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第21話 必要とされるということ
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第21話 必要とされるということ
庁舎の朝は、静かだが慌ただしい。
回廊に差し込む光は穏やかでも、机の上に積まれた書類は容赦がない。
私は湯気の立つ紅茶を一口含み、今日の予定を確認した。
地方都市からの追加報告。
港湾政策の初期結果。
そして――新たに設置される調整部門の内部会合。
以前なら、「誰かの補佐」として呼ばれていた場だ。
今は、私自身が議題の中心にいる。
(……立場が変わると、景色も変わるものですわね)
そう思いながら、私は書類を手に立ち上がった。
会議室では、すでに数名の官僚が集まっていた。
年齢も経歴もまちまちだが、共通しているのは、こちらを見る目に迷いがないことだ。
「本日は、調整官から直接ご説明いただきます」
進行役の言葉で、自然と視線が私に集まる。
私は深く息を吸い、口を開いた。
「今回の施策は、完成形ではありません」
最初に、そう告げた。
「実施しながら、修正します。
現場の声を拾い、数字と照らし合わせ、無理があれば戻す」
誰かが、意外そうに眉を上げる。
「……最初から、完璧を目指さないのですか」
「ええ」
私は、はっきりと頷いた。
「完璧を装った施策ほど、修正が遅れます。
それが、一番の損失です」
沈黙の後、静かな理解が広がった。
この場にいる誰もが、現場の苦労を知っている。
だからこそ、その言葉は響いた。
会合は、実務的に進んだ。
質問は多かったが、どれも前向きだ。
「ここは、現場判断に任せても?」
「はい。
報告だけは必ず上げてください」
「想定外が起きた場合は」
「責任は、私が引き受けます」
その一言で、空気が変わった。
誰かが、ふっと息を吐く。
重たいものが、肩から下ろされたような表情だった。
会合が終わった後、若い官僚が私に声をかけてきた。
「……あの、失礼ですが」
「どうぞ」
「以前は、王国にいらしたと伺いました」
私は、否定も肯定もせず、静かに頷いた。
「正直に言いますと……
最初は、少し身構えていました」
「理由を、聞いても?」
「肩書きだけで判断する方も、少なくないので」
私は、微笑んだ。
「お気持ちは、分かりますわ」
それは、私自身が、何度も味わってきた感情だ。
「ですが、ここでは――」
彼は、少し言葉を探してから続けた。
「“話を聞いてもらえる”と感じています」
その一言に、胸の奥が静かに温かくなった。
昼過ぎ、庁舎を出ると、街は穏やかな賑わいを見せていた。
市場では人々が声を交わし、荷が運ばれていく。
私は、足を止め、その様子を眺める。
施策の結果は、数字だけでなく、こうして日常に現れる。
人の動き、声の調子、空気の軽さ。
(……これが、“必要とされる”ということ)
王国にいた頃、私は確かに必要だった。
だが、それは「都合のいい歯車」としてだった。
壊れたら、取り替えればいい。
文句を言わず、前に出ず、責任だけを引き受ける存在。
今は違う。
ここでは、意見が求められ、
判断が任され、
責任が共有される。
それが、どれほど健全なことか。
夕方、迎賓館に戻ると、カイルが応接室で待っていた。
「評議会の反応はどうでしたか」
「概ね、良好です」
「“概ね”?」
私は、少しだけ笑った。
「不安がないわけではありません。
でも、それは期待の裏返しです」
カイルは、頷いた。
「あなたがいることで、現場が前向きになっている」
「そうであれば、嬉しいですわ」
それは、社交辞令ではない。
本心だった。
夜、私は執務室で一人、今日の議事録に目を通した。
そこには、私の名前と共に、数多くの決定事項が記されている。
だが、それは独断ではない。
話し合い、納得し、合意した結果だ。
同じ頃、王宮では、重臣の一人が呟いていた。
「……彼女が去ってから、
“誰に相談すればいいか”分からなくなった」
王太子レオナルトは、その言葉を黙って聞いていた。
必要とされるということは、
そこにいるだけで、誰かの支えになっているということだ。
彼は、ようやく理解し始めていた。
夜更け、私は窓辺に立ち、街の灯りを見下ろす。
ここには、私を呼ぶ声がある。
相談があり、意見があり、仕事がある。
それで十分だ。
