
だが、その空白を埋める仕組みを作らなければ、また同じことが起きる。」
グレイは、机の端に新たな書類を広げた。
そこには、“辺境財政再建計画”の草案がびっしりと書かれていた。
「民に直接還元される税制を制定し、
不正を防ぐために全ての金流を記録する――。」
レティシアは息を呑む。
「……本当に、書類で世界を変えるおつもりなのですね。」
「私には剣はない。
だが、法と記録という刃なら、握り慣れている。」
そう言って、彼は書類を閉じ、レティシアを見つめた。
「だが、一つだけ――君に謝らねばならない。」
「……謝る?」
グレイは、机の下から一通の未封書を取り出した。
封蝋には、王家の紋章と“機密”の刻印。
「これは、私が王都に召喚される前に受け取った命令書だ。
――“辺境公爵アルヴェン、婚姻解消を以て忠誠を示せ”とある。」
レティシアの目が大きく見開かれた。
「……そんな……。」
「私は拒絶した。
だが、それによって、王都は君を利用することを決めた。
“夫婦の不和”を作り、政治的分断を演出しようとしたのだ。」
グレイは静かに言葉を続ける。
「だから私は、あえて“君を信じる”と言い残して領地を離れた。
どんな罠にも、君が屈しないと信じていたからだ。」
レティシアは、しばらく言葉を失ったまま俯いた。
「……ひどいですわ。」
「誰が?」
「あなたです。」
顔を上げた彼女の瞳は、涙に濡れていた。
「私がどんな気持ちで、あなたを信じ続けてきたと思っているのですか……。
あの“開けるな”という手紙、どれほど怖かったか……!」
グレイの表情がわずかに揺らぐ。
「……すまない。」
「謝って済むことではありません!」
彼女は涙を拭い、唇を噛みしめながら言った。
「あなたの言葉を信じたのは、義務ではなく……愛だったのです。」
沈黙。
炎が小さく揺れ、二人の影を壁に映し出す。
「私は、あなたの書類の中の一行でいたくなかった。」
レティシアの声は震えていた。
「証拠でも、記録でもなく――“誰か”として、見てほしかったのです。」
グレイはしばらく彼女を見つめ、
やがて机の上の契約書をゆっくりと回転させ、自分の前から彼女の前へと滑らせた。
「――だからこそ、この契約には“白紙の一行”を残してある。」
レティシアは目を見張る。
契約書の最終項、“特別条項”の欄だけが空白になっていた。
「そこに、君の望む言葉を記してほしい。」
「私の……望む言葉?」
「法は冷たい。
だが、そこに“人の願い”がなければ、正義にはならない。
君の心を書き記せ。
それが、この契約の最後の条項だ。」
レティシアは、ペンを取った。
インクの先がわずかに震える。
しばらく考え、彼女は静かに書き出した。
> 『互いの誇りを守り、
> どの書類よりも強く、
> どの法よりも深く、
> 信義を誓う。――レティシア・アルヴェン』
書き終えた瞬間、グレイの手がその上に重なった。
彼はペンを取り、隣に署名を記す。
> 『この誓いを永久に保つ。――グレイ・アルヴェン』
二人の署名が並び、赤い印章が押される。
朱の印が、まるで心臓の鼓動のように脈打つ。
「これで、契約は成立だ。」
「……白い契約、ですわね。」
「いや――黒い誓いだ。」
グレイの瞳が柔らかく光る。
「どんな汚れた世界の中でも、私たちは真実を選ぶ。
それは、白のように清らかで、黒のように強い。」
レティシアは小さく笑った。
「あなたらしい言葉ですわね。」
「君の言葉に触発された。」
---
夜が明ける。
王都の鐘が鳴り響き、宮殿前の広場には民衆が集まっていた。
国王の勅命が読み上げられる。
> 『アルヴェン公爵および夫人を、新王国再建の共同執政官として任命する。
> 彼らの改革案をもって、王国の新たな法の礎とする。』
歓声が上がる中、レティシアは人々に頭を下げた。
かつて“追放された妻”と呼ばれた彼女が、今や“国家を救った夫人”として祝福されている。
その隣で、グレイは一歩後ろに立ち、微笑んでいた。
「人の前に立つのは、君の方が似合っている。」
「そんなことありませんわ。あなたこそ――」
「私は、影で記録を残す役目だ。」
「では、私は――その記録の余白に、少しだけ微笑みを書き添えます。」
レティシアの言葉に、グレイは目を細めた。
「……それは、許可しよう。」
彼女は笑い、そっと彼の腕に手を添える。
人々の歓声の中、二人は並んで歩き出した。
その背に朝日が差し込み、
重ねた印章の朱が、金色に輝いていた。
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