必要とされる場所は、
自分で探し、
自分で選ぶもの。
私は、そうやって、今ここに立っている。
庁舎の朝は、静かだが慌ただしい。
回廊に差し込む光は穏やかでも、机の上に積まれた書類は容赦がない。
私は湯気の立つ紅茶を一口含み、今日の予定を確認した。
地方都市からの追加報告。
港湾政策の初期結果。
そして――新たに設置される調整部門の内部会合。
以前なら、「誰かの補佐」として呼ばれていた場だ。
今は、私自身が議題の中心にいる。
(……立場が変わると、景色も変わるものですわね)
そう思いながら、私は書類を手に立ち上がった。
会議室では、すでに数名の官僚が集まっていた。
年齢も経歴もまちまちだが、共通しているのは、こちらを見る目に迷いがないことだ。
「本日は、調整官から直接ご説明いただきます」
進行役の言葉で、自然と視線が私に集まる。
私は深く息を吸い、口を開いた。
「今回の施策は、完成形ではありません」
最初に、そう告げた。
「実施しながら、修正します。
現場の声を拾い、数字と照らし合わせ、無理があれば戻す」
誰かが、意外そうに眉を上げる。
「……最初から、完璧を目指さないのですか」
「ええ」
私は、はっきりと頷いた。
「完璧を装った施策ほど、修正が遅れます。
それが、一番の損失です」
沈黙の後、静かな理解が広がった。
この場にいる誰もが、現場の苦労を知っている。
だからこそ、その言葉は響いた。
会合は、実務的に進んだ。
質問は多かったが、どれも前向きだ。
「ここは、現場判断に任せても?」
「はい。
報告だけは必ず上げてください」
「想定外が起きた場合は」
「責任は、私が引き受けます」
その一言で、空気が変わった。
誰かが、ふっと息を吐く。
重たいものが、肩から下ろされたような表情だった。
会合が終わった後、若い官僚が私に声をかけてきた。
「……あの、失礼ですが」
「どうぞ」
「以前は、王国にいらしたと伺いました」
私は、否定も肯定もせず、静かに頷いた。
「正直に言いますと……
最初は、少し身構えていました」
「理由を、聞いても?」
「肩書きだけで判断する方も、少なくないので」
私は、微笑んだ。
「お気持ちは、分かりますわ」
それは、私自身が、何度も味わってきた感情だ。
「ですが、ここでは――」
彼は、少し言葉を探してから続けた。
「“話を聞いてもらえる”と感じています」
その一言に、胸の奥が静かに温かくなった。
昼過ぎ、庁舎を出ると、街は穏やかな賑わいを見せていた。
市場では人々が声を交わし、荷が運ばれていく。
私は、足を止め、その様子を眺める。
施策の結果は、数字だけでなく、こうして日常に現れる。
人の動き、声の調子、空気の軽さ。
(……これが、“必要とされる”ということ)
王国にいた頃、私は確かに必要だった。
だが、それは「都合のいい歯車」としてだった。
壊れたら、取り替えればいい。
文句を言わず、前に出ず、責任だけを引き受ける存在。
今は違う。
ここでは、意見が求められ、
判断が任され、
責任が共有される。
それが、どれほど健全なことか。
夕方、迎賓館に戻ると、カイルが応接室で待っていた。
「評議会の反応はどうでしたか」
「概ね、良好です」
「“概ね”?」
私は、少しだけ笑った。
「不安がないわけではありません。
でも、それは期待の裏返しです」
カイルは、頷いた。
「あなたがいることで、現場が前向きになっている」
「そうであれば、嬉しいですわ」
それは、社交辞令ではない。
本心だった。
夜、私は執務室で一人、今日の議事録に目を通した。
そこには、私の名前と共に、数多くの決定事項が記されている。
だが、それは独断ではない。
話し合い、納得し、合意した結果だ。
同じ頃、王宮では、重臣の一人が呟いていた。
「……彼女が去ってから、
“誰に相談すればいいか”分からなくなった」
王太子レオナルトは、その言葉を黙って聞いていた。
必要とされるということは、
そこにいるだけで、誰かの支えになっているということだ。
彼は、ようやく理解し始めていた。
夜更け、私は窓辺に立ち、街の灯りを見下ろす。
ここには、私を呼ぶ声がある。
相談があり、意見があり、仕事がある。
それで十分だ。
必要とされる場所は、
自分で探し、
自分で選ぶもの。
私は、そうやって、今ここに立っている。
